牧田勝吾
基本情報 | |
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国籍 | 日本 |
出身地 | 静岡県藤枝市 |
生年月日 | 1974年4月13日(50歳) |
身長 体重 |
180 cm 76 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 内野手 |
プロ入り | 2001年 ドラフト11巡目 |
初出場 | 2002年5月18日 |
最終出場 | 2008年7月29日 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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牧田 勝吾(まきた しょうご、1974年4月13日 - )は静岡県出身のオリックス・バファローズに所属していた元プロ野球選手。
来歴
静岡県立島田商業高等学校から愛知学院大学へ進学。愛知大学リーグでの通算成績は85試合出場、288打数90安打、打率.313、5本塁打、50打点。ベストナインを3回受賞した。日本通運に入社。中心選手として活躍、2000年には社会人ベストナインのタイトルを獲得している。2001年にオリックスからドラフト11巡目で指名されて入団した。
入団時すでに29歳という年齢のハンデを負い、なおかつ極端な下位指名ではあるものの、こつこつと結果を積み上げ徐々に一軍でもそれなりに起用されていた。3年目まで一軍で全く結果が出なかったが、2004年にはウエスタン・リーグでリーグ2位(チームトップ)の打率を挙げたことが評価された。
2004年末の分配ドラフトにより、2005年はオリックス・バファローズと契約。同年から一軍での出番が増えつつあった。二軍では2005年に打率.356、2006年に打率.290と毎年のように好成績を残した。
2007年も二軍で打率.288と好調で、シーズン終盤に一軍に昇格。初スタメンの9月22日の日本ハム戦で第1打席で本塁打を放った(八木智哉投手から)。そのあとにもチームの逆転のきっかけとなる二塁打を放ち、この日のヒーローに選ばれた。昇格が遅かったため9試合の出場にとどまったが、打率.291と高い打率を残した。
2008年は、ひざ痛から復帰した清原和博の代わりに、不調以外の理由で誰を二軍に落とすかで大石大二郎監督は何日も頭を悩ませた結果、牧田を選択。登録抹消を伝えられた牧田は人目もはばからず号泣した。もっとも牧田自身、成績不振で貢献度も低いため降格はやむをえないというのが実際のところだった。 10月28日に球団から戦力外通告を受け、フロント入りした。
人物
左投手の変化球を捉えるのが得意で、左投手と相性が良かった。
主に三塁手だが、内野ならどこでも守れる。強肩が持ち味である。
高校の後輩である仁藤拓馬がオリックスに入団した際には、入団会見の日に食事をし、プロの心構えを伝授、相談役をかって出るなどサポートを惜しまなかった。先輩の激励を受けた仁藤は「早く一軍に上がって、牧田さんが守っている中で投げたい」と語ったが、2008年に牧田が引退したため実現することはなかった[2]。また、2年後の2010年には仁藤も引退している。
詳細情報
年度別打撃成績
年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
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2002 | オリックス | 12 | 25 | 23 | 1 | 4 | 0 | 0 | 0 | 4 | 2 | 0 | 1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 5 | 0 | .174 | .208 | .174 | .382 |
2003 | 2 | 4 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
2004 | 15 | 16 | 13 | 4 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 6 | 0 | .077 | .250 | .077 | .322 | |
2005 | 18 | 45 | 39 | 4 | 11 | 1 | 0 | 1 | 15 | 4 | 0 | 0 | 1 | 1 | 3 | 0 | 1 | 5 | 4 | .282 | .341 | .385 | .726 | |
2006 | 22 | 34 | 33 | 2 | 8 | 2 | 0 | 0 | 10 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 4 | 3 | .242 | .265 | .303 | .568 | |
2007 | 9 | 26 | 24 | 3 | 7 | 2 | 0 | 1 | 12 | 3 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 4 | 3 | .292 | .280 | .500 | .780 | |
2008 | 13 | 31 | 28 | 2 | 7 | 2 | 0 | 0 | 9 | 1 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 2 | 4 | 2 | .250 | .290 | .321 | .611 | |
通算:7年 | 91 | 181 | 164 | 16 | 38 | 7 | 0 | 2 | 51 | 15 | 0 | 2 | 3 | 3 | 7 | 0 | 4 | 29 | 12 | .232 | .275 | .311 | .586 |
記録
- 初出場:2002年5月18日、対日本ハムファイターズ7回戦(グリーンスタジアム神戸)、7回裏に後藤光尊の代打で出場
- 初打席:同上、7回裏に佐々木貴賀の前に空振り三振
- 初先発出場:2002年9月25日、対西武ライオンズ26回戦(グリーンスタジアム神戸)、9番・三塁手で先発出場
- 初安打:同上、3回裏に三井浩二から右前安打
- 初打点:同上、7回裏に三井浩二から投手ゴロの間に記録
- 初本塁打:2005年7月26日、対福岡ソフトバンクホークス12回戦(大阪ドーム)、9回裏に三瀬幸司から左越ソロ
背番号
- 50 (2002年 - 2004年)
- 60 (2005年 - 2008年)
脚注
- ^ 週刊ベースボール2014年3月24日号 P19
- ^ 島田商OB牧田、仁藤にプロの心構え伝授