サロンカーなにわ

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サロンカーなにわ
サロンカーなにわ
サロンカーなにわ
基本情報
運用者 日本国有鉄道
西日本旅客鉄道
種車 14系客車
改造所 国鉄高砂工場
改造年 1983年
改造数 7両
主要諸元
編成 7両編成
軌間 1,067 mm
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サロンカーなにわは、日本国有鉄道(国鉄)・西日本旅客鉄道(JR西日本)が1983年(昭和58年)9月以降に保有する鉄道車両客車)で、ジョイフルトレインと呼ばれる車両の一種である。鉄道ファンからは「大サロ」、「ミハサロ」[1]という俗称もある。

登場までの経緯[編集]

国鉄大阪鉄道管理局では、1979年よりスロ62形・スロフ62形客車を改造したお座敷客車であるスロ81形・スロフ81形客車の6両編成を運用していたが、需要は多く、申し込みのうち6割以上を断らざるを得ない状況が続いていた。一方で、観光バスではデラックス志向が高まっていたほか、リバイバルトレインなどの人気から、和式客車のみでは対応できなくなりつつあった。

このため、多様化した嗜好に応えるべく、新しい車両を登場させることになったものである。

概要[編集]

旧塗装のサロンカーなにわ

東京南鉄道管理局に配属された「サロンエクスプレス東京」とほぼ同時期の1983年(昭和58年)9月に登場した。

当時の高砂工場において、14系客車から改造が行われた。改造後の形式は、両端車がスロフ14形700番台、中間車がオロ14形700番台で、東京南局の「サロンエクスプレス東京」の続番である。全車両がグリーン車。7両編成で内容は次のとおり。

それまでに改造されたお座敷列車とは異なり、サロンエクスプレス東京と並び、初めて欧風の内外装を施しており、車内は2人+1人掛け千鳥配置のリクライニングシートとなった。シートピッチが広げられたため種車の窓配置とシートピッチが合っていない。スロフ14 703はパノラマラウンジカーとなっている。スロフ14 704の車端は展望室となっている。

  • 1号車 スロフ14 703(旧スハフ14 31) - 展望室・ラウンジ(定員外20人)
  • 2号車 オロ14 706(旧オハ14 177) - 定員39人
  • 3号車 オロ14 707(旧オハ14 178) - 定員39人
  • 4号車 オロ14 708(旧オハ14 179) - 定員39人
  • 5号車 オロ14 709(旧オハ14 170) - 定員39人
  • 6号車 オロ14 710(旧オハ14 180) - 定員39人
  • 7号車 スロフ14 704(旧スハフ14 52) - 展望室(定員外12人)・客室定員24人
リニューアル後の展望車(スロフ14 704)

各車両の便洗面所設備のない側のデッキ・側扉を撤去し、スロフ14形については種車のスハフ14形の乗務員室側を編成内側とし、種車では半折妻形状で丸みを帯びていたのを切妻に改造して車端ダンパーを追加している(サロンエクスプレス東京は切妻化・ダンパー追加はされておらず、乗り心地に影響を与えた)。切妻だった部分は戦前の展望客車に似た外観のガラス張りの展望室を設け、行灯式のテールサインが取り付けられた。 塗装は、深い青緑色(青緑6号)をベースとし、窓周りと腰板部の飾り枠を金色とした。1994年(平成6年)5月にリニューアルを行い、塗装の金色の部分が黄色に変更されている。2011年(平成23年)、再度リニューアルを行った。

運用[編集]

運用開始以来、網干総合車両所宮原支所に配置されており、団体臨時列車のほか、多客時の臨時列車としても運行されることがある。乗客数や運用線区に応じて1両あるいは2両を減車した編成で運行されることもある。

過去には臨時の『雷鳥』や『銀河』に運用されたこともあり、この場合は列車名に『サロンカー』の文字を冠していた。

特徴的な運用としては、国鉄時代の1984年12月に宇高連絡船で車両航送された上で、四国での営業を行なったことがある[1]。これは本車両に航送用フックが装備されていたことから実現した[1]が、ジョイフルトレインが鉄道連絡船で航送された例は初めてであり、また14系客車の四国乗り入れもこの時が初めてとなった。

1984年8月6日には、当時国鉄の現役車掌兼フォーク歌手として活動していた伊藤敏博が本車両に乗り込み、展望車でライブやサイン会を行うイベントを行った。なお、伊藤は国鉄職員の兼職は禁止の建前上、車掌として乗務する扱いであるため出演料ゼロ(ノーギャラ)であった。伊藤のヒット曲「景子」にちなみ『KEIKO号』として、大阪駅 - 金沢駅間で運転された[2]

2008年8月には山口線にて、C57 1C56 160の重連が本車両を牽引して、『SLやまぐちDX号』として運転された。本車両が蒸気機関車に牽引されたのはこのときが初めてである。2010年10月にも『SLやまぐちなにわ号』として運転されたが、復路は2008年運転時とは異なりプッシュプル牽引となった。

2016年11月25日-28日には日本旅行が企画した団体専用夜行列車『サロンカーあかつき』として運行された[3]。11月25日から翌26日にかけて大阪駅 - 長崎駅間、27日から翌28日にかけて博多駅 - 大阪駅間で運転され、九州旅客鉄道(JR九州)の路線に1996年頃の西鹿児島入線(ED7661牽引)以来久しぶりに入線した(国鉄時代には「サロンカー明星」「サロンカー屋久島」など多客期の臨時夜行列車として九州で運行されたことがある)。

お召し列車としての運用[編集]

国鉄分割民営化以降はJR西日本管内で運行されるお召し列車にもしばしば使用されている。この場合は5両編成[4]に減車され、テールサインにはJRマークが掲げられ(1997年以降。1994年の運転時はテールマークの台座ごと外されていた。また1996年ののと鉄道での運転時はJR西日本とのと鉄道の社紋を併記)、側面行先幕は白地となる。このため、同車の窓ガラスは防弾ガラスとなっており、トイレが登場時は全て和式だったのを展望車に一番近いトイレのみ洋式化改造するなど、お召し列車としての運用を想定した様々な対策工事が施されている。

運転記録

脚注[編集]

  1. ^ a b c レイルマガジン』1985年3月号、ネコ・パブリッシング1985年、 20頁。
  2. ^ 「車掌さんシンガー、車上でコンサート──国鉄の伊藤さん、赤字解消お手伝い」『日本経済新聞』1984年5月22日付大阪夕刊、19頁。
  3. ^ 「サロンカーあかつき」運転 - 『鉄道ファン』交友社 railf.jp鉄道ニュース 2016年11月26日
  4. ^ 1996年にのと鉄道で運転されたときは、能登線内のホーム有効長の関係から4両編成となった。

参考文献[編集]