ダビデ・サントン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ダビデ・サントン Football pictogram.svg
Davide Santon - Inter Mailand (3).jpg
インテルでのサントン(2009年)
名前
本名 ダビデ・サントン
愛称 バンビーノ(少年)
ラテン文字 Davide Santon
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 1991年1月2日(25歳)
出身地 エミリア=ロマーニャ州の旗エミリア=ロマーニャ州
フェラーラ県 ポルトマッジョーレ
身長 187cm
体重 77kg
選手情報
在籍チーム イタリアの旗 インテル
ポジション DF(SB)
背番号 21
利き足
ユース
1999-2005 イタリアの旗 ラヴェンナ
2005-2008 イタリアの旗 インテル
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2008-2011 イタリアの旗 インテル 40 (0)
2011 イタリアの旗 チェゼーナ (loan) 11 (0)
2011-2015 イングランドの旗 ニューカッスル 82 (1)
2015 イタリアの旗 インテル (loan) 9 (0)
2015- イタリアの旗 インテル 12 (0)
代表歴2
2007 イタリアの旗 イタリア U-16 4 (2)
2007-2008 イタリアの旗 イタリア U-17 12 (2)
2008 イタリアの旗 イタリア U-20 2 (0)
2009-2013 イタリアの旗 イタリア U-21 17 (0)
2009- イタリアの旗 イタリア 8 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年5月15日現在。
2. 2013年2月7日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ダビデ・サントンDavide Santon, 1991年1月2日 - )は、イタリアポルトマッジョーレ出身のサッカー選手セリエAインテルナツィオナーレ・ミラノ所属。ポジションはディフェンダー

来歴[編集]

クラブ[編集]

インテル

10歳でラヴェンナ・カルチョ下部組織に入団。当時からインテル・ミラノは彼に注目しており、中学卒業と同時に引き抜いた[1]。移籍当初のポジションはウイングだったが、サイドバックにコンバートされた。

2009年1月21日コッパ・イタリアASローマ戦でトップチームデビューを果たすと、1月25日UCサンプドリア戦でセリエA初出場。マイコンという絶対的な右サイドバックがいたため、左サイドバックとしてのデビューだった。2月24日マンチェスター・ユナイテッドFC戦でUEFAチャンピオンズリーグに初出場し、クリスティアーノ・ロナウドを封じ込めるなど、質の高いプレーを見せた。ジョゼ・モウリーニョ監督の信頼を得たことにより、デビュー1年目で左サイドバックのマクスウェルからレギュラーを奪い、16試合に出場。チームのセリエA4連覇に貢献した。

2009-2010シーズンは膝の怪我などでコンディションが整わず、サントンの代わりにクリスティアン・キブハビエル・サネッティらが左サイドバックとして先発出場することが増えた。翌2010-11シーズンも低調なパフォーマンスが続いたため[2]、冬の移籍市場最終日の2011年1月31日に長友佑都と入れ替わる形でACチェゼーナレンタル移籍で放出された。

ニューカッスル

2011年8月、プレミアリーグニューカッスル・ユナイテッドFCへ完全移籍[3]。同年10月16日のトッテナム・ホットスパー戦で移籍後初出場。シーズン途中に左サイドバックのレギュラーポジションを獲得し、24試合に出場した。 2012-2013、2013-2014年シーズンも左サイドバックのレギュラーポジションを確保している。

インテル

2015年2月、古巣のインテルへ買い取りオプション付きのレンタル移籍[4]

代表[編集]

年代別のイタリア代表を経験した後、2009年6月6日北アイルランド戦で18歳にしてA代表デビュー。マルチェロ・リッピ監督により同年6月に開催されたFIFAコンフェデレーションズカップのメンバーにも選ばれたが出場機会はなかった。2011年3月29日ウクライナ代表戦を最後に代表から遠ざかっていたが、2012年11月にチェーザレ・プランデッリ監督によって久しぶりに招集された。

プレースタイル・人物[編集]

  • 左右の両サイドでプレーすることができるサイドバック。
  • ACミランパオロ・マルディーニマウロ・タソッティがいたために左サイドにコンバートされた過去があり、この共通点からマルディーニと比較されることも多い[1]
  • チェゼーナへのレンタルが発表された際にはショックを受け「自分自身に失望している」と話し、チェゼーナで成長してインテルへ復帰することを誓った[5]。またこの移籍を受けU-21イタリア代表監督のチロ・フェラーラはA代表監督のチェーザレ・プランデッリとサントンと話し合い、彼への信頼と期待を表すためにサントンをU-21代表のキャプテンに任命した[6]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

クラブ シーズン リーグ 背番号 リーグ戦 カップ戦 リーグ杯 欧州カップ戦 合計
試合 得点 試合 得点 試合 得点 試合 得点 試合 得点
イタリアの旗 インテル 2008–09 セリエA 39 16 0 2 0 - 2 0 20 0
2009–10 12 0 2 0 - 1 0 15 0
2010–11 12 0 1 0 - 4 0 17 0
合計 40 0 5 0 - 7 0 52 0
イタリアの旗 チェゼーナ 2010–2011 セリエA 46 11 0 - - - -
合計 11 0 - - - 11 0
イングランドの旗 ニューカッスル 2011–12 プレミアリーグ 3 - - - - -
2012–13 31 1 - - - -
合計 - - - - -
合計 - - - - -

タイトル[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b footballista、ソルメディア、2009年2月25日号、23頁
  2. ^ サントン“優等生”の裏側 Sponichi Annex 2011年2月27日
  3. ^ メルカート:サントンはニューカッスルへ完全移籍
  4. ^ サントンのインテル復帰が決定 両クラブが発表 Goal.com 2015年2月3日
  5. ^ 長友とトレードのサントン、インテル復帰を誓う Goal.com 2011年2月1日
  6. ^ フェッラーラ:「再生目指してサントンをU-23主将に」 Livedoorスポーツ 2011年2月8日

外部リンク[編集]