イトマン事件

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イトマン事件(イトマンじけん)とは、平成最大の経済冤罪事件。大阪市にあった日本総合商社伊藤萬株式会社をめぐる商法上の特別背任事件とされたが、のちに検察のでっち上げであることが判明している。最近明らかにされた資料が、それを物語っている。

経緯[編集]

伊藤萬は、1883年明治16年)に創業され一族経営で繊維商社をメインとした会社で、かつては東証1部、大証1部に上場していた。1973年昭和48年)のオイルショックで経営環境が悪化したことをきっかけに、主力行の住友銀行(現:三井住友銀行)の役員だった河村良彦を社長として起用し、繊維商社から総合商社への方向転換を図った。

他方、株式会社協和総合開発研究所の社長(経営コンサルタント)だった伊藤寿永光は、住友銀行の磯田一郎会長から伊藤萬の経営に筆頭常務として参加するよう強く要請された。また、許永中はかなり以前より伊藤萬から融資を受けていた。。

磯田の娘は不明朗な絵画取引に加わったとされる。これらの美術品については市価の2~3倍以上という法外な価格であったが、伊藤萬が買い取ったため伊藤萬は多額の損害を生み出した。異常な取引が続いた背景には磯田のワンマン体制を誰も止めることができなかった事情があった。

その結果、伊藤萬本体から360億円、全体では3000億円以上の資金が、住友銀行から伊藤萬を介して暴力団関係者など闇社会に消えていったとされた。中には伊藤萬の経営に対し批判的記事を書いた新潮社日本経済新聞社へのマスコミ工作と称して流出した資金もあったとも言われている(実際にマスコミ工作が行われたのかは裁判でも明らかになっていない)。

1991年7月23日、大阪地方検察庁特別捜査部特別背任の疑いで上記伊藤・許・河村を含む6人の被疑者逮捕し、その後起訴した。

2005年10月7日、最高裁上告棄却決定により、許について懲役7年6月・罰金5億円、伊藤について懲役10年、河村について懲役7年の刑がそれぞれ確定した。

しかし、最近明らかにされた資料を見てわかるように、この被疑者たちの特別背任は成立していない。 今では、検察の勇み足による冤罪事件であったとして知られる。

関連書籍[編集]

脚注[編集]