裁判官弾劾裁判所

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裁判官弾劾裁判所(さいばんかんだんがいさいばんしょ)は、裁判官訴追委員会の訴追を受け、裁判官罷免するか否かの弾劾裁判を執り行う日本国家機関である。一度罷免された裁判官は弁護士となる資格を失うが、これに対し再び弁護士等の法曹資格を回復させるべきかも判断する。

裁判官弾劾裁判制度と裁判官弾劾裁判所

日本国憲法において裁判官の独立を保障する観点からその身分は手厚く保障されており、罷免される場合は以下の3点に限定されている。

  1. 心身の故障のために職務を行うことができないと決定されたとき(裁判官分限裁判)
  2. 公の弾劾によるとき (64条)
  3. 国民審査において、投票者の多数が罷免を可とするとき(最高裁判所裁判官のみ)

上記のうち「公の弾劾」を行う機関として国会に設置されているものが、裁判官弾劾裁判所である。制度趣旨は、公正な判断を確保するために司法裁判所による同輩裁判を避ける必要があること、国民による公務員の選定罷免権を保障するためにその代表である国会議員に任せるべきこと等があるとされている。

弾劾裁判に関する詳細な事項は、国会法125条から129条までと、裁判官弾劾法が規定する。

裁判官弾劾裁判所による裁判官の罷免事由は下記の2つに限定される。

  1. 職務上の義務に著しく違反し、または、職務を甚だしく怠ったとき
  2. 裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき

なお、罷免事由に至らない非行は、懲戒処分の対象となり得る。懲戒処分は、裁判官分限法に基づき、最高裁判所大法廷又は高等裁判所において裁判により行われる。

組織

裁判官弾劾裁判所は、14人の裁判員によって構成される。裁判員は衆議院及び参議院の各議院からそれぞれ7人の国会議員が選任される。裁判長は、裁判員が互選する。

裁判官弾劾裁判所は、国会が設置する権能を有するが、それ自体は国会から独立して職務を行う独立の常設機関である。そのため、国会閉会中でも活動できる。

なお、この機関の名称は、憲法と国会法では単に「弾劾裁判所」としているが、裁判官弾劾法は「裁判官弾劾裁判所」としており、公にはこの名称が使われている。

裁判官弾劾裁判所の下には、事務局が置かれている。事務局の職員の定数や任命については、裁判官弾劾裁判所の裁判長が衆参両議院の議院運営委員会の承認を得て行う(裁判官弾劾法第18条)。裁判官弾劾裁判所参事は、主に参議院事務局最高裁判所からの出向者である。

裁判官弾劾裁判所は小規模な機関であるため、法廷等の施設は参議院の施設に附属して設けられている。現在の所在地は、東京都千代田区永田町一丁目11-16 参議院第二別館内南棟9階。なお、裁判官訴追委員会衆議院の施設である衆議院第二議員会館内(永田町二丁目1-2)に設けられている。また1948–70年の間は赤坂離宮(現迎賓館)に設けられていた。

裁判官弾劾裁判の手続

訴追

裁判官弾劾裁判所への訴追(罷免すべきと考えられる裁判官を訴えること)は、裁判官弾劾裁判所と同様に国会に置かれ国会議員によって構成される裁判官訴追委員会が行う。

国民が裁判官弾劾裁判所へ直接訴追する(訴える)ことは認められておらず、訴追の請求は裁判官訴追委員会を通して行わなければならない(裁判官訴追委員会の項目も参照のこと)。

裁判官訴追委員会は、裁判官について、国民や最高裁判所から訴追の請求があったとき、または、罷免事由があるかもしれないと自ら判断したときは、その事由を調査しなければならない。訴追の請求は、裁判官に罷免事由があるかもしれないと判断した場合は、何人でも(国民でなくとも)できる。また、最高裁判所はそのような場合は必ず請求しなければならない。

調査のあと、裁判官訴追委員会は非公開の議事を行い、訴追、不訴追、訴追猶予のいずれかを決定する。議決は、出席委員の過半数で決するが、訴追と訴追猶予の決定をするには、出席委員の3分の2以上の多数決が必要である。この裁判官訴追委員会の決定に対しては、司法裁判所の裁判権は及ばない。

裁判官訴追委員会が訴追の決定をした場合は、裁判官弾劾裁判所に対し、書面(訴追状)によって罷免の訴追をする。

弾劾裁判

弾劾裁判の審理は、公開の口頭弁論手続によって行われる。罷免の訴追を受けた裁判官は、弁護人を選任できる。裁判官訴追委員会の委員長(または委員長が指定した委員)は公判審理に立ち会う。

証拠調べを経て、判決が下される。裁判は、審理に関与した裁判員の過半数で決するが、罷免の裁判をするには3分の2以上の裁判員の賛成が必要である。理由を記した裁判書の作成が必須だが、それとは関係なく、罷免の裁判の宣告によって直ちに罷免の効果が生ずる。刑事裁判と異なり上訴の制度がないので、即時に裁判が確定するのである。この裁判の判決に対しては、司法裁判所の裁判権は及ばない。

弾劾裁判所は、相当と認めるときはいつでも罷免の訴追を受けた裁判官の職務を停止することができる。 弾劾裁判所は、同一の事由について刑事訴訟が係属する間は、手続を中止することができる。

資格回復の裁判

次の事由がある場合は、本人からの請求により、弾劾裁判所は資格回復の裁判を行う。

  1. 罷免の裁判の宣告の日から5年を経過し、資格の回復が相当な事由があるとき
  2. 罷免の事由がないことの明確な証拠をあらたに発見したなど資格の回復が相当な事由があるとき

