通信の秘密

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通信の秘密(つうしんのひみつ)とは、個人間の通信信書電話電波電子メールなど)の内容及びこれに関連した一切の事項に関して、公権力がこれを把握すること、および知り得たことを第三者に漏らすなどを禁止すること。通信の自由(つうしんのじゆう)の保障と表裏一体の関係にある。

通信の秘密の保障

通信の秘密は個人間の通信の秘匿を保障するものである。表現の自由が人の内部の思想・信条を不特定多数人に対して表出する行為についての自由であるのに対し[1]、個人間の日常会話などは通信の秘密またはそれを包括する私生活の自由(プライバシー権)として法的保護の対象となる[1]。通信の秘密は不特定多数への表現情報の伝達にあたる検閲の禁止と対として考えられる場合が多い。

かつて通信手段は主として郵便物であったので各国憲法は「信書の秘密」を保障する規定を置くのが通例であった[2]。しかし通信手段は電気通信に拡大し保護が必要となった。「通信の秘密」は、手紙や葉書だけではなく、電報や電話などの秘密を含む広い意味に解されている[3]

なお、近年の通信事業者の民営化により、本権利にも、私人間効力を認める考え方が優勢である。

日本における通信の秘密

概説

明治憲法は26条で通信の秘密を定めていた。

大日本帝国憲法第26条
日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外信書ノ秘密ヲ侵サルルコトナシ

この規定はプロイセン憲法33条にならったものであるが[2]、明治憲法下の権利保障は原則として「法律ノ範囲内ニ於テ」または「法律ニ定メタル場合ヲ除ク外」認めるというものであった(法律の留保[4]

大日本帝国憲法26条では法律に定められた場合を除いて信書の秘密が保障されていたが、日露戦争の後、内務省逓信省に通牒して極秘の内に検閲を始めた [5]。更に1941年(昭和16年)10月4日には、臨時郵便取締令(昭和16年勅令第891号)が出されて法令上の根拠に基づくものとなった。

被占領期に於いては、GHQ検閲を秘密裏に広汎に亘って実行した。

日本国憲法は21条2項後段で通信の秘密を定めている。

日本国憲法第21条第2項
検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

「通信の秘密」の主たる目的は、特定人の間のコミュニケーションの保護にあるので、私生活・プライバシーの保護の一環としての意味が重要である[6]。 通信の秘密の保障の範囲は、その保障の趣旨をプライバシーの保護に求める立場からすると、通信の内容だけではなく、通信の存在自体に関する事柄、「信書の差出人・受取人の氏名・住所・信書の差出個数・年月日など、電報の発信人もしくは受信人または市外通話の通話申込者もしくは相手方の氏名・住所、発信もしくは配達または通話の日時など」にも及ぶ。 通信の秘密は、「これを侵してはならない」というのは、第一に、公権力によって通信の内容および通信の存在自体に関する事柄について調査の対象とはされないこと(積極的知得行為の禁止)、第二に通信業務従事者によって職務上知り得た通信に関する情報を漏洩されないこと(漏洩行為の禁止)の二つの面を有している[7]。第一の面について、郵便法は郵便物の検閲を禁止し(8条)、信書の秘密を侵してはならない(9条1項)と定め、また、電気通信事業法は、通信の検閲を禁止し(3条)、通信の秘密を侵してはならない(4条1項)と定めている。第二の面については、郵便の業務に従事する者(郵便法9条2項)および電気通信事業に従事する者(電気通信事業法4条2項)は、それぞれ、職務上知り得た他人の秘密を守らなければならないと規定されている。通信業務従事者は、郵便職員のみならず、日本電信電話株式会社国際電信電話株式会社の社員も郵便職員に準ずるものとしてこれに含めて観念すべきものと解されている。通信業務従事者に禁止される漏洩行為の相手方は私人たると公権力たるとを問わない[8]

通信の秘密の限界

通信の秘密の制約として、刑事訴訟法は、郵便物の押収(100条、222条)、接見交通にかかる通信物の検閲、授受の禁止、押収(81条)を認め、郵便法が、郵便物の開示を求めることができるとし(40条、41条)、関税法が、郵便物の差押を認めている(122条)。 このうち特にその合憲性が問題にされているのが、刑事訴訟法100条の郵便物の押収である。すなわち、通信機関の保管・所持する郵便物などにつき、「被告人から発し、又は被告人に対して発した」もの(100条1項)および「被告事件に関係があると認めるに足りる状況のあるもの」(100条2項)であれば差し押えうるとして、通常の差押えの場合の「証拠物又は没収すべき物と思料するもの」(99条)でなくとも、右の要件を満たせばよいとして要件を緩和している点を問題にし、この要件では、郵便物に対して、必要以上に広範な押収を許すことになるので、違憲の疑いが強いとされている[9]。 犯罪捜査のために電話傍受が許されるかという問題について、最高裁は、「電話傍受は、通信の秘密を侵害し、ひいては、個人のプライバシーを侵害する強制処分であるが、一定の要件の下では、捜査の手段として憲法上全く許されないものではない」と判示し、憲法上許される要件を、「重大な犯罪に係る被疑事件について、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があり、かつ、当該電話により被疑事実に関連する通話の行われる蓋然性があるとともに、電話傍受以外の方法によってはその罪に関する重要かつ必要な証拠を得ることが著しく困難であるなどの事情が存する場合において、電話傍受により侵害される利益の内容、程度を慎重に考慮した上で、なお電話傍受を行うことが犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められるときには、法律の定める手続きに従ってこれを行うことも憲法上許される」としている[10]

