アサガオ

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アサガオ
Ipomoea nil 'Akatsukinoumi'
品種: 暁の海 Ipomoea nil 'Akatsukinoumi'
分類APG III
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 Angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 Eudicots
階級なし : キク類 Asterids
階級なし : 真正キク類I Euasterids I
: ナス目 Solanales
: ヒルガオ科 Convolvulaceae
亜科 : ヒルガオ亜科 Convolvuloideae
: Ipomoeeae
: サツマイモ属 Ipomoea
: アサガオ I. nil
学名
Ipomoea nil
(L.) Roth (1797)
シノニム
Pharbitis nil
(L.) Choisy (1833)
和名
アサガオ(朝顔)
英名
Japanese morning-glory
whiteedge morning-glory

アサガオ(朝顔、学名: Ipomoea nil [1]: Morning glory[2]は、ヒルガオ科サツマイモ属一年性植物日本で最も発達した園芸植物古典園芸植物のひとつでもある。中国語で牽牛。日本では「蕣」の漢字も当てられる。

特徴[編集]

紫色のノアサガオ
赤紫色の朝顔

つる性

は広三尖形で細毛を有する。

は大きく開いた円錐形で、真夏に開花する。1つの花は,外側からがく5、花弁5、おしべ5、めしべ1を有する。5枚の漏斗状の花弁は融合し、漏斗状になっている。それぞれの花弁の中央に、放射状の中肋(アサガオでは特に「曜」と呼ばれる)が走っている。子房は3つの子房室からなり、各子房室には2つの胚珠がつくられる[3]。 

分布[編集]

原産地

自生種が存在することから、

  • ヒマラヤかネパールから中国にかけての地域
  • 熱帯アジア

のどちらかが原産地であるとする説が有力であった。しかし近年になって、熱帯アメリカ大陸が原産地であるとする説が出されている[4][注釈 1]

日本[編集]

 日本への到来は、奈良時代末期に遣唐使がその種子をとして持ち帰ったものが初めとされる。アサガオの種の芽になる部分には下剤の作用がある成分がたくさん含まれており、漢名では「牽牛子(けにごし、けんごし)[注釈 2]」と呼ばれ、奈良時代、平安時代には薬用植物として扱われていた。和漢三才図会には4品種が紹介されている。

 なお、遣唐使が初めてその種を持ち帰ったのは、奈良時代末期ではなく、平安時代であるとする説もある。この場合、古く万葉集などで「朝顔」と呼ばれているものは、本種でなく、キキョウあるいはムクゲを指しているとされる。

利用[編集]

薬用[編集]

 種子は「牽牛子」(けにごし、けんごし)と呼ばれる生薬として用いられ、日本薬局方にも収録されている。中国の古医書『名医別録』では、牛を牽いて行き交換の謝礼したことが名前の由来とされている。

粉末にして下剤利尿剤として薬用にする。煎液にしても効かない[要出典]。種子は煮ても焼いても炒っても効能があるものの毒性が強く、素人判断による服用は薦められない。

毒性[編集]

毒成分
ファルビチン[6]コンボルブリン
毒部位
種子
毒症状
嘔吐下痢腹痛血圧低下

品種改良[編集]

 世界的に見ても、これほど形態が多種多様に変化した園芸植物は他にない。ほとんどの変異は江戸時代に生まれたものである。変異の著しいものには種子を作る事ができないものもある。

この変異が著しいために、種子ができない、または非常に結実しにくいものは「出物(でもの)」と呼ばれる。不稔である出物の系統を維持するためには、変化が発現しなかった株(「親木(おやぎ)」と呼ばれる)により遺伝的に伝えて行くしかない。したがってたくさんの種をまき、小苗の内に葉の特徴から変化を有している株は出物として鑑賞用に育成し、残りの株の中から出物の変異を隠し持っている親木を鑑別し、こちらは出物の採種用として育成することになる。そのため江戸時代の人々は経験的にメンデルの法則を知っていたとも言われる。

 20世紀に入り、多様な遺伝子変異を持つアサガオは日本の遺伝学者により遺伝学の研究対象となった。現在も遺伝学および生理学の研究材料として用いられている。

品種改良の歴史[編集]

