コンテンツにスキップ

ジェイ・レノ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
"Jay" Leno
ジェイ・レノ
ジェイ・レノ
本名 James Douglas Muir "Jay" Leno
生年月日 (1950-04-28) 1950年4月28日(74歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ニューヨーク州
職業 司会コメディアン
活動内容  テレビ
配偶者  あり
テンプレートを表示

ジェームズ・ダグラス・ミュア・「ジェイ」・レノ(James Douglas Muir "Jay" Leno、1950年4月28日 - )は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューロシェル出身のコメディアン俳優声優作家プロデューサー、テレビ司会者。

1992年から2009年までNBCトーク番組ザ・トゥナイト・ショー・ウィズ・ジェイ・レノ』の司会を約17年もの間務め、同番組を制作するビッグ・ドッグ・プロダクションのオーナーでもある。2009年9月上旬、平日夜22:00からのゴールデンタイムのNBCのトーク番組『ザ・ジェイ・レノ・ショー』の司会を開始した。しかし2010年1月、『ザ・ジェイ・レノ・ショー』は打ち切りとなり、2010年3月1日より『ザ・トゥナイト・ショー・ウィズ・ジェイ・レノ』の司会に復帰し、司会者交代劇の中心人物となった[1]。2014年2月6日、『ザ・トゥナイト・ショー・ウィズ・ジェイ・レノ』は最終回を迎えた。

映画俳優としても活動したことがあるが、有名ではない。身長180cm(5'11)。年収は3200万ドル(約32億円)にも上り、同国のセレブリティ収入ランキングでは23位に位置している。

生い立ち

[編集]

1950年4月28日、ニューヨーク州ニューロシェルに保険の営業でニューヨークイタリアフルーメリからの移民の家庭に生まれた父アンジェロ(1910年–1994年)と、専業主婦でスコットランドグリーノックで生まれ11歳でアメリカに渡った母キャサリン(旧姓ミュア、1911年–1993年)の下に生まれた[2][3]マサチューセッツ州アンドーヴァーで育ち、1973年ボストン市のエマーソン大学言語聴覚療法学士を取得し、1973年、コメディ・クラブに出演し始めた[4]。レノの兄パトリック (1940年5月12日-2002年10月6日)はベトナム戦争の退役軍人で弁護士として働いていたが、2002年、ガンの合併症で亡くなった[5]

経歴

[編集]

1977年3月2日、『ザ・トゥナイト・ショー』のコメディのコーナーに初出演した[6][7]

1970年代、1976年の『Good Times 』のエピソード『J.J. in Trouble 』や同年の『Holmes & Yo-Yo 』パイロット版などのテレビやドラマの端役で出演していた。

1977年の映画『Fun with Dick and Jane 』にクレジット無しで出演した後、1978年の『American Hot Wax 』や『Silver Bears 』ではより良い役を演じた。

この時期に出演した他のドラマや映画は『Almost Heaven 』(1978年)、『One Day at a Time 』の『Going Nowhere 』(1979年)、『Americathon 』(1979年)、『ポリエステル』(1981年)、『Alice 』の『The Wild One 』(1981年)、『Laverne & Shirley 』の『Feminine Mistake 』(1979年)および『Do the Carmine 』(1983年)などである。

唯一の主演作はパット・モリタとダブル主演のビデオ映画『Collision Course 』(1989年)である。また『レイト・ナイト・ウイズ・デイヴィッド・レターマン』にも多数出演した。

2013年4月3日、NBCはレノが2014年ソチオリンピック開幕前日に『ザ・トゥナイト・ショー』の司会を降板し、後任にジミー・ファロンが就任することを発表した[8][9]

出演映画

[編集]
題名 役名 特記事項
1977 おかしな泥棒 ディック&ジェーン
Fun with Dick and Jane
Carpenter (クレジット無し)
1978 Almost Heaven Danny
Silver Bears Albert Fiore
アメリカン・ホット・ワックス アラン・フリード物語
American Hot Wax
Mookie
1979 Americathon Larry Miller (Poopy Butt)
1981 ポリエステル
Polyester
Journalist on TV News (クレジット無し)
1983 What's Up, Hideous Sun Demon Ishmael Pivnik (声)
1989 ベスト・コップ
Collision Course
Detective Tony Costas 初主演。1989年撮影、1992年発表
1993 恐竜大行進
We're Back! A Dinosaur's Story
Vorb (声)
1994 フリントストーン/モダン石器時代
The Flintstones
Bedrock's Most Wanted Host
2000 スペース・カウボーイ
Space Cowboys
ジェイ・レノ
2003 ふたりにクギづけ
Stuck on You
ジェイ・レノ
2005 ロボッツ
Robots
Fire Hydrant (声)
2006 The Jimmy Timmy Power Hour 3: The Jerkinators! Nega-Chin (声)
カーズ
Cars
Jay Limo (声)
アイス・エイジ2
Ice Age: The Meltdown
Fast Tony (声)
2007 Christmas Is Here Again The Narrator (声)
2008 Scooby-Doo and the Goblin King Jack O'Lantern (声)
Igor King Malbert (声)
Unstable Fables: Tortoise vs. Hare Murray Hare (声)
2015 テッド2
Ted 2
本人