電気通信における通信の秘密

日本国憲法上の「通信の秘密」は政府など公権力に対する義務として課せられたものであるが、電気通信事業者に対しては、電気通信事業法第4条第1項で通信の秘密について「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。」として定めている。この義務は電話事業者のみならずインターネットサービスプロバイダ(ISP)など、すべての電気通信事業者に課せられるものであるが、また一般個人に対しても課せられている。すなわち、一般個人であっても電話の盗聴などを行なうと電気通信事業法における通信の秘密を侵害したことになる。これに対する罰則は電気通信事業法第179条で「電気通信事業者の取扱中に係る通信(第164条第2項に規定する通信を含む。)の秘密を侵した者は、2年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。」と定められている。さらに同2項では「電気通信事業に従事する者が前項の行為をしたときは、3年以下の懲役又は200万円以下の罰金に処する。」とあり、電気通信事業者による通信の秘密の侵害に対してはさらに重い罰が課されている。

なお機械的な処理により、人の手による監視がない場合であっても通信の秘密を侵害したことには変わりはないとされている。そのため、インターネットサービスプロバイダのルーティングやメール配送などの行為はすべて通信の秘密を侵害しているとされている。ただし、当事者の同意がある場合、そもそも通信の秘密の侵害とされないことから、オプションで提供するウイルスチェックサービスや迷惑メールフィルタリングサービスは通信当事者の片方である受信者の同意が取れていることから、通信の秘密の侵害にはあたらないとされている。また、特定のソフトウェア(P2Pなど)による通信をインターネットサービスプロバイダが遮断する場合のように通信の秘密の侵害が行なわれた場合などは、違法性阻却事由が存在し、違法とはされないと解されている。

通信の秘密に関する最近の動向

2006年5月にぷららネットワークスがWinnyの遮断を発表したことに対し、総務省が「通信の秘密の侵害に該当し、違法である」という指摘を行なった。これについては、その後デフォルト・オンでWinnyShareなど違法性の高いP2Pの遮断サービスを提供するものの、その後利用者の希望に応じて遮断が解除できるなどの幾つかの条件を付して総務省が容認したとされる。その条件については基本的に「電気通信事業者が行う電子メールのフィルタリングと電気通信事業法第4条(通信の秘密の保護)の関係について」[1]の考え方が踏襲されていると思われる。また、迷惑メール(スパムメール)対策としてのOutbound Port 25 Blocking (OP25B)が、通信の秘密を侵害し、違法であるかについては2006年11月に総務省が「通信の秘密を侵害するが、正当業務行為であるとして違法ではない」という判断を下している。[2]

インターネットサービスプロバイダが行なう各種の行為が通信の秘密の侵害として違法であるかどうかについては、電気通信事業関連の4団体(社団法人日本インターネットプロバイダー協会、社団法人電気通信事業者協会、社団法人テレコムサービス協会及び社団法人日本ケーブルテレビ連盟)が2007年5月に「電気通信事業者における大量通信等への対処と通信の秘密に関するガイドライン(第1版)」を策定した。

若年層によるコミュニティサイトの利用が拡大したことを契機に、サイト内での個人情報のやり取りを禁止し、直接会うことを未然に防ぐ方策について議論がなされている。しかしながら、電気通信事業者であるサイト運営者がユーザー間のメッセージを監視し、削除などの措置を取ることは、通信の秘密を害するとの指摘がされている。[3]

日本国外における通信の秘密

通信の秘密は早くから諸国の権利宣言で保障されている(例えばベルギー1831年憲法22条)[11]。ヨーロッパなどで1990年代以降に民主化により憲法を制定した国に通信の秘密の保護の規定が見られる[要出典]。大韓民国においては、憲法第18条において、「すべての国民は、通信の秘密を侵害されない」旨が定められている[12]。アメリカにおいては、通信の秘密に相当する"Confidentiality of Communication"という言葉は憲法にも規定されておらず、また議会制定法でも立法化されていない。同様の概念は「プライバシーに対する合理的期待」として判例法上保障されているにすぎないと考えられている[要出典]

関連項目

脚注

  1. ^ a b 阿部照哉 編『憲法 2 基本的人権(1)』有斐閣〈有斐閣双書〉、1975年、161頁。 
  2. ^ a b 芦部信喜『憲法学III人権各論(1)増補版』有斐閣、2000年、544頁。 
  3. ^ 憲法 (現代法律学講座 5) 第三版 佐藤幸治 p576
  4. ^ 阿部照哉 編『憲法 2 基本的人権(1)』有斐閣〈有斐閣双書〉、1975年、139頁。 
  5. ^ 郵政省『続逓信事業史』1961年、ほか。
  6. ^ 大阪高判昭和41年2月26日高刑集19巻1号58頁「憲法は思想の自由や、言論、出版等の表現の自由を保障するとともに、その一環として通信の秘密を保護し、もって私生活の自由を保障しようとしている」
  7. ^ 注解法律学全集 憲法Ⅱ 樋口陽一=佐藤幸治=中村睦男=浦部法穂 p86
  8. ^ 憲法 (現代法律学講座 5) 第三版 佐藤幸治 p577
  9. ^ 憲法 (現代法律学講座 5) 第三版 佐藤幸治 p576
  10. ^ 最高裁判決平成11年12月16日刑集53巻9号1327頁
  11. ^ 新版 体系憲法事典 p534
  12. ^ 大韓民国憲法”. 2014年6月19日閲覧。