竜太郎

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竜太郎(辻 竜太郎)
信濃グランセローズ No.8
基本情報
国籍 日本
出身地 大阪府箕面市
生年月日 1976年6月8日(31歳)
身長
体重
180cm
80kg
選手情報
投球・打席 右投左打
守備位置 外野手
プロ入り 2001年 ドラフト8巡目
初出場 NPB / 2002年6月1日
BCL / 2008年
最終出場 NPB / 2007年4月4日
経歴
Template  ウィキプロジェクト 野球選手

竜太郎(りゅうたろう、本名:辻 竜太郎(つじ りゅうたろう)、1976年6月8日 - )は、BCリーグ信濃グランセローズに所属する野球選手外野手兼コーチ)。

目次

[編集] 経歴

  • 2005年、オリックスと近鉄の合併に伴う選手分配ドラフトにより、東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍。
  • この時、心機一転を期して背番号7を希望したが、オリックスでも同僚で、自由契約から東北楽天入りした山崎武司も娘の名前に因んで同じく7番を希望。このため、球団側は「実力で奪い取れ」と奮起を促した上で、球団はベテランの山崎に与えた。この結果、背番号は引き続き48となった。

[編集] 人物・エピソード

  • 明治大学時代は1年時から、中村豊筒井壮野村克則といった強打者の中にあって主軸を任された。3年秋には、立教大学の選手を試合中に殴打して出場停止処分を受けた。4年時には主将をつとめ春のリーグ優勝に大きく貢献した。
  • 名前の竜太郎は、父親(辻哲也)が中日ドラゴンズに選手として在籍していたことから。
  • シュアさとパンチ力のある思い切った打撃(バントも器用にこなすという評価もあった)を持つが、守備、特に送球に問題があり、スローイングの際に球にスライダー回転をかけてしまう癖のせいで軌道が不安定になっていた。
  • 上記の難点にもかかわらず、持ち前の闘志をかわれたのか、2004年のシーズンは伊原春樹監督になぜか重用され、ファンからも将来の中軸打者として期待されるなど、選手としてもっとも高評価を得た一年であった。しかし、この年に球団合併そして選手分配ドラフト、しかも合併に反対する署名活動に私服で参加した際には、一般ファンと間違われるなど、もっとも不運な一年でもあった。
  • 一部のコアなファン(自ら「竜太郎厨」などと称するものも存在した)から絶大な支持を受け続けた。しかし、東北楽天移籍1年目は、オリックス時代の働きをほとんど知らない田尾安志監督の方針で出場試合数は減少し、成績不振に陥った(ただ、そのオフの秋季キャンプでは主将に指名されるなど、一定の評価はあったものとみられる)。2年目の2006年は、打撃こそ好調だったが守備・走塁のマズさが露呈し、さらに出番が減ってしまった。そして3年目の2007年はオープン戦の好調から一転、シーズン開幕後はせっかくの機会を活かせず、野村克也監督から見切られる形で戦力構想から外れた。
  • 学生・社会人野球時代に発揮したキャプテンシー、自身のブログなどでみせるユニークなキャラクターを評価し、早くから選手とは違った形(フロント・チームスタッフ)での球団への貢献を望む声もあった。

[編集] 年度別打撃成績(NPB)

年度 球団 試合 打数 得点 安打 二塁打 三塁打 本塁打 打点 盗塁 打率
2002 オリックス 34 42 1 9 3 0 0 2 1 .214
2003 79 194 24 49 8 1 7 18 3 .253
2004 52 123 14 40 8 1 1 16 1 .325
2005 東北楽天 31 76 4 15 2 0 1 7 1 .194
2006 10 28 1 9 2 0 0 1 0 .321
2007 3 5 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 209 468 44 122 23 2 9 44 6 .261

[編集] 背番号

  • 48(2002年 - 2007年)
  • 8(2008年 - )

[編集] 関連項目

オリックス・ブルーウェーブ(現・オリックス・バファローズ)
2001年ドラフト指名選手
自由獲得枠:小川裕介 / 自由獲得枠:平野恵一 / 4巡目:島脇信也 / 5巡目:早川大輔 / 6巡目:肥田高志
7巡目:山本拓司 / 8巡目:辻竜太郎 / 9巡目:本柳和也 / 10巡目:後藤光尊 / 11巡目:牧田勝吾
12巡目:板倉康弘 / 13巡目:深谷亮司 / 14巡目:藤本博史 / 15巡目:橋本泰由