 江戸時代の2度の朝顔ブームを機に品種改良が大きく進んで観賞用植物となり、木版の図譜類も多数出版された。この時代には八重咲き花弁が細かく切れたり、反り返ったりして本来の花型から様々に変化したものが生まれた。これらの朝顔を現代では「変化朝顔」と呼ぶ。変化朝顔は江戸上方を問わず大きく流行し、特に珍しく美しいものは、オモトなどと同様、非常に高値で取り引きされた。「大輪朝顔」も「正木(まさき)」と呼ばれる結実する変化朝顔の一種である。江戸時代の変化朝顔ブームは、文化文政期(1804年-1830年)、嘉永安政期(1848年-1860年)にあり、幕末には約1200系統が作られた[7]。ブームの発端は、文化3年(1806年)の江戸の大火で下谷に広大な空き地ができ、そこに下谷・御徒町村付近の植木職人がいろいろな珍しい朝顔を咲かせたことによる[8]。その後、趣味としてだけでなく、下級武士の御徒が内職のひとつとして組屋敷の庭を利用して朝顔栽培をするようにもなった[8]

 上記とは別に、熊本藩では武士たちによる園芸が盛んで、朝顔も花菖蒲や菊、芍薬椿山茶花などと共に愛好されており、盛んに育種されて独自の系統が生まれた。この花は変化朝顔とは違い、本来の朝顔の花型を保ち、大輪であり、「肥後朝顔」と呼ばれる。これが後世の大輪朝顔の祖先の一つになった。これら熊本の六種類の園芸植物は現在「肥後六花」と総称され、熊本に伝えられている。

明治時代以降も変化朝顔は発展して、「東京朝顔研究会」などの愛好会が生まれ、もてはやされた。この頃にはあまりな多様性よりも花型の洗練が追求され、対象となる花型が絞られた。当時の名花は石版画写真として残されている。

 やがて花型の変化ではなく、花径の大きさを追求する「大輪朝顔」が発展し始める。通常の朝顔の曜の数は5弁であるが、「大輪朝顔」では曜の数が6-9弁程度に増える。この曜の数を増やす変異は「州浜」と呼ばれ、肥後朝顔にもみられる。この州浜変異をもつ系統を、他の系統と交配することにより次第に発展し、「青蝉葉系」と「黄蝉葉系」が生まれた。前者は成長が早いため「行灯(あんどん)作り」、後者は「盆養(切り込み)作り」「数咲き作り」という仕立て方で咲かせるのが本式である。行灯作りとは、支柱三個に輪が三つついている支柱、あるいは、らせん状にまいた針金を竹に取り付けたものに蔓を絡めていき仕立てをする方法である。切り込み作りは、茎を切り込んで脇芽を出し、背丈の低い引き締めた形、まるで盆栽のように作る方法である。名古屋式が有名であるがそれを、容易な栽培方法にした切り込み作りも良く見られる。数咲き作りは同じように切り込んでいくが、一辺に多くの花を咲かせる仕立て方で京都式が有名である。

 戦後は大輪朝顔が主流を占めるようになり、直径20cm以上にもなる花を咲かせることのできる品種も現れた。もちろんそのためには高度な栽培技術が確立されたことも重要である。変化朝顔は維持が難しいためごく一部でのみ栽培されているが、最近再び注目されつつある。

 「黃色の朝顔[注釈 3]」と「黒色の朝顔」の両者は「幻の朝顔」と呼ばれる。このうち、「黄色の朝顔」については昭和40年代に再現が試みられ開花に成功し、NHKニュース番組でも報道された[要出典]が、その後は定着せずに絶えた模様である[要出典]。その後、2014年サントリーグローバルイノベーションセンター、基礎生物学研究所鹿児島大学の合同チームが、キンギョソウから黄色色素オーロン遺伝子導入することで黄色い朝顔を開花させることに成功した[10](それまでは、黄色を求める試行の過程でできあがったクリーム色の「右近」「月宮殿」が黄色に近い品種とされていた)。一方、「黒色の朝顔」の作出も試みられている。現在、黒色に最も近いといわれるものとして「黒王」という品種がある。

 おおよそは、江戸時代に突然変異により作られた品種をベースに交配を重ねて新しい品種がつくられている。これを育種と呼ぶ。

 近年の育種の大きい成果の一つに曜白(ようじろ)朝顔がある。作出は静岡大学名誉教授の米田芳秋による。米田はマルバアサガオとアフリカ系のアサガオを交配させ、日本の園芸アサガオを掛け合わせた[注釈 4]。その過程で花弁の曜の部分が白くなる系統が発見され、曜白朝顔作成に繋がった。後に大手種苗会社から発売されたことにより一般に普及した[11]