『ザ・トゥナイト・ショー・ウィズ・ジェイ・レノ』

[編集]

1987年より『ザ・トゥナイト・ショー・スターリング・ジョニー・カーソン』にゲスト司会者として出演していた。

1992年、同番組の前司会であったジョニー・カーソンが引退[10]1954年より続く歴史あるトーク番組の新司会の座はレノとデイヴィッド・レターマンの2人に絞られた。

世間的には1982年より同番組の後に編成される番組『レイト・ナイト・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』の司会を長年務め(1982年 - 1993年)、コメディアンとして一枚上手だったレターマンにその座が渡されるという見方が強かったが(通常、アメリカのトーク番組で司会が入れ替わる場合は、番組に追従しているトーク番組の司会が格上げになることが多い)結果的にスタンダップ・コメディアンであったレノが新司会の座に着いたのだった。

この新司会座争いは『ザ・レイト・シフト』という書籍およびテレビ映画にもなった。この事からレターマンとレノの不仲は有名であり(しかし両者ともネタにはしている)、レノは2005年の『ニューヨーク・タイムズ』紙のインタビューで「レターマン氏とはもう13年近く会っていない」と述べた。

1993年、レターマンはCBSと契約、同時間帯に『レイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』を立ち上げた。そしてレノとレターマンの両番組の熾烈な視聴率争いが始まった。1995年まではレターマンが勝っていたが、それ以後はレノが勝ち続けている。

1998年、番組にプロレスチーム「WCW Road Wild」をサウスダコタ州ストラジスより招き、番組のバンドリーダー・ケビン・ユーバンクス、プロレスラーのダラス・ペイジと共にレノはハルク・ホーガンエリック・ビショフと戦った。このマッチではレノチームが勝った(のびるケビンはビショフに決められたダイアモンド・クラッターという技でのびた)。

2001年、ニコロデオンで放送しているアニメの『Oops!フェアリーペアレンツ』のスーパーヒーローであるクリムゾン・アーゴの声を担当している。

基本的に大胆で派手なパフォーマンスを見せるが、時にセンシティブな表情もうかがわせる。2001年アメリカ同時多発テロ事件後の放送では普通のオープニングトークを止め、「何が起こったのか!?」と神妙に述べた。

2003年コロンビア号空中分解事故の時も同様のパフォーマンスを行った。

2002年ソルトレークシティオリンピックのフィギュアスケート競技でカナダのペアスケート選手が論争を巻き起こした時、番組に招きカナダの国旗を振りながらカナダの国歌を熱唱した。

ジョニー・カーソンが2005年1月に死去した際は一夜だけ彼に賛辞を述べる番組内容に切り替えた。

2003年5月12日NBCのニュース番組『トゥデイ』のキャスターだったケイティ・コーリック(現:『CBSイブニングニュース』キャスター)と司会を交代する形で番組を進行。この時レノは『トゥデイ』に出演した。

2004年、NBCとの契約を2009年まで延長した[11]。同時にNBCはコナン・オブライエンと2009年からの後任として契約した[12]

2004年9月27日、『ザ・トゥナイト・ショー』の50周年記念放送で2009年限りで番組を引退すると発表。次期司会には現在『レイト・ナイト・ウィズ・コナン・オブライエン』の司会を務めているコナン・オブライエンがその座に着いた。

フォーブス』誌の発表によると2005年の彼の年収は3200万ドル(約37億円)。これはライバル、デイヴィッド・レターマンの4000万ドル(約46億円)に比べるとかなり少ない。これはレターマンの番組が彼自身のプロダクションが立ち上げた番組であるのに対し、レノの番組は別にレノが立ち上げたわけではなく、彼のプロダクションに入る収入がレターマンより少ないものと見られている。

2007年-2008年全米脚本家組合ストライキの間、レノは番組冒頭の脚本が全米脚本家組合のガイドラインに違反していると訴えられた。NBCとレノは全米脚本家組合と私的な会合を持ち、これについて協定を結んだと主張したが、全米脚本家組合は会合自体を否定した[13]

2009年2月と6月にレノは全米脚本家組合西海岸支部の質疑応答に応え、8月11日、全米脚本家組合西海岸支部はストライキ・リストを発表したが、そこにはレノの名はなかった[14][15]

2008年、レノは『ザ・トゥナイト・ショー』からの収入を使わず、スタンダップコメディからの収入のみで生活していると語った[16]

