実況パワフルプロ野球'94
ジャンル | スポーツゲーム |
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対応機種 | スーパーファミコン(SFC) |
開発元 | コナミ神戸開発部 |
発売元 | コナミ |
人数 | 1 - 2人用 |
メディア | 16メガビットロムカセット[1] |
発売日 | 1994年3月11日 |
『実況パワフルプロ野球'94』(じっきょうパワフルプロやきゅう'94)は、1994年3月11日にコナミ(※)から発売されたスーパーファミコン用野球ゲームソフトである。実況パワフルプロ野球(パワプロ)シリーズ最初の作品に当たる。
※2006年3月31日の持株会社化に伴い、版権はコナミデジタルエンタテインメントに移行している。
概要
従来の野球ゲームの多くは、平面的な視点(2D)であるため高低差というものが無いに等しく、基本的にバッターボックス内からバットが届く範囲であればフォークボール以外どんな球でも打てるものであった。また、ピッチングは投げた後に左右に自由に曲げることができるため、決してリアルに野球を再現しているとはいい難いものがほとんどであった。
本作では、従来の野球ゲームにあまり見られなかった、「ピッチング・バッティングにおける高低差」「(従来のゲームには無いに等しかった)個別の球種」という概念を取り入れ、ボールを投げ込む位置に自由度を持たせ、その投げ込まれる位置を予測してミートカーソルと呼ばれるカーソルの位置を設定した上でスウィングをするシステムを取り入れた。
また、試合を盛り上げるために、球場内のざわめき・歓声・ラッパなどによる応援曲に加えて、球場内のアナウンス(ウグイス嬢)・アナウンサーによる試合の実況という二つの音声機能が取り入れられた(実況は、当時朝日放送(ABC)所属の安部憲幸アナウンサーが担当。安部が選ばれたのは制作スタッフの「ラジオ中継のような実況」、「場を盛り上げるもの」という意図によるもの[1])。
選手の能力パラメータでも、打撃力・足の速さ・守備のうまさなどのほかに、チャンスに強い・チャンスに弱いなど、場合によっては本来の能力などに何らかの影響を与える「特殊能力」というパラメータが取り入れられた。
一方で、システム面以外には作りこむ余裕が無かったためか、当時“バッテリーバックアップ機能によるシーズンの経過、成績の保存”により、最高130試合(試合数は当時のもの)まで行うペナントレースを再現したプロ野球ゲームが増えてきている中、本作は、“最高15試合まで”・“パスワード方式でシーズンの続きから再開する”システムのミニペナントモードが設けられるに留まった。
ゲーム内容
- 対戦モード
- ミニペナントモード
- シナリオモード
- キャンプモード
※アレンジモードは『実況パワフルプロ野球2』以降からのモードとなる。
使用できる球場
※コンシューマ野球ゲームとしては初めて全球団の本拠地球場が実名で登場する作品となった。
- 明治神宮球場(明治神宮野球場)
- ナゴヤ球場
- 東京ドーム
- 甲子園球場(阪神甲子園球場)
- 横浜スタジアム
- 広島市民球場
- 西武ライオンズ球場
- グリーンスタジアム神戸
- 藤井寺球場
- 千葉マリンスタジアム
- 福岡ドーム
備考
- 本作は、「〜'94」と名乗っているが、シナリオモードが関係してか選手・チーム陣容のデータは前年シーズン終了時のものを使用している。そのため、選手の移籍・引退は反映されていない(例:中日ドラゴンズから読売ジャイアンツに移籍した落合博満は中日に所属。現役引退した八重樫幸雄がヤクルトスワローズに所属)。ただし、ヤクルトの球団旗・ペットマークは'94年からのものに変更されている。
- 当時千葉ロッテマリーンズ所属の初芝清が、右投げ右打ちでありながら、左投げ左打ちに間違って設定された(この件に関しては、開発者の豊原浩司が攻略本で謝罪している)。
- 選手グラフィックが後のシリーズと比べ、足が小さくずんぐりと太っているようなデザインだが、姉妹シリーズ「パワプロクンポケットシリーズ」のひとつである『パワプロクンポケット12』は、「サクセスモード」の試合時の選手グラフィックが本作のグラフィックに準拠する。
- この作品から、コナミのスーパーファミコンソフトにおけるパッケージレイアウトの統一化が図られ、下部にKONAMIロゴが、上部にジャンルと容量・プレイ人数が大きく表記されるようになった。
出典
- ^ 「スーパーファミコンソフトオールカタログ 1994年」『スーパーファミコン パーフェクトカタログ』、ジーウォーク、2019年9月28日、114頁、ISBN 9784862979131。
関連項目
- 赤田勲
- 豊原浩司
- パワプロプロダクション
- エモやんの10倍プロ野球 セリーグ編
- 生中継68 - 本作のルーツに当たる作品。X68000用ゲームソフトとして1991年に発売。