上代日本語

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上代日本語(じょうだいにほんご)とは、奈良時代およびそれ以前に使用されていた日本語である。

上代日本語がどういうものであったかを知るには、当時の金石文木簡正倉院に残された文書(正倉院文書)のほか、当時成立した文献の写本を調べる以外の手段は今のところない。そして文献として適当であるとされているものは『古事記』、『日本書紀』、『万葉集』、各国の風土記のうち書写年代が古く後世の改変の少ないものがよく用いられる。また戸籍・計帳や消息などの文書などもあるが僅かな量しかない。しかし本居宣長に端を発する研究の成果によってその姿はかなり明らかになっている。

資料

日本語が記された最も早い資料は3世紀魏志倭人伝である。「卑奴母離」(鄙守、夷守、ヒナモリ)などの役職名や固有名詞語彙が見られる。日本人が記したものとしては471年銘の稲荷山古墳鉄剣に「獲加多支鹵」(ワカタケル)などの固有名詞や役職名がある。しかし長い文章の記されたものは量的に十分でない。『万葉集』や『古事記』『日本書紀』の歌謡など韻文資料が大部分を占め、散文資料は正倉院仮名文書(甲・乙2通。現存)や、『続日本紀』所載宣命、『延喜式』『台記』所載の祝詞などにとどまる。そのほか木簡も近年各地で発掘・資料整理が進んでおり、事務処理用文書、和歌、メモなど様々な種類があり、これらも上代日本語の資料に加えられる。

文字・表記

文字漢字のみであり、平仮名片仮名はまだなかった。従って漢字を用いて日本語を表記した。その際、漢字の意味を用いる方法と、漢字の音だけを用いる方法とがあり、後者は万葉仮名と呼ばれる用法である。両者は用途に応じて混用されることが多いが、万葉仮名のみで綴られた文章や万葉仮名を用いない変体漢文で綴られた文章もある。万葉仮名のみを用いたものには、『古事記』『日本書紀』等の中にある歌謡や『万葉集』の一部、「正倉院仮名文書」と呼ばれる消息などがある。万葉仮名を用いないものには、『法隆寺薬師仏造像記』、『古事記』の本文などのほか、『万葉集』の「略体歌」と呼ばれる表記がある。両者を折衷したものの中には、助詞助動詞・活用語尾などを小書きにした「宣命体」という表記もある。

万葉仮名のみ一字一音式の例
  • 安良多末能 等之由伎我敝理 波流多々婆 末豆我夜度尓 宇具比須波奈家
(あらたまの としゆきがへり はるたたば まづわがやどに うぐひすはなけ)
略体歌の例
  • 恋為 死為物 有者 我身千遍 死反
(こひするに しにするものに あらませば わがみはちたび しにかへらまし)
宣命書の例
  • 日嗣定賜弊流皇太子授賜久止
(日嗣と定め賜へる皇太子に授け賜はくと宣る)(適宜送り仮名を施した)

万葉仮名の用法には音読みを用いた「音仮名」と訓読みを用いた「訓仮名」とがあり、前者の方が早く後者は遅れて成立した。一字一音だけでなく、「兼(けむ)」「越(おと)」「金鶴(かね・つる)」のように漢字一字で日本語の二音節を表したものもある。また「金風」で「あきかぜ」と訓むような特殊な読み(義訓)や、「十六」で「しし」(16=4×4)、「山上復有山」で「いで」(山の上にまた山=出)と訓むような言葉遊び的な表記(戯書)もある。

語彙

音声・音韻

母音

現代日本語の母音体系は5つの音素からなるが、上代日本語においては万葉仮名の分析から、現代日本語でイ段の「キ・ヒ・ミ」、エ段の「ケ・ヘ・メ」、オ段の「コ・ソ・ト・ノ・モ・ヨ・ロ」にあたる各音がそれぞれ2種類に書き分けられていたことが知られている。このことから、上代日本語の母音体系にはi, e, o の各母音がそれぞれ2種類ずつあったとする、いわゆる「8母音説」(/a/ /i/ /ï/ /u/ /e/ /ë/ /o/ /ö/)が広く受け入れられている。ただし異論もあり、それぞれの音価についてもはっきりとは分かっていない。詳しくは上代特殊仮名遣を参照のこと。またア行のエ(e)とヤ行のエ(ye)に区別があり、中古と同様ワ行のヰ・ヱ・ヲ(wi, we, wo)とア行のイ・エ・オ(i, e ,o)も区別があった。

