シュタイナー教育

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シュタイナー教育(シュタイナーきょういく、ドイツ語 Waldorfpädagogik英語Waldorf education)とは、20世紀はじめのオーストリア神秘思想家ルドルフ・シュタイナーが提唱した教育思想および実践を日本で紹介する際に名付けられた呼称である。

シュタイナー自身が提唱したこの教育思想と実践の呼び名は、ドイツではWaldorfpädagogik、英語圏ではWaldorf education(ウォルドルフ教育/ヴァルドルフ教育)およびSteiner educationなどと呼ばれている。日本では子安美知子が1975年に著した『ミュンヘンの小学生』で知られるようになった[1]

世界的にはユネスコのプロジェクト校(ユネスコ・スクール)に指定されている学校も多い[2]

ニュージーランドオークランドのシュタイナー学校

ヴァルドルフ学校設立までの経緯[編集]

1907年頃からルドルフ・シュタイナーは子供の教育についても論文を発表していたが、教育界からはほとんど無視されていた。その彼が実際に実験学校を指導することになったのは、エミール・モルト(独:Emil Molt)という工場長の要請がきっかけであった。

ヴァルドルフからアメリカに移住しウォルドルフ=アストリアホテルの経営を始めたアストル家が、地の利からタバコ産業にも関わるようになり、故郷ドイツに煙草工場を作るに至った。早くからドイツ神智学協会の会員であり、シュタイナーとも既知であったモルトは、シュトゥットガルトでヴァルドルフ−アストリア煙草工場という会社を共同経営していた。1919年に、この工場で働く労働者の子弟のための学校開設をシュタイナーに依頼した。

その学校はヴァルドルフ学校と名付けられた。関係者は「シュタイナー学校と名付けるのはどうか?」とシュタイナーに訊いたが、シュタイナーを批判する者が日をまして増えていたため、「その名前はあり得ません」と言下に否定された。

シュタイナーは、公式には校長にこそ就任しなかったが、人智学協会会員からなる教職員を統括する、事実上の校長として、終生このヴァルドルフ社の私立学校を指導することになる。この学校は、当時としては珍しい男女共学で、当初から小学校から中等教育までを行う統合学校の形態をとっていた。

1933年秋には自由ヴァルドルフ学校連盟が設立された。この連盟は最初のヴァルドルフ学校から、ルドルフ・シュタイナーとヴァルドルフの名称権を受け継いだ。しかし、これらの名前を無断使用されそうになる危機を体験した。そのため1982年10月2日、ヴァルドルフの名にふさわしい教育サービスの品質維持のため、煙草とホテルのサービスに次ぎ、「ヴァルドルフ」の名を冠する教育サービスが登録商標される運びとなった[3]

名称について[編集]

ドイツの連盟である自由ヴァルドルフ学校連盟において把握された、「シュタイナー」「ヴァルドルフ」およびそれに類似した名称を冠する学校およびフリースクールは世界中に1000校以上ある。日本を含むアジア・中東地区には統一した連盟はなく、この名称を冠することに制限がないため、各学校が勝手に名乗っているのが現状であるが、連盟が存在しない地域でもBund(国際ヴァルドルフ学校連盟)に加盟している学校は存在する。日本国内では学校法人となった2校を含む8校が加盟している。

なお、日本においては"Waldorfschule"(ヴァルドルフシューレ)"Waldorfpädagogik"(ヴァルドルフ教育)の呼称は一般的ではない。小学館が発行する国語辞典大辞泉』においても、子安が娘の学校での教育を紹介するのに用いた『シュタイナー教育』という表記が用いられている。[4]

教育理論の特徴[編集]

魂と身体[編集]

人間の魂から身体までを、意識の座である自我、感情と印象の座であるアストラル体、生命の座であるエーテル体、物質から成る肉体の4層に分けて理解する。肉体が誕生しても他の3層は未分化の状態であり、7歳のときにエーテル体が自律、14歳のときにアストラル体が自律、21歳のときに自我が自律するとされる。(それ以降も人間の成長は続くが、ここでは教育のみに話をしぼるため割愛する。)従ってその各段階に分けて人間の成長を理解することが重要視される。

魂はさらに意志・感情・思考(表象活動)の3つの領域から理解され、それぞれの発達にふさわしい時期にその能力を伸ばすよう、配慮されている。

七年期[編集]

シュタイナー教育では、人間の成長を7年おきに大別してとらえる。生まれてから成人するまでの21年間のうちに世界から「真・善・美」を全身を通して理解し、その世界と自分との一体感を見いだし、世界の中で自由で自律的に生きることのできる人格の育成を目指す。