 かつては偶然の突然変異により新種が作られていた。現代は主に交配により研究者、種苗会社、また競技花として優良なものを作ろうとしている民間栽培家がそれぞれ新しいものを作出している。遺伝子組換技術を用いたり[12]、種子に重イオンビームを照射して強制的に突然変異を誘発したりする育種法も開発されている[13]

年中行事[編集]

朝顔の売買と朝顔市[編集]

 朝顔は別名「牽牛」といい、これは中華文化圏での名称でもあるが、朝顔の種が薬として非常に高価で珍重された事から、贈答された者は牛を引いて御礼をしたという謂れである。平安時代に日本にも伝わり、百薬の長として珍重された。

 その後、江戸時代には七夕の頃に咲く事と、牽牛にちなみ朝顔の花を「牽牛花」と以前から呼んでいたことから、織姫を指し、転じて朝顔の花を「朝顔姫」と呼ぶようになり、花が咲いた朝顔は「彦星」と「織姫星」が年に一度出会えた事の具現化として縁起の良いものとされた。これらの事により、夏の風物詩としてそのさわやかな花色が広く好まれ、鉢植えの朝顔が牛が牽く荷車に積載されて売り歩かれるようになった。

 また珍奇な品種は愛好家たちが門外不出として秘蔵していたが、普通の品種は植木市や天秤棒を担いだ朝顔売りから購入することができた。こういった一般販売用の朝顔は、江戸では御家人などが内職として栽培していた。これが発展して、明治時代初期から入谷朝顔市が始まった。

 栽培がし易く種を採りやすい品種については広く色々なものが市販されている。一般に市販されていない朝顔として、変化朝顔もしくは、各地の朝顔会でつくられる大輪朝顔がある。

 出物変化朝顔については、劣性遺伝子がホモに組み合わさった時のみその形態が出るため、大量に種をまく必要がある。またその特殊な変化を残していくには、劣性遺伝子がヘテロで残っている親木を使うことになるが、それには、試し蒔きをしたり、独自の選別知識が必要になる。

 大輪朝顔については各種販売されているが、各地の朝顔会で作られる品種の多くは市販されていない。これらの種は朝顔会に入会するか、各地で催される朝顔展示会での販売などで入手することができる。

日本以外の品種改良[編集]

 高温を好む植物で短日性のため、イギリス等の高緯度地域での栽培は難しく欧米ではあまり品種もないが、庭園用の多花性品種として鮮紅色中輪の「スカーレット・オハラ」などが作出されている。なお近縁種のマルバアサガオは比較的早くから欧米で栽培され、花色の変異も色々見られる。

 さらに「ヘブンリー・ブルー」などのソライロアサガオは近縁の別種である。ソライロアサガオやマルバアサガオはまとめて「西洋朝顔」と呼ばれることもある。

文化[編集]

『朝顔図屏風』(部分) 鈴木其一、幕末期。
「三十六花撰」「東都入谷朝顔」 「廿八」1866年
俳句
「朝顔」は夏ではなく季語である。もともと、秋の花とイメージされていたためである[注釈 5]
図譜
  • 「朝顔三十六花撰」萬花園主人(横山正名)画。江戸時代の嘉永7年に横山正名(1833年-1908年)が描いた36種の突然変異体の図譜。鍋島直孝が序文を書いている。[15]
慣用句
  • 朝顔の花一時(あさがおのはないっとき)
その他
  • 複数の自治体がアサガオを市区町村の花としている。 - 東京都台東区武蔵野市、神奈川県横浜市旭区 など。
  • 小学校低学年での観察実験の教材としてよく使われている。
  • 朝顔の茶会千利休は満開のアサガオを一輪を残して全て摘み取り、見物に来た豊臣秀吉を迎えた。秀吉はいぶかしんだが、茶席に生けられた一輪の朝顔に感動したと伝えられる。利休が茶の心を示した故事である。
  • 花言葉は「明日もさわやかに」「はかない恋」「貴方に私は絡みつく」「愛情」「平静」。
  • 朝顔 (源氏物語)浄瑠璃生写朝顔話

近縁種[編集]

