河野俊嗣

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河野 俊嗣
こうの しゅんじ
内閣府地方創生推進室より公表された肖像
生年月日 (1964-09-08) 1964年9月8日(59歳)
出生地 日本の旗 日本 広島県呉市
出身校 東京大学法学部
前職 国家公務員自治省総務省
宮崎県副知事
所属政党 無所属
公式サイト 河野俊嗣(しゅんじ)/新しい宮崎へ

宮崎県の旗 第18・19・20代 宮崎県知事(公選)
当選回数 3回
在任期間 2011年1月21日 - 現職
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河野 俊嗣(こうの しゅんじ、1964年昭和39年〉9月8日 - )は、日本政治家自治総務官僚宮崎県知事(公選第18・19・20代)。

2007年2月より2010年10月まで宮崎県副知事を務めた。

来歴・人物

2012年11月、 明治大学にて
2012年11月、 明治大学にて

広島県呉市出身。広島大学附属高等学校東京大学法学部(ゼミは憲法学国際法[1])卒業後、1988年自治省(現:総務省)入省。宮城県庁勤務、ハーバード大学ロースクール法学修士(人事院長期在外研修として米国留学)、愛知県春日井市企画調整部長、国土庁出向、埼玉県まちづくり支援課長、同財政課長。総務省自治財政局地方債課理事官、税務企画官などを歴任[2]

2005年4月、宮崎県庁に出向し総務部長に就任。2007年2月、東国原英夫宮崎県知事の下で副知事に就任。2010年9月に東国原が再選不出馬を表明したのを受け、同年10月13日に県知事選に出馬すると正式に表明し、同日付で副知事を退職[3]。12月26日投開票の知事選で初当選し[4]、2011年1月21日に正式に就任した[5]

2014年12月21日投開票の知事選挙に出馬し、再選を果たした[6]

2018年12月23日投開票の知事選挙に出馬し、3選を果たした。

出典

外部リンク

公職
先代
東国原英夫
宮崎県の旗宮崎県知事
公選第18-20代:2011年 -
次代
現職