2009年4月23日、非公表の病気により入院した[17]。『ザ・トゥナイト・ショー』の司会者に就任して17年間で初めて4月23日と24日の2日連続での欠席となった[18][19]。翌日24日金曜には退院し、4月27日月曜から通常の業務を再開。当初病名は明かされなかったが、後に『ピープル』誌に慢性的な過労だと語った[19][20]

マイケル・ジャクソン裁判

[編集]

マイケル・ジャクソン裁判では、青少年虐待の罪で逮捕されていたマイケル・ジャクソンの弁護側証人として2005年5月24日に出廷。レノは子供の福祉事業にも積極的に関与していたため、原告少年とも繋がりが僅かながらあったためである。法廷でレノは5年前に原告の家族に付きまとわれそうになったと感じた事を証言した。この裁判では多くの有名人が出廷したが、レノは実際に裁判で発言した数少ない人間である。

この事件について証人であったレノはマイケルやこの事件をジョークとして喋らないように言い渡されたが、彼と番組の構成作家は上手く法律の抜け穴を探しこの事を話した。このようなNBCの裁判所の命令に対する挑戦が効いたのか、裁判所はレノにこの事件に関連しない事柄であればジョークを言っても良いと許可。その後の放送でレノのオープニング・トークは全てマイケル・ジャクソンのネタになった。

コナン・オブライアンへの引き継ぎおよび『ザ・ジェイ・レノ・ショー』

[編集]

ニールセン視聴率によると同時間帯の番組で『ザ・トゥナイト・ショー』の視聴率が常に最高であったため、『ザ・トゥナイト・ショー』の契約終了後に同時間帯に他の局でレノが番組を持つのではないかとみられていた[21]2009年5月29日でもって17年もの間務めた『ザ・トゥナイト・ショー』の司会を降板し[22][23]、6月1日から『レイト・ナイト・ウィズ・コナン・オブライアン』の司会者のコナン・オブライエンが引き継いだ[24]。最後の出演では「番組を始めた時、わたしの髪は黒かったが、大統領は白人だった」と自身の毛髪の色とアメリカ合衆国大統領に初の黒人であるバラク・オバマが就任したことを絡めたジョークを言った(ちなみにレノが同番組の司会に就任した当初の合衆国大統領はジョージ・H・W・ブッシュであった)。

2008年12月8日、契約終了後もNBCに残り、週5日東部標準時22:00(中部標準時23:00)から1時間の番組を持つことが発表された[25]。この番組のフォーマットが『ザ・トゥナイト・ショー』と似ているだけでなく、同じスタジオで撮影され、多くのコーナーがそのまま引き継がれた。

2009年9月14日、レノの新しい番組『ザ・ジェイ・レノ・ショー』が放送開始した。Television Critics Association はこの番組には1から2人のセレブリティがゲスト出演し、時々音楽ゲストも出演することもあり、『ザ・トゥナイト・ショー』で人気のあった『ヘッドライン』のコーナーが番組終盤に放送されることが発表された。初回放送にはジェリー・サインフェルドオプラ・ウィンフリー(衛星中継)がゲスト出演し、他に前日に行なわれたMTV Video Music Awards 2009で起こった騒動についてカニエ・ウェストが語った[26]

時間帯変更騒動と『ザ・トゥナイト・ショー』への復帰

[編集]

この新しい番組編成により、レノもオブライアンも視聴率獲得に成功することができなかった。2010年1月7日、複数のメディアが、この時間帯にニュースを放送するローカル局からの圧力、およびレノとオブライアンの低い視聴率により、3月1日から放送時間を30分に短縮して23:35からに移動すると報じた[27][28]。2月15日から26日までバンクーバーオリンピックの放送のため、NBCの夜の番組は全て改変せねばならなかった。これにより『ザ・トゥナイト・ショー』は番組史上初めて日付が変わった24:05から放送されることとなった。番組はスポーツによる遅延の可能性もあるため、NBCはペナルティ無しで時間を変更することができたのである[29]

1月10日、NBCは2月12日以降できるだけ早くレノの番組の時間を変更すると発表した[30][31]。芸能ニュースサイトのTMZによると、オブライアンへの事前通告なく、NBCは『ザ・トゥナイト・ショー』を24:05分からの1時間番組にするか、さもなくばNBCを離脱する二択を迫った[32]。1月12日、オブライアンは『ザ・トゥナイト・ショー』の開始時間を24:05にするのであればNBCを去ると声明を出し[33]、「テレビ史上最も重要な番組だと私が思う『ザ・トゥナイト・ショー』を日付が変わってから放送することを他のコメディ番組に当てはめると、大きなダメージになるだろう。『ザ・トゥナイト・ショー』が24:05から放送されることは文字通り「今夜の番組」ではなくなるのだから」と語った。