サツマイモ Ipomoea batatas
クウシンサイ Ipomoea aquatica
ソライロアサガオ Ipomoea tricolor
アメリカソライロアサガオ、セイヨウアサガオともいう。英語で、マルバアサガオなどとともに Morning glory と総称する。園芸植物として改良されている。近年では多花性昼咲性のソライロアサガオの人気が高まっている。
マルバアサガオ Ipomoea purpurea
英語で、ソライロアサガオなどとともに Morning glory と総称する。園芸植物として改良されている。
ノアサガオ Ipomoea indica
沖縄県原産で、同県では低地森林にごく普通に分布する野生種である。多年生・宿根性で、関東以南では越冬して成長し古い茎はやや木質化する。ノアサガオの園芸品種が「琉球アサガオ」「オーシャンブルー」「宿根アサガオ」など多くの異なる名称で販売されている。草勢はきわめて強健で、蔓は数mの高さにまで伸び、垣根や家の壁面などをカーテン状に覆い尽くす。葉もアサガオより大きく、掌大のハート形で、花は多数が房咲きし壮観である。時刻と気温によって花の色が変化し、早朝は青く昼は紫になる。結実しにくいので挿し木繁殖させるが、夏から秋に古い蔓を30cmほどに切って浅く植えると簡単に根付き、繁殖は容易である。暖地なら露地でも越冬するが、0℃以下だと株が凍死するので鉢上げして室内に取り込む。

注釈[編集]

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  1. ^ この説ではアジアやアフリカ地域のアサガオは有史以前にアメリカ大陸から伝播したことになる[4]
  2. ^ 古今和歌集444に「けにごし『うちつけに こしとや花の 色を見む 置く白露の 染むるばかりを』 谷田部名実」という和歌があることから、古くは「けにごし」と読まれていたと思われる。「ケ『ン』ゴシ」は「ケ『ニ』ゴシ」の誤読と推察される[5]
  3. ^ 江戸時代には黄色い朝顔が存在したと言われているが絶種している[9]
  4. ^ 米田以前にも日本のアサガオとマルバアサガオの交配に挑戦する朝顔研究者はいたが、成功した者はいなかった[11]
  5. ^ 17世紀のはじめごろに描かれた雑画帖土佐光則画)では、赤く紅葉した山の木を背景に、すすきにからまるように咲く青い朝顔が描かれている[14]

出典[編集]

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  1. ^ 米倉浩司; 梶田忠 (2003-). “「BG Plants 和名−学名インデックス」(YList)”. 2012年6月15日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2011年11月1日閲覧。
  2. ^ 夏の朝、花をつける。夏休みの観察にみんなは見たことあるかな?
  3. ^ 米田芳秋『アサガオ 江戸の贈りもの』裳華房
  4. ^ a b アサガオ Ipomoea nilの起源と伝播、九州大学大学院 理学研究室生物科学部門 植物多様性ゲノム学研究室 アサガオホームページ、2018年8月15日、同日閲覧
  5. ^ アサガオの絵本、渡辺好孝、農文協, 2001
  6. ^ 東京都福祉保健局. “アサガオ”. 食品衛生の窓. 2011年11月1日閲覧。
  7. ^ 『私の花生活 特集:夏をたおやかに彩る-アサガオ』日本ヴォーグ社, 2012
  8. ^ a b 『駅名で読む江戸・東京』大石学、PHP研究所, 2003
  9. ^ 江戸時代の黄色アサガオ、九州大学大学院 理学研究室 生物科学部門 植物多様性ゲノム学研究室 アサガオのページ、2018年8月15日、同日閲覧
  10. ^ 幻の「黄色いアサガオ」の実現に成功―基礎生物学研究所・鹿児島大学と共同研究―、サントリー、2014年10月10日、同日閲覧
  11. ^ a b 江戸のバイオテクノロジー「変化アサガオ」の不思議な世界アットホーム 教授対談シリーズ こだわりアカデミー、2018年8月16日、同日閲覧
  12. ^ 遺伝子組換え朝顔展示館、筑波大学 遺伝子実験センター 小野研究室、2018年8月16日、同日閲覧
  13. ^ イオンビームによる育種法による変化アサガオ、理化学研究所 仁科加速器研究センター 生物照射チーム アサガオ倶楽部、2018年8月16日、同日閲覧
  14. ^ C0011214 雑画帖、東京国立博物館 画像検索、2018年8月20日、同日閲覧
  15. ^ Morning Glory Flowers” (英語). World Digital Library. 2011年11月1日閲覧。

参考文献[編集]

  • 米田芳秋 『アサガオ 江戸の贈りもの』 裳華房、1995年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]