資格回復の裁判がされると、罷免の裁判によって失った資格を回復する。

弾劾裁判所の罷免判決によって任命の欠格事由となる職種は以下の通り。

  1. 裁判官裁判所法第46条第2号)
  2. 検察官検察庁法第20条第2号)
  3. 弁護士弁護士法第7条第2号)
  4. 外国法事務弁護士(外国弁護士による法律事務の取扱いに関する特別措置法第8条)

問題点

過去に行われた裁判官弾劾裁判

過去の弾劾裁判の事例
訴追日 判決日 氏名 当時の役職 主な訴追事由 判決 資格回復日
1948年7月1日
(昭和23年)
1948年11月27日
(昭和23年)
天野儁一 静岡地裁浜松支部判事 1948年11月27日、闇物資の魚粕やスルメなどの買い付けのため無断欠勤して前任地の秋田市へ赴き、警察に摘発されると事件の揉み消しを図った。 不罷免
1948年12月9日
(昭和23年)
1950年2月3日
(昭和25年)
寺迫道隆 大月簡裁判事 1950年2月3日、知人が闇物資の売買で逮捕・留置されると、家宅捜索される恐れがあるから闇物資の繊維製品を隠すようにと同人に指示した。 不罷免
1955年8月30日
(昭和30年)
1956年4月6日
(昭和31年)
高井住男 帯広簡裁判事 1956年4月6日、逮捕・差し押さえなどの各種の令状にあらかじめ署名捺印した白紙令状を作成し、裁判所職員に渡しておいた。 罷免
1957年7月15日
(昭和32年)
1957年9月30日
(昭和32年)
寺迫道隆 厚木簡裁判事 1957年9月30日、裁判の現地調停、当事者である申立人から800円相当の饗応を受け、その後、揉み消しを図った。 罷免※ 1963年2月8日
(昭和38年)
1977年2月2日
(昭和52年)
1977年3月23日
(昭和52年)
鬼頭史郎 京都地裁判事補兼京都簡裁判事 首相への偽電話事件 罷免※ 1985年5月9日
(昭和60年)
1981年5月27日
(昭和56年)
1981年11月6日
(昭和56年)
谷合克行 東京地裁判事補兼東京簡裁判事 1980年6月、担当事件の弁護士からゴルフセット一式と背広三つ揃い2着(時価18万円)を収賄し、逮捕された。 罷免※ 1986年12月25日
(昭和61年)
2001年8月9日
(平成13年)
2001年11月28日
(平成13年)
村木保裕 東京高裁判事[1] 児童買春 罷免
2008年9月9日
(平成20年)
2008年12月24日
(平成20年)
下山芳晴 宇都宮地裁判事兼宇都宮簡裁判事 ストーカー行為 罷免
2012年11月13日
(平成24年)
2013年4月10日
(平成25年)
華井俊樹 大阪地裁判事補 電車内で女性のスカートの中を盗撮したとして、大阪府迷惑防止条例違反で略式起訴され、有罪判決を受けた。 罷免
※ 後に資格回復の裁判によって法曹資格を回復

公職選挙法との関係

1980年小倉簡易裁判所判事の安川輝夫が担当中の窃盗事件の被告人女性(当時31歳)を「執行猶予になるか、実刑になるかは私の手中にある」[2]などと脅して旅館で肉体関係を持った上、この被告人に現金5万円を渡したとして最高裁から罷免訴追を請求されていた最中、福岡県久山町の町長選に突如として立候補し(結果は落選)、公職選挙法第90条によって自動的に退職となり、訴追委員会から審査を打ち切られたことがある(なお当時の町長選挙の供託金は25万円)。これにより、安川は弾劾裁判で罷免されることなく、1042万円の退職金の他、年間約200万円の年金も全額受給できることとなった(ただし後に安川は公務員職権濫用罪で起訴され、1985年7月18日に最高裁で懲役1年の実刑判決が確定して服役している。安川は、司法試験に合格することなく、裁判所書記官から任用された簡易裁判所判事であるため、法曹資格を有していなかった)。

この時、安川に対しては弾劾裁判による罷免で退職金に関する不利益を免れるために公職へ立候補して自動失職したとする批判が出た。このため、1981年には裁判官弾劾法の改正により同法に第41条の2が追加され、最高裁判所から罷免の訴追を請求されている、もしくは裁判官訴追委員会から罷免の訴追をされている裁判官については、公職選挙法第90条の規定は適用しないこととされた[3]

任期制度との関係

2009年2月8日福岡高裁宮崎支部判事の一木泰造が高速バスの車内で女子短大生に痴漢行為を働き、2月10日に準強制わいせつ罪で逮捕、2月27日に起訴され、7月7日に懲役2年執行猶予5年の有罪判決が言い渡された。同年3月、最高裁は「裁判官の威信を著しく損なった」として罷免訴追を請求したものの、判事としての任期満了が同年4月10日に迫っていた一木は一度出していた再任願いを事件後に取り下げていたため任期満了で判事を退官することが目されることになった。このため、裁判官訴追委員会は「任期終了までに公判の証拠資料が入手できない」との理由で審議打ち切りを決定した。結局、一木は罷免による法曹資格喪失を免れ、同年4月10日、任期終了に伴い退官した。

この点につき、裁判官訴追委員会委員長の臼井日出男は法律の不備を指摘し、罷免にかかわる審議の結論が出るまで問題の判事の身分を保留できるよう関係法令を整備することを最高裁に求めた[4]

脚注

関連項目

外部リンク