1月21日、NBCはオブライアンと合意したと報じた。オブライアンは『ザ・トゥナイト・ショー』を降板することになったのである。オブライアンは3,300万ドルの違約金を受け、約200名の彼のスタッフは失職により1,200万ドルを受け取る契約になった。1月22日金曜日、『ザ・トゥナイト・ショー・ウィズ・コナン・オブライアン』は最終回を迎えた[34][35][36]。バンクーバーオリンピック開催中の2010年3月1日、オブライアンが降板したことに伴い、レノが『ザ・トゥナイト・ショー』の司会に復帰した。約11カ月ぶりに『ザ・トゥナイト・ショー・ウィズ・ジェイ・レノ』が再開された。

2010年7月1日、『バラエティ』誌はレノの視聴者数が2009年の同時期の500万人に比べ、2010年夏季は400万人まで落ち込んだと報じた。この数字は1992年以降2番目に低いが、それでもこの時間帯の他局の放送に比べてトップのままであった。ちなみに2位はABCの『ナイトライン』(370万人)、3位はCBSの『レイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』(330万人)であった[37][38]

『ザ・トゥナイト・ショー』降板

[編集]

2013年4月3日、NBCは2014年春に『ザ・トゥナイト・ショー』からレノが降板し、後任にジミー・ファロンが就任すると発表した[39]

2014年2月6日、ゲストにビリー・クリスタル、音楽ゲストにガース・ブルックス、サプライズ・ゲストにジャック・ブラックキム・カーダシアンシェリル・クロウクリス・ポールキャロル・バーネットオプラ・ウィンフリーなどを迎え、『ザ・トゥナイト・ショー・ウィズ・ジェイ・レノ』最終回が放送された。

評判

[編集]

批判

[編集]

2010年に起きた『ザ・トゥナイト・ショー』放送時間帯変更騒動により、レノは厳しい批判や悪評に直面することとなった[40][41]。2004年の『ザ・トゥナイト・ショー』でレノが紛争なしでオブライアンの就任はありえないと語ったことが批判された[41][42]。レノはオブライアンがNBCを去ってライバル局に出演することを望まず、「今から5年後、オブライアンに司会を交代する時私は59歳になる。『ザ・トゥナイト・ショー』史上60代で司会を務めたのはただ1人、ジョニー・カーソンだけである。私は彼を越えられないということだろう」と語った[42]。またレノは『ザ・トゥナイト・ショー』を王朝に例え、「引き継いだと思ったら次に引き継ぐ。争いたくはない」、最後には「コナン、君のことだ。5年後に会おう、仲間よ」と語った[43]

俳優でコメディアンのパットン・オズワルトはレノへの失望を口にしたセレブリティの1人で、「ただのアンチではなく、私を含めて今ジェイ・レノを嫌いなコメディアンは、我らの世代で最も素晴らしいコメディアンの1人に傷つけられ失望させられた。今は番組を見ないようにしている」と語った[44]ロージー・オドネルはオブライアンの熱心なサポーターで[45][46]、レノの行為を「いじめ」と位置づけ、「低レベルで権力誇示のようなものだ」と語った[47]

レノの自伝『Leading with My Chin 』の共著者であるビル・ジームは『ロサンゼルス・タイムズ』紙に「レノがすべきことは、ただ前進することのみ。彼はこれまで築き上げた人気を全て失ってしまった。人々は今後これまでと違った目で見るだろう」と語った[48]

擁護

[編集]

NBCスポーツ会長で『サタデー・ナイト・ライブ』の元プロデューサーのディック・イバソルは、今回の件でレノを嘲る人々に対抗し、彼らを「chicken-hearted and gutless (気が弱い臆病者)」と呼んだ[49]

NBCユニバーサルの元会長のジェフ・ガスパンもレノを擁護し「これは度を越えている。ジェイ・レノは完全にプロフェッショナルでテレビ界でも多忙な1人である。こんな目に遭わせるのは遺憾である」と語った[48]

コメディアン仲間のポール・レイザージェリー・サインフェルドジム・ノートン、『ザ・トゥナイト・ショー』寄稿者のジム・ノートンもレノの擁護を明らかにした[50][51][52]

高まる批判に対しレノは、NBCがオブライアンは提案への合意を望んでおり、契約無しで司会を降板させることはあり得ないと断言したと語った[53]。またレノはこれは「全てビジネス」であり、全ての決定権はNBCにあったと語った[53]。1月28日の『オプラ・ウィンフリー・ショー』に出演し、自身の失墜したイメージを回復しようと試みた[54]

プライベート

[編集]

1980年、メイヴィス・レノと結婚し、双方の合意により子はいない[55]。1993年、『ザ・トゥナイト・ショー』で司会を始めて数ヶ月後に母親が82歳で亡くなり、翌1994年、父親が84歳で亡くなった[56]。2002年、ベトナム戦争退役軍人でイェール・ロー・スクール卒業の兄パトリックがガンの合併症で62歳で亡くなった[57]

彼の突出したしゃべりから、下顎前突症とされることもある[58]。書籍『Leading with My Chin 』の中で彼は手術により顎を治すことができるかもしれないが、治療期間中しゃべらずにいられないだろうと記している。