  1. 第1七年期(0〜7歳) - 肉体が誕生してからの7年間。この肉体を動かす事、すなわち意志の成長が課題となる。萌芽的な段階にあるエーテル体をゆっくり教育するため、無意識的な活動、特に毎日の生活のリズムを重視する。この時期の子どもは周囲の大人、特に両親からの直接的、間接的な影響を全身に吸い込んで成長する。つまり無意識的にも「(私の周りの)世界は善であふれている」ことを子どもが理解するような教育を目指す。
  2. 第2七年期(7〜14歳) - エーテル体が既に自律し、アストラル体が活動するようになるまでの7年間。アストラル体が司るもの、すなわち感情の成長が課題となる。そのため芸術に重きを置いた教育実践によって、いきいきした感情を育み、「世界は美しい」とおぼろげにも感じられる教育を目指す。
  3. 第3七年期(14〜21歳) - アストラル体が既に自律し、自我がはっきりしてくるまでの7年間。表象活動の活発化が課題となる。明晰な表象活動により「世界は真実に満ちている」ことをはっきり理解する教育を目指す。

4つの気質[編集]

自我、アストラル体、エーテル体、肉体のどの領域の活動が優勢かによって、子どもの気質を、四体液説による胆汁質、多血質、粘液質、憂鬱質(黒胆汁質)の4つに大別してアプローチする。

教育実践の特徴[編集]

シュタイナーは「現代の人間はスズメバチのようである」とし、頭脳ばかり発達して意志が伴わない状態におかれている事を危惧した[5]。シュタイナー教育の目指すものは、宇宙にある諸事物の理念を、人間と結びつけて理解し、それによりミクロコスモスとしてのわたしを活き活きとした理念で満たすことである。その手法として、芸術が重要視される。芸術を通して人間の4層に働きかけることが教育実践でとくに注目される事である。それは以下のような特徴的な教科でのみならず、国語や算数といった公教育で主要科目とされる授業の中でも目指していることである。前述の七年期にみられる、年齢と教育を結びつけた考え方から、年齢主義を基本とする運営がなされる。

オイリュトミー[編集]

オイリュトミーの手法を子どもの発達段階にあわせて教授する教育オイリュトミーの授業がある。音楽のリズムに従って優美に歩いたり、詩を唱えながら言葉の響きに従って体を動かしたりする[要出典]

フォルメン[編集]

ものの形(Gestalt、ゲシュタルト)の理解のための学習であると誤解される事がしばしばあるが、フォルメン(Formen)は有機的な動きのフォルム(Form)を把握するためのアプローチであり、幾何の授業とは一線を画する。この授業はエーテル体が自律し、身体が成長する7歳以降の数年間に特に重視される。4年生を過ぎるとその役目を終え、幾何の授業にとって代わる。

水彩[編集]

シュタイナー教育で用いられる水彩技法は主に2つである。

  1. にじみ絵
  2. 層技法

ものの形を描くよりも(これは白黒線描として別の授業で展開する)、ゲーテの色彩論をベースとした色の混ざり合いを重視する[要出典]

シュタイナー学校・シュタイナー幼稚園[編集]

シュタイナー教育を初等・中等教育の段階で小中高一貫教育として実践するのが、シュタイナー学校である。ドイツではシュタイナーが最初に作った学校にちなんで、Waldorfschule(ヴァルドルフ学校)という名称を冠する学校が多い。Rudolf-Steiner-Schule(ルドルフシュタイナー学校)と名付けられている学校もある。ヨーロッパの学校に関しては原則として連盟による認定式をとっており、Waldorfの名称を勝手に用いることができない。世界のシュタイナー学校では基本理念を共有しながらも、どの国でも、その国の文化、民族性などに合った形でカリキュラムを組むことが必要とされる。また、同一国内であっても、それぞれの学校で教育内容は研究され、変更される。世界で初めて公教育を制度化したドイツでは、シュタイナー学校はドイツ基本法第7条5項に定める世界観学校とされている。アビトゥーアに算入される科目基準を満たしていないため、大学進学を希望する生徒は、学校外のアビトゥーア科目を数多く取得するために、1年長く学ぶ必要があることもある。

日本におけるシュタイナー学校[編集]

日本を含むアジア地域には、「ヴァルドルフ」名称を認証する正式な機関が存在しない。自由ヴァルドルフ教育連盟(Bund)の『ヴァルドルフ学校リスト』[6]に掲載されている学校は以下の通り。

シュタイナー幼稚園[編集]

シュタイナーは、1920年6月に行われたシュタイナー学校での教員会議で「ほんとうは、幼稚園の頃から子どもを預かることができるとよいのです。子どもたちを受け持つ時間が長ければ長いほどよいのです。就学以前の子どもたちを受け入れることができるはずです。(中略) 幼い子どもたちの教育の方が重要なのです」と発言するなど、幼児教育の重要性を説き、彼の指導のもと、E.M.グルネリウスによってシュタイナー幼稚園を設立する意向であった。しかし、彼の存命中には実現せず、亡くなった翌年の1926年にグルネリウスらによって、シュタイナー教育の理念に基づく幼稚園が始まった[7]

現在、欧米のシュタイナー学校にも幼稚園が併設されており、保護者自身の手によって運営が行われていることも多い。

日本では、シュタイナー幼児教育協会が2009年から教員養成教育講座を行うなど、シュタイナー幼児教育の普及に努める。

日本への紹介[編集]