子音

唇音 舌頂音 硬口蓋音 軟口蓋音
無声阻害音 /p/ /t/ /s/   /k/
有声阻害音 /b/ /d/ /z/   /ɡ/
鼻音 /m/ /n/    
接近音/はじき音 /w/ /r/ /j/  

子音について、音素上は非常にシンプルであるが音価については現代の日本語と異なっている点がある。

  • ハ行/p/の子音は奈良時代には [ɸ]、更に遡れば [p] であったのではないかとされる(奈良時代まで [p]、平安時代から [ɸ] とする説もある[1])。半濁音も参照。
  • サ行/s/の子音は現代の[s]のような摩擦音ではなく[ʦ][ʧ]などの破擦音であった可能性がある。
  • タ行/t/・ダ行/d/はチ・ツ・ヂ・ヅについても[ʧ][ʦ][ʤ][ʣ]ではなく、[t][d]であった。
  • 有声阻害音 /b/、/d、/z/、/g/は前鼻音化された*[ᵐb][ⁿd][ⁿz][ᵑɡ]であった可能性がある。

音素配列論

音韻
/a/ /i/ /u/ /e/ /o/
/ka/ /ki/ /kï/ /ku/ /ke/ /kë/ /ko/ /kö/
/ga/ /gi/ /gï/ /gu/ /ge/ /gë/ /go/ /gö/
/sa/ /si/ /su/ /se/ /so/ /sö/
/za/ /zi/ /zu/ /ze/ /zo/ /zö/
/ta/ /ti/ /tu/ /te/ /to/ /tö/
/da/ /di/ /du/ /de/ /do/ /dö/
/na/ /ni/ /nu/ /ne/ /no/ /nö/
/fa/ /fi/ /fï/ /fu/ /fe/ /fë/ /fo/
/ba/ /bi/ /bï/ /bu/ /be/ /bë/ /bo/
/ma/ /mi/ /mï/ /mu/ /me/ /më/ /mo/ /mö/
/ya/ ヤ行イ /yi/ /yu/ ヤ行エ /ye/ /yo/ /yö/
/ra/ /ri/ /ru/ /re/ /ro/ /rö/
/wa/ /wi/   /we/ /wo/
甲乙の区別のない /i/, /e/, /o/ と甲類の /i/, /e/, /o/ とが同じ音素と言えるわけではないが、ここでは大野晋らの表記を用いた。またア行のオ/o/ はむしろ乙類/ö/ 相当という説もある。

音節構造は基本的に(C)Vであり、母音は語頭でのみ単独で出現することができた。[2]漢字音の影響を受けて音便と呼ばれる一連の音韻変化が生じるよりも前の時代であり、撥音(ン)・促音(ッ)は存在せず、拗音(ャ・ュ・ョで表されるような音)や二重母音(ai, au, eu など)[3]も基本的に存在しなかった[4]。 また、借用語を除けば、濁音およびラ行音は語頭には立ち得なかったとされる[5]

文法

動詞の活用の種類はほぼ中古日本語と同じだが、中古に下一段の「蹴る」の「け-」は、上代には「くゑ-」と下二段に活用するので下一段活用はなかった。形容詞未然形に「け」があり、「うら悲しけむ」のように活用した。形容詞已然形は「けれ」「しけれ」のほかに、已然の意味を表す「け」「しけ」の例もあった。

動詞の活用

棒線部は語幹である。空欄部分は該当が無い場合。二重になっているものは複数または代替のもの。但しひらがなは伝統的な活用表である。特に断らない限りカ行で示した。

動詞の分類 未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形
四段活用 –か (-a) –き (-i) –く (-u) –く (-u) –け (-ë) –け (-e)
上一段活用 –き (-) –き (-) –きる (-ru) –きる (-ru) –きれ (-re) –き(よ) (-[yö])
上二段活用 –き (-ï) –き (-ï) –く (-u) –くる (-uru) –くれ (-ure) –き(よ) (-ï[yö])
下二段活用 –け (-ë) –け (-ë) –く (-u) –くる (-uru) –くれ (-ure) –け(よ) (-ë[yö])
カ行変格活用 –こ (-ö) –き (-i) –く (-u) –くる (-uru) –くれ (-ure) –こ (-ö)
サ行変格活用 –せ (-e) –し (-i) –す (-u) –する (-uru) –すれ (-ure) –せ(よ) (-e[yö])
ナ行変格活用 –な (-a) –に (-i) –ぬ (-u) –ぬる (-uru) –ぬれ (-ure) –ね (-e)
ラ行変格活用 –ら (-a) –り (-i) –り (-i) –る (-u) –れ (-e) –れ (-e)
形容詞の活用