レノはディスレクシアである[4]。毎晩4~5時間しか睡眠をとらない[59]。飲酒、喫煙、ギャンブルをしない[60]。自由時間には車の展示会や自身の車庫で過ごすことが多い[60]

『ザ・トゥナイト・ショー』からの収入を使わず、スタンダップコメディでの収入で生活している[61]

毎年3,200万ドルの収入があるとみられている[62]

チャリティ

[編集]

2001年、アフガニスタンの性的差別で、タリバンのルールにより窮地に立たされている女性に教育を施すをなくすキャンペーンで、彼は妻と連名で10万ドルをFeminist Majority Foundation に寄付した[63][64]

2009年、レノにジャズ・クラブであるレニーズ・オン・ザ・ターンパイクでの仕事を与えたレニー・ソゴロフに敬意を表し、マサチューセッツ州セイラムにあるセイラム州立大学の奨学金に10万ドルを寄付した[65]

2012年8月、レノがオークションに出したFiat 500 が38万5千ドルで落札され、全額が退役負傷兵の復帰ための仮設住宅に役立てられた[66]

Love Ride

[編集]

1984年、筋ジストロフィー研究およびAutism Speaks のため開始し1,400万ドルを集めた自動車によるチャリティ・イベント[67]に1985年からグランド・マーシャルとして参加している[68]。なお、2001年にはアメリカ同時多発テロ事件の復興にも役立てられた[69]

カーマニア

[編集]

世界的なカーマニアとして知られ、デューセンバーグブガッティなど往年の高級車のほか、蒸気自動車から最新型のフェラーリランボルギーニなどのエキゾチックカーまで、多数のコレクションを所有していることでも知られる。また、ガスタービンエンジン搭載のオートバイMTT・タービン・スーパーバイクのオーナーとしても知られており、ディスカバリーチャンネルの番組などにも度々オーナーとして出演していた[70]。近年ではカーマニアという視点で独自に自動車評論活動も展開している他、自身による様々な車の紹介を中心とした「ジェイレノガレージ」という番組も制作された。

レノは90台のバイクを含む約190台の車両を所有している[71]。『Jay Leno's Garage (ジェイ・レノのガレージ)』というホームページを所有し、彼の車や彼が興味ある車の動画や写真を掲載している[72]。コレクションの中にはDoble steam car 2台、ハワード・ヒューズが所有していたセダンやロードスターなどが含まれる。

Popular Mechanics 』誌に定期的にコラムを執筆し、コレクションを披露したり、ジェット・エンジンのバイクや太陽光発電のハイブリッド・カーなどの特殊な車両や修復について様々な車両とトピックにしたアドバイスを行なっている。また『サンデー・タイムズ』紙に時々『Motormouth 』で最高級スポーツカーのレビューや車を題材にしたユーモラスな記事を執筆している[73]

1940年代後期のロサンゼルスを舞台にし、高い評価を受けたゲーム『L.A.ノワール』を開発したTeam Bondi は彼のコレクションを参考にした。レノはこの時代の車両を約100台所有しており、彼らは可能な限り正確に再現した。[74]

ジェイレノ・タンクカー

[編集]

レノはブラストレーン・スペシャル英語版、通称タンクカーを所持している。これは、ホットロッドビルダーのランディ・グラッブが、レノにホットロッドシャシーを売りに来たところ、たまたまM47パットン戦車のエンジンを持っていたレノは「ホットロッドシャシー+戦車エンジン」という奇想天外な車を依頼し、その結果できた車である。エンジンはコンチネンタル・モータース製の空冷4ストロークV型12気筒コンチネンタル AV1790英語版シリーズのガソリン仕様AV1790-5Bであり、最高出力810馬力、最高トルク2120ニュートンメートル、総排気量29361立方センチメートル、乾燥重量1トンという途方もないスペックを誇る。このエンジンに組み合わされるのは大型バスから流用した6速オートマチックトランスミッションであり、足回りもバスやトラックからの流用品である。

入手後、レノはホットロッドビルダーのゲイル・バンクス英語版の協力を得て、エンジンの燃費向上を狙ってキャブレターから燃料噴射装置へと換装、ツインターボ化も行い最高出力と最高トルクは共に元の倍近い1600馬力、4100ニュートンメートルという化け物じみたスペックとなっているが狙い通り燃費は向上し倍近い距離を走れるようになったという(元はリッター当たり1キロ走れば良い方だったらしく、チューン後はリッター当たり2キロ程の燃費だという)。

また、タンクカーはPS2用ソフト『グランツーリスモ4』に収録された。 その他、PS3用ソフト『グランツーリスモ5』、『グランツーリスモ6』にも収録されている。

ちなみにこの車には後継モデルとでもいうべきブラストレーン・インディ・スペシャル英語版が存在する。ロールス・ロイス ミーティアエンジンを搭載しボディは1950年代のインディ・カーをイメージしたという。

