あさかぜ型護衛艦

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あさかぜ型護衛艦
Japanese destroyer Asakaze (DD-181) underway in 1959.jpg
護衛艦「あさかぜ」
基本情報
種別 護衛艦(DD)
命名基準 風の名(○○かぜ)
運用者  海上自衛隊
就役期間 1954年〜1969年
次級 DD:ありあけ型護衛艦
要目 (貸与時)
基準排水量 1,630トン
全長 106m
全幅 11m
深さ 6.0m
吃水 3.9m
ボイラー 水管ボイラー×4缶
(43.4 kgf/cm², 370〜400℃)[1]
主機関 蒸気タービン×2基
推進器 スクリュープロペラ×2軸
出力 50,000 馬力 (37 MW)
速力 最大37 ノット (69 km/h)
乗員 270名
兵装 38口径5インチ単装砲×4基
40ミリ4連装機銃×2基
20ミリ連装機銃×2基
爆雷投射機 (K砲)×4基
爆雷投下軌条×2基
FCS Mk.37 射撃指揮装置×1基
レーダー SC-2[2]/3[3] 対空捜索×1基
SG 対水上捜索[2]×1基
Mk.28 射撃用[4]
ソナー AN/SQS-10×1基
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護衛艦「はたかぜ」

あさかぜ型護衛艦(あさかぜがたごえいかん、JMSDF DD ASAKAZE class Destroyer)とは、海上自衛隊草創期の護衛艦(当初は警備艦)である。前身はアメリカ海軍リヴァモア級駆逐艦で、1954年に2隻が貸与された。なお艦名はいずれも初代であり、2代目については「あさかぜ」(48DDG)「はたかぜ」(56DDG)をそれぞれ参照のこと。

概要[編集]

「あさかぜ」はエリソン(USS Ellyson, DD-454)として1941年に、「はたかぜ」はマコーム (USS Macomb, DD-458)として42年、それぞれ就役し、第二次世界大戦に参戦している。後者は44年5月、地中海ドイツ潜水艦U-616を撃沈した。両艦とも戦争末期は、掃海駆逐艦(または高速掃海艦、DMS-19及びDMS-23)に転籍されている。このとき5インチ4番砲(54番砲)と21インチ魚雷発射管を撤去したが、前者は日本貸与時に再装備された。

日米艦艇貸与協定に基づき、両艦は1954年(昭和29年)10月19日、米国サウスカロライナ州チャールストン海軍基地で日本に引き渡された。当時は、同年7月に海上自衛隊が発足した直後であり、保有する艦船はパトロール・フリゲート(PF; くす型)や上陸支援艇(LSSL; ゆり型)を主力としていた[5]。これらのうち、より大型で強力だったくす型でも、主砲は50口径3インチ単装緩射砲が3門と火力は比較的弱体で、また最大速力は18ノット (33 km/h)と鈍足であった。従って、5インチ砲を4門搭載して強力な火力を誇り、また、いかにも大戦型駆逐艦らしい高速を備える本型は、当時の最有力の護衛艦であった。なお本型の最大速力は、今日に至るまで海上自衛隊の護衛艦としては最速である(国産護衛艦に限れば、「あまつかぜ」の33ノットが最速)[3]

しかしこの重厚な火力装備のために復原性が悪く、翌1955年(昭和30年)の日本回航後、5インチ2番砲(52番砲)を撤去するなどの改善工事を実施した。1959年(昭和34年)から1960年(昭和35年)にかけてレーダーを換装し、対空捜索用にはAN/SPS-6C、対水上捜索用にはOPS-3を装備した[3]

就役末期には内装のリベットのゆるみや漏水に悩まされた。老朽化に伴い1969年10月15日に除籍・返還されたが、その後、台湾海軍に引き渡された。「あさかぜ」は部品取りに用いられ、1971年、海戦映画のロケに使われて沈没。しかし「はたかぜ」は座礁した同型駆逐艦「咸陽」(旧ロッドマン DD-456 Rodman)の艦名を引き継いで再就役し、1974年まで在籍した。

運用[編集]

同型艦一覧
艦番号 艦名 竣工 貸与 除籍
DD-181 あさかぜ 1941年10月19日 1954年10月19日 1969年10月15日
DD-182 はたかぜ 1942年1月26日 1954年10月19日 1969年10月15日

1954年(昭和29年)8月、両艦受取りのため渡米した約450名の海上自衛隊員は、5ヶ月にわたる訓練の後、1955年(昭和30年)1月12日ノーフォ-クを出港した。同年2月24日横須賀に入港し、同日付で第5護衛隊を新編し、横須賀地方隊に編入された。第5護衛隊は同年7月1日第1護衛隊群に編入、さらに1956年(昭和31年)4月1日第2護衛隊群に編入された。1966年(昭和41年)7月16日、第5護衛隊が廃止となり、「あさかぜ」は佐世保地方隊、「はたかぜ」は舞鶴地方隊に編入され第一線を退き、1969年(昭和44年)10月15日に両艦とも除籍された。

参考文献[編集]

  1. ^ Benson-Gleaves class Destroyer site (2009年). “Benson-Gleaves class Destroyer site” (英語). 2012年9月23日閲覧。
  2. ^ a b 多田智彦「4. レーダー/電子戦機器 (海上自衛隊の艦載兵器1952-2010)」、『世界の艦船』第721号、海人社、2010年3月、 100-105頁、 NAID 40016963809
  3. ^ a b c 「海上自衛隊史上最速のDD「あさかぜ」型」、『世界の艦船』第758号、海人社、2012年4月、 43-47頁、 NAID 40019207360
  4. ^ 多田智彦「海上自衛隊FCS発達史」、『軍事研究』第32巻第10号、ジャパンミリタリー・レビュー、1997年10月、 106-121頁、 NAID 40000812876
  5. ^ 香田洋二「護衛艦隊の誕生と発展」、『世界の艦船』第750号、海人社、2011年11月、 76-85頁、 NAID 40019002769

関連項目[編集]