いわゆるカリ活用はこの時代にもあるが、縮約しない「くあら-」「くあり」「くある」等の形も見られる。

形容詞の分類 未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形
ク活用 –け (-ke) –く (-ku) –し (-si) –き (-ki) –け (-ke)  
–けれ (-kere)
シク活用 –しけ (-sike) –しく (-siku) –し (-si) –しき (-siki) –しけ (-sike)  
–しけれ (-sikere)

「曰く」のような「ク語法」が、活用語を名詞化する語法として広く用いられた(語らく、惜しけくもなし、散らまく惜しみ)。

「山(を)高み」のように形容詞語幹「高」に「み」という形態を接続させる「ミ語法」が、後代より広く用いられた。「山が高いので」の意味になる。

形容詞の語幹が後代より広く用いられ、「白玉」のようなものだけでなく、「うまし国」のようにシク活用でも名詞を修飾したり、「太知り」「高行く」のように用言を修飾したり、「遠のみかど」のように連体格助詞を伴ったりもした。

助詞「より」は、ほかに「ゆ・ゆり・よ」の形もあった。「或いは」の「い」はこの時代用法が広く(毛無の若子い笛吹き上る)、副助詞・間投助詞・主格助詞などの説がある。

「る・らる」は「ゆ・らゆ」の形もあった。 伝聞・推定の「なり」はラ行変格活用の活用語に接続する場合、中古以降は「る」つまり連体形に接続するが、上代では「り」に接続する(さやぎてありなり)。「めり」は確実な例がまだ現れない。一方で終止形接続の「みゆ」という形があり(ともしあへりみゆ)、まるで助動詞のようであった。

「語らふ」の「ふ」は後世より用法が広く(守らひ)、継続・反復を表す助動詞であった(「ハ行延言」ともいう)。

存続の助動詞「り」はサ行変格活用の「せ」、四段活用のエ段に接続するもののほか、「着る」「来る」に接続した「けり・ける」の例もある。なおこれらエ段音は已然形ではなく命令形と同じである。これは上代特殊仮名遣いでカ・ハ・マ行のエ段音に二種類あり、甲類が命令形、乙類が已然形と分かれていることからわかる。

方言

当時標準語扱いされていたであろう中央(現在の関西)の方言のほかに、万葉集の「東歌」に見られる東国の方言があり、万葉仮名の用い方が中央の歌とは異なるところがある。また越中の国司として赴任した大伴家持が『万葉集』巻17で「越俗語」で「東風」を「あゆのかぜ」という旨の注記をしている。

関連項目

脚注

  1. ^ 浅川哲也著「知らなかった!日本語の歴史」(東京書籍 2011年8月)p.144、p.178より。
  2. ^ ごく一部、「カイ(櫂)」のような例外的な語が存在する。
  3. ^ 中古以降の日本語に見られる(見られた)二重母音は、漢字音(愛、礼、教 keu > kyo: など)、外来語、「持ち上げる」「寝起き」などの複合語を除けば、おおむねイ音便ウ音便によるもの(「早い」 hayaki > hayai、「早う」 hayaku > hayau > hayo:)か、ハ行転呼とw音の衰弱によるもの(「顔」 kaFo > kawo > kao、「藍」 awi > ai)か、母音の脱落によるもの(「あいつ」 ayatu > *aytu > aitu)かのいずれかであり、いずれにしても、後代の転訛による二次的なものである。
  4. ^ 。ただし上代特殊仮名遣いの解釈によっては、後世とは違った種類の拗音や二重母音を想定することができる。
  5. ^ 現代の日本語でも、語頭に濁音が来る言葉は、漢語や外来語を除けば、本来の語頭母音が脱落した結果濁音が露出したもの(イダク > ダク、ウマラ/イマラ/イバラ > バラ)など、一部の語彙に限られる。またラ行音については、擬音語・擬態語付属語以外で語頭に現れる言葉は、今でもほとんど存在しない。ら行なども参照のこと。

参考文献

  • 築島裕『国語学』東京大学出版会、1964年
  • 大野晋「音韻の変遷 (1)」『岩波講座日本語5音韻』岩波書店、1977年
  • 白藤禮幸「古代の文法I」『講座国語史4文法』大修館書店、1982年
  • 沖森卓也編『日本語史』桜楓社(現おうふう)、1989年
  • 月本雅幸「奈良時代」『日本語の歴史』山口明穂らと共著、東京大学出版会、1997年
  • 杉浦克己「奈良時代の日本語 音韻・語彙・文体」「奈良時代の日本語 文法」『新訂日本語の歴史』近藤泰弘らと共著、日本放送出版協会、2005年

関連書