関連項目

[編集]

脚注

[編集]
  1. ^ Adalian, Josef (January 21, 2010). “Exclusive: Conan, NBC Officially Splitsville (Updated)”. The Wrap. January 21, 2010閲覧。
  2. ^ “Jay Leno Biography”. The New York Times. http://movies.nytimes.com/person/1548610/Jay-Leno/biography February 3, 2009閲覧。 
  3. ^ Jay Leno Biography (1950–)”. Film Reference. May 11, 2008閲覧。
  4. ^ a b Carter, Bill. "Pushed From Late Night, Leno Is Set for Prime Time" The New York Times, September 12, 2009.
  5. ^ [1]
  6. ^ Jay Leno's First Appearance on the Tonight Show March 2, 1977. Retrieved June 28, 2013.
  7. ^ Jay Leno Bio NBC. Retrieved June 28, 2013.
  8. ^ Carter, Bill (April 4, 2013). “Leno Blesses 'Tonight Show' Succession Plan”. New York Times. http://www.nytimes.com/2013/04/04/business/media/nbc-confirms-fallon-will-succeed-leno.html April 3, 2013閲覧。 
  9. ^ Leno bids farewell to Tonight Show”. Irish Independent (6 February 2014). 7 February 2014閲覧。
  10. ^ “Carson cuts appearances”. Rome News-Tribune. Associated Press (Rome, Ga.): p. 14. (June 2, 1987). https://news.google.com/newspapers?id=NQMIAAAAIBAJ&sjid=SzYDAAAAIBAJ&pg=5008,192179&dq=tonight+jay-leno+shandling October 26, 2008閲覧。 
  11. ^ “NBC signs Jay Leno to contract extension”. USA Today. Associated Press. (March 31, 2004). http://www.usatoday.com/life/television/news/2004-03-30-leno-contract-extended_x.htm October 26, 2008閲覧。 
  12. ^ Carter, Bill (September 27, 2004). “Conan O'Brien to Succeed Jay Leno in 2009, NBC Announces”. The New York Times. http://www.nytimes.com/2004/09/27/business/media/28CND-NBC.html?pagewanted=print&position= October 26, 2008閲覧。 
  13. ^ LENO/WGA: WHAT'S THE REAL STORY? NBC Claims Jay Asked For & Received WGA Permission To Write Monologue At Secret Monday Meeting With Verrone”. Deadline Hollywood Daily. May 11, 2008閲覧。
  14. ^ Verrier, Richard (August 11, 2009). “WGA: No chin music for Jay Leno”. Company Town (Los Angeles Times). http://latimesblogs.latimes.com/entertainmentnewsbuzz/2009/08/guild-clears-jay-leno-of-violating-strike-rules.html August 14, 2009閲覧。 
  15. ^ Littleton, Cynthia (August 11, 2009). “Jay Leno cleared of strike violations; WGA West issues penalties in three cases”. Variety (New York City: Reed Business Information). http://www.variety.com/article/VR1118007189.html?categoryId=2821&cs=1 August 14, 2009閲覧。 
  16. ^ della Cava, Marco (July 17, 2008). “Jay Leno Gears up for Life After 'Tonight'”. USA Today. http://www.usatoday.com/life/people/2008-07-16-leno-cover_N.htm April 25, 2009閲覧。 
  17. ^ Hannah, Jack (April 23, 2009). “Jay Leno hospitalized; 'Tonight Show' tapings canceled”. CNN.com (Cable News Network). https://edition.cnn.com/2009/SHOWBIZ/TV/04/23/leno.hospitalized/index.html August 14, 2009閲覧。 
  18. ^ Dillon, Nancy (April 24, 2009). “Jay Leno released from the hospital”. New York: NYDailyNews. http://www.nydailynews.com/entertainment/tv/2009/04/24/2009-04-24_rep_jay_leno_hospital_trip_precautionary_late_night_host_to_be_released_friday.html April 24, 2009閲覧。 
  19. ^ a b “Jay Leno misses first show in 17 years”. Canada.com. Reuters (Winnipeg, Manitoba: Canwest Publishing Inc.). (April 24, 2009). http://www.canada.com/News/Leno+misses+first+show+years/1530668/story.html August 14, 2009閲覧。 
  20. ^ Warrick, Pamela (May 1, 2009). “Jay Leno Reveals Mystery Ailment: Exhaustion”. People.com (Time Inc.). http://www.people.com/people/article/0,,20276256,00.html August 14, 2009閲覧。 
  21. ^ Moore, Frazier (May 14, 2008). “NBC's Jay Leno-Conan O'Brien swap prompts rumors”. Newsday. Associated Press. http://www.newsday.com/entertainment/fanfare/nbc-s-jay-leno-conan-o-brien-swap-prompts-rumors-1.881678 June 28, 2013閲覧。 