西ドイツに家族を伴って留学していた時に娘をヴァルドルフ学校に通わせた経験をもつ子安美知子が『ミュンヘンの小学生』という著作においてRudolf-Steiner-Schule Schwabingとそこにおける教育を「ルードルフ・シュタイナー学校(シューレ)」「自由(フライエ)ヴァルドルフ学校(シューレ)」として日本に紹介した[1]。この本は1976年度の毎日出版文化賞を受賞しているが、それによれば、コマ割りの授業がなく、教科書やテストがなく、点数評価をおこなわない、早い時期からの外国語教育、12年間の一貫教育であり、数週間にわたり、国語なら毎日国語ばかり、算数なら毎日算数ばかりという「エポック授業」のかたちをとり、子どもに文字を習得させるプロセスでは、「話す」「自分の意志にそって動かす」から「書く」へつなげて、最後に「読む」という順序を踏むなど、独特の教育法で注目を集めた[1]

1996年には、NHKの衛星第二放送の「素晴らしき地球の旅」という番組でドイツのヴァルドルフ学校の様子が紹介された。

教員養成[編集]

ドイツ、アメリカ、イギリスをはじめ、シュタイナー学校と併設する形で教員の養成に努める施設が存在する。その多くは、初年度にシュタイナーの基本思想とシュタイナー教育の実践を学ぶ基礎コースを含む2年から4年にわたる制度を採用している。ドイツでは大卒でなくとも、市民大学などで人智学およびシュタイナー教育養成講座を受講すれば、私立学校であるヴァルドルフ学校で教えることができるため、デザイナーやIT技術者からの転職組も多い(ただし教員免許を有していない場合は、シュタイナー教員免許は、教員養成講座を受講した国内でのみ有効と限定される)。日本で教鞭を執っている教師・講師のほとんどが、こうした講座を海外で受講しているか、NPO法人日本アントロポゾフィー協会の主催するシュタイナー教育教員養成講座にて学んだ後に、普遍アントロポゾフィー協会教育部門(スイス・ドルナッハ)が発行する基礎課程の修了証を取得している。

公的資金による学校[編集]

カリフォルニア カリフォルニアには、アメリカ合衆国の他のどの州よりも多くの、公的資金によるヴァルドルフ学校が存在する。1998年に、公的資金によるヴァルドルフ方式の学校は米国憲法の修正第一条の設立条項に違反していると主張している2つの学区に対して、カリフォルニアで訴訟が起こされた。2005年に裁判所はこの案件を棄却した 。2010年に不服申立てのあと再審に差し戻されたこの案件が棄却された [8]。のち、以下のように結論された。

「アントロポゾフィーは宗教あるいは哲学的信条に関わりなく誰もが用いることができる学習方法であることを、証拠は示唆している。換言すると、アントロポゾフィーは宗教教義あるいは一連の信条というより、方法論あるいはアプローチの類である[9]。」

シュタイナー学校関連年表[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 子安(1975)
  2. ^ 『持続可能な教育と文化』(2008)
  3. ^ ホフリヒター
  4. ^ ドイツ語版ウィキペディアおよび英語版ウィキペディアにおいては、項目名として、その言語が用いられる地域においてもっとも一般的とされる呼称を用いている。英語版ウィキペディアの『Waldorf education』の記事においては、次の文章をもって『ヴァルドルフ教育(学校)』=『シュタイナー教育(学校)』であるとしている。なお、この文章の主語である『The educational approach』とは、『Waldorf Education』のことである。

    The educational approach is known in some countries as Steiner or Steiner-Waldorf education.

    日本語版ウィキペディアにおいても、これに倣い、日本語が用いられる地域においてもっとも一般的とされている『シュタイナー教育』『シュタイナー学校』の表記を用いた。
  5. ^ シュタイナー『現代の教育はどうあるべきか』p.307
  6. ^ Bund ヴァルドルフ学校リスト 2012年版
  7. ^ 高橋(1995)
  8. ^ Damrell, Frank C., Minute Order, Nov 27 2007. Text of order. Accessed 2007-12-17.
  9. ^ PLANS, Inc. v. Sacramento City Unified School District, 2:98-cv-00266-FCD-EFB (United States District Court Eastern District of California November 5, 2010).

参考文献[編集]

  • 子安美知子『ミュンヘンの小学生 娘が学んだシュタイナー学校』中央公論社<中公新書>、1975年12月。
  • 日本ホリスティック教育協会編 『持続可能な教育と文化―深化する環太平洋のESD』せせらぎ出版、2008年4月。
  • ルドルフ・シュタイナー、佐々木正昭訳『現代の教育はどうあるべきか-現代の精神生活と教育-』人智学出版社。
  • ハンスイェルク・ホフリヒター 『ヴァルドルフ その名前の歴史』
  • 高橋弘子 『日本のシュタイナー幼稚園』 水声社、1995年12月。ISBN 978-4891763206
  • 増田幸弘『プラハのシュタイナー学校』、白水社、2010年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]