  22. ^ Carter, Bill (July 22, 2008). “Date Is Set for Leno's 'Tonight' Finale”. The New York Times. http://www.nytimes.com/2008/07/22/arts/television/22late.html?n=Top/Reference/Times%20Topics/Subjects/T/Television October 26, 2008閲覧。 
  23. ^ Carter, Bill (May 30, 2009). “Jay Leno Takes Final Bow on 'Tonight Show'”. The New York Times. http://www.nytimes.com/2009/05/30/arts/television/30leno.html?em May 30, 2009閲覧。 
  24. ^ “Leno's last 'Tonight' announced”. CNN.com. Associated Press. (July 21, 2008). オリジナルのJuly 24, 2008時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20080724101827/http://www.cnn.com/2008/SHOWBIZ/TV/07/21/tv.nbc.tonight.ap/index.html July 21, 2008閲覧. "Leno's last show was Friday, May 29, and O'Brien started the following Monday, June 1, NBC executives told a Television Critics Association meeting Monday." 
  25. ^ Carter, Bill (December 9, 2008). “Where Is Leno Going? To Prime Time, on NBC”. The New York Times. http://www.nytimes.com/2008/12/09/business/media/09leno.html?em May 6, 2010閲覧。 
  26. ^ Jay Leno Reveals What To Expect From His New Primetime Show
  27. ^ "Future For NBC's Tonight Show Up In The Air", Los Angeles Times, January 2010.
  28. ^ "Jay Leno Heading Back To Late Night, Conan O’Brien Weighing Options".
  29. ^ Finke, Nikki (January 7, 2010). NBC ON THE HOT SEAT: Will It Be Jay AND Conan In Late Night? What's The Reason For Leno's Anti-NBC Monologue Tonight?. Retrieved 2010-01-09.
  30. ^ "NBC confirms move of "Leno Show""
  31. ^ "Update: NBC Plans Leno at 11:30, Conan at 12", The New York Times, January 7, 2010.
  32. ^ "NBC to Conan O'Brien – The Choice Is Yours", TMZ, January 8, 2010.
  33. ^ Conan Won't Do "The Tonight Show" Following Leno, MSNBC.com, January 12, 2010.
  34. ^ Robert Seidman , NBC Announces That Jay Leno Will Return To Host “The Tonight Show” Beginning March 1, tvbythenumbers.com, January 21, 2010.
  35. ^ NBC Universal Confirms Conan O’Brien Exit Deal Signed from Bloomberg via Business Week
  36. ^ “Conan O'Brien, NBC reach deal”. Associated Press. cbc.ca. (January 21, 2010). https://web.archive.org/web/20100124082452/http://www.cbc.ca/arts/story/2010/01/21/conan-deal-nbc.html? January 16, 2013閲覧。 
  37. ^ Levine, Stuart (July 1, 2010). “'Kimmel,' 'Nightline' show demo increase”. Variety. http://www.variety.com/article/VR1118021316.html?categoryid=14&cs=1 
  38. ^ Piccalo, Gina (October 24, 2010). “Comedians Laugh as Leno Sinks”. The Daily Beast. http://www.thedailybeast.com/blogs-and-stories/2010-10-24/jay-lenos-sinking-tonight-show-ratings-will-conan-obrien-get-the-last-laugh/ October 26, 2010閲覧。 
  39. ^ de Moraes, Lisa (April 3, 2013). “It’s official: Jimmy Fallon to replace Jay Leno on ‘The Tonight Show’”. The Washington Post. https://www.washingtonpost.com/blogs/tv-column/post/its-official-jimmy-fallon-to-replace-jay-leno-on-the-tonight-show/2013/04/03/3ec85446-9c7e-11e2-9a79-eb5280c81c63_blog.html April 3, 2013閲覧。 
  40. ^ "Why Some Comics Aren’t Laughing at Jay Leno". The Wall Street Journal
  41. ^ a b Barnhart, Aaron (January 18, 2010). “Jay Leno is Mr. Nice Guy no more – but was he ever?”. The Kansas City Star. https://web.archive.org/web/20100121012846/http://www.kansascity.com/238/story/1691791.html January 16, 2013閲覧。 
  42. ^ a b "Jay Leno in 2004: 'In '09, Conan, it's yours'". Digital Journal
  43. ^ "2004 Tonight Show Clip: 'Conan, It's yours!'" Funny or Die.
  44. ^ "Patton Oswalt: Jay Leno Is Like Nixon, I Don't Like Him". The Huffington Post.
  45. ^ Porter, Rick (January 14, 2010). “Rosie O'Donnell is on Team Conan”. Zap2it. January 15, 2009閲覧。
  46. ^ "Rosie O'Donnell, Jimmy Kimmel slam Jay Leno over Tonight Show battle". Daily News (New York).
  47. ^ "Rosie O'Donnell Has More to Say About Jay Leno". New York
  48. ^ a b "Taking on America's 'nice guy'". Los Angeles Times. p. 2.
  49. ^ "Taking on America's 'nice guy'". Los Angeles Times.
  50. ^ "Paul Reiser: A Teachable Moment". The Huffington Post.
  51. ^ "Seinfeld on Jay-Conan Debacle: 'I Can't Blame NBC'". The Wrap.
  52. ^ http://www.cbsnews.com/videos/comedian-defends-lenos-return/
  53. ^ a b "Jay Leno Tries to Make Nice, While Conan Rallies the Troops". Entertainment Weekly.
  54. ^ Marikar, Sheila (January 28, 2009). “Jay Leno Tells Oprah Winfrey Conan O'Brien's Exit Wasn't His Fault”. ABC News. http://abcnews.go.com/Entertainment/jay-leno-tells-oprah-winfrey-conan-obriens-tonight/story?id=9687814 January 16, 2013閲覧。 
  55. ^ Jay Leno”. Who's Who in America. Marquis. January 16, 2013閲覧。
  56. ^ “Jay Leno's Eulogy Does His Dad Proud”. (August 29, 1994). http://articles.latimes.com/1994-08-29/entertainment/ca-32548_1_jay-leno February 8, 2014閲覧。 
  57. ^ [http://www.nytimes.com/2009/09/12/arts/television/12leno.html?pagewanted=all&_r=0 “Pushed From Late Night, Leno Is Set for Prime Time”]. (September 11, 2009). http://www.nytimes.com/2009/09/12/arts/television/12leno.html?pagewanted=all&_r=0 February 8, 2014閲覧。 
  58. ^ Chudley, A.E. (October 1998). “Genetic landmarks through philately – The Habsburg jaw”. Clinical Genetics 54 (4): 283–284. doi:10.1034/j.1399-0004.1998.5440404.x. PMID 9831338. 
  59. ^ Mike McLeod, Jay Leno – The Tonight Show's $1 Billion Man Collects Cars and Motorcycles, go-star.com
  60. ^ a b Nevada Magazine article: "Classic cars and comedy".
  61. ^ Acuna, Kirsten (March 8, 2013). “The 12 Most Frugal Celebrities”. Business Insider. April 3, 2013閲覧。
  62. ^ Forbes article: "Jay Leno – The Top 100 Celebrities".
  63. ^ Hollywood's Latest Cause: Can A Pack Of Celebrities Save Afghanistan's Women?”. Newsweek (December 6, 1999). December 6, 1999閲覧。
  64. ^ Greenberg, Susan H. (February 21, 2000). “So Many Causes, So Little Time Save The Rain Forest! Free Tibet! For Today's Stars, There's No Business Like Fund-Raising Business”. Newsweek. February 21, 2000閲覧。
  65. ^ “Leno says thanks with $100k check”. The Boston Herald. (April 12, 2009). http://www.boston.com/news/local/massachusetts/articles/2009/04/12/leno_says_thanks_with_100k_check November 29, 2009閲覧。 
  66. ^ Distant, Daniel (August 20, 2012). “Jay Leno's Fiat 500 Sold for $385,000 to House Wounded Veterans”. The Christian Post. April 24, 2013閲覧。
  67. ^ Kisliuk, Bill (July 20, 2010). “Love Ride motors on”. burbankleader.com. http://www.burbankleader.com/news/tn-gnp-ride-20100720,0,6905220.story January 16, 2013閲覧。 
  68. ^ Brissette, Pete (October 29, 2008). “Love Ride 25 and California Bike Week”. motorcycle.com. http://www.motorcycle.com/events/love-ride-25-and-california-bike-week-87502.html January 16, 2013閲覧。 
  69. ^ “Late night host Jay Leno takes point in annual charity Love Ride”. Associated Press. The Daily News. (November 14, 2001). https://news.google.com/newspapers?nid=1696&dat=20011114&id=IvkcAAAAIBAJ&sjid=JZgEAAAAIBAJ&pg=5006,1728238 January 13, 2013閲覧。 
  70. ^ ディスカバリーチャンネル出演時の動画YouTubeより)
  71. ^ The Cars, jaylenosgarage.com
  72. ^ Jay Leno's Garage”. Official Website. May 9, 2007閲覧。
  73. ^ Moran, Michael (May 9, 2007). “Jay Leno's million dollar garage”. London: The Times. http://driving.timesonline.co.uk/tol/life_and_style/driving/article1746609.ece May 11, 2008閲覧。 
  74. ^ L. A. Noire”. Giantbomb. May 9, 2007閲覧。

外部リンク

[編集]
先代
ジョニー・カーソン
ザ・トゥナイト・ショーの司会者
1992年5月25日2009年5月29日
次代
コナン・オブライエン
先代
コナン・オブライエン
ザ・トゥナイト・ショーの司会者
2010年3月1日2014年2月6日
次代
ジミー・ファロン