Team NINJA
Team NINJA(チームニンジャ)は、コーエーテクモゲームス(旧テクモ)のコンピュータゲームを開発する社内チームである。主にアクションゲームを開発し、代表作に『デッドオアアライブ』シリーズと『NINJA GAIDEN』シリーズがある。
チーニンの略称でも呼ばれる。自他共に認める技術者集団で[1]、開発したタイトルには年齢制限の高いものが多い。
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[編集] 歴史
最初の作品は、1996年にアーケードゲームとしてリリースされた格闘ゲーム『デッドオアアライブ』。女性キャラクターの魅力を前面に打ち出したこの作品は、テクモの主力製品としての地位を確立させた。 Team NINJAの製作した同シリーズはアーケードゲームのみならず、家庭用ゲームとしても多くのシリーズ作品が発売されている。
また、Team NINJAは、2004年に1995年以来休止していた同社のゲームシリーズ『忍者龍剣伝』を復活させ、名称を日本国外の名称で発売されていた『NINJA GAIDEN』に統一し、Xbox向けに発売した。日本ではあまり振るわなかったものの、国外ではゲーム情報ウェブサイトで2004年のハード別最優秀アクションゲーム賞に選ばれた[2]。
『デッドオアアライブ』『NINJA GAIDEN』の両シリーズは、統括部長を務めていた板垣伴信の指揮の下、XboxとXbox 360向けの独占タイトルとして供給されていた。一方で、早矢仕洋介らを中心とする一部スタッフからはプレイステーション3への参入を希望する声が挙がり、[要出典]板垣が関わらずに開発されたとする『NINJA GAIDEN Σ』が2007年に発売されている。また、翌年にはニンテンドーDSにも、早矢仕をプロデューサー兼ディレクターとして『NINJA GAIDEN Dragon Sword』が発売されている。
しかし2008年に、板垣がテクモに対して賃金(成功報酬)未払いと名誉毀損を理由に訴訟(参照:テクモ#訴訟)を起こしたと発表。板垣の声明文には7月1日にテクモを自主退職するとも書かれていたが、それを待たずして6月18日にテクモより解雇された。板垣はこれを不当解雇として、訴訟の賠償請求額を引き上げた[3]。この裁判は2010年2月に、和解により解決した[4]。
テクモはTeam NINJA創設者である板垣伴信の退社に追随して数十名が退社するとの海外の一部メディアにおける報道に対して主要な人材の流出はないと発表した[5]。しかし、およそ一年後の2009年5月に報道された板垣らへのインタビューによると、Team NINJAスタッフのうち『NINJA GAIDEN2』を制作したプロデューサーの岡本好古やディレクターの江原克則、松井宏明らを含む数十名以上が既にテクモを退社しており、板垣と共に新しい開発チーム(当時の仮称は「東京バイキング」)を設立したと明らかにしている[6]。その後、2010年3月になって板垣の所属する新会社「ヴァルハラゲームスタジオ」の存在が正式発表された[7]。
板垣の後任の統括部長には長谷川仁が就いたが、2008年中に長谷川もテクモを退社した。
現在は早矢仕をチームリーダーとして活動している。 2010年には、任天堂発売のメトロイド アザーエム(Wii)を開発した。 2011年には、デッド オア アライブ ディメンションズ、NINJA GAIDEN 3、仁王の発売が予定されている。
[編集] 開発タイトル
括弧内は日本における発売年月と対応機種
[編集] デッドオアアライブ
板垣伴信のプロデュースにより全12作品がリリースされた格闘ゲーム。
- DEAD OR ALIVE (1996年11月、アーケード)
- DEAD OR ALIVE ++(1998年10月、アーケード)
- DEAD OR ALIVE 2(1999年11月、アーケード)
- DEAD OR ALIVE 2 MILLENNIUM(2000年1月、アーケード)
- DEAD OR ALIVE 2(2000年3月、プレイステーション2)
- DEAD OR ALIVE 2(2000年9月、ドリームキャスト)
- DOA2 HARD・CORE(2000年12月、プレイステーション2)
- DEAD OR ALIVE 3(2002年2月、Xbox)
- DEAD OR ALIVE ULTIMATE(2004年11月、Xbox)
- DEAD OR ALIVE 4(2005年12月、Xbox 360)
- DEAD OR ALIVE Dimensions (2011年5月、ニンテンドー3DS)
[編集] デッドオアアライブエクストリーム
本編である格闘ゲームDEAD OR ALIVEのキャラクターが登場するスピンオフ作品。
- DEAD OR ALIVE Xtreme Beach Volleyball(2003年1月、Xbox)
- DEAD OR ALIVE Xtreme 2(2006年11月、Xbox 360)
- DEAD OR ALIVE Paradise(2010年4月、PSP)
[編集] NINJA GAIDEN
板垣伴信がプロデュースし、『忍者龍剣伝』を蘇らせた3Dアクションゲーム。
- NINJA GAIDEN(2004年3月、Xbox)
- NINJA GAIDEN BLACK(2005年9月、Xbox)
- NINJA GAIDEN 2(2008年6月、Xbox 360)
- NINJA GAIDEN 3 (2012年)
[編集] NINJA GAIDEN Σ
早矢仕洋介が開発した移植作品。早矢仕はNINJA GAIDEN Σ2においてはプロデューサーとディレクターを兼務している。
- NINJA GAIDEN Σ(2007年6月、プレイステーション3)
- NINJA GAIDEN Σ2(2009年10月、プレイステーション3)
[編集] NINJA GAIDEN DS
- NINJA GAIDEN Dragon Sword(2008年3月、ニンテンドーDS)
[編集] 他社タイトル
- メトロイド アザーエム(2010年9月、Wii、任天堂発売)
※任天堂・『メトロイドシリーズ』の作品。
[編集] スタッフ
[編集] かつて在籍していたスタッフ
[編集] ヴァルハラゲームスタジオ
- 板垣伴信(Team NINJA創設者。初代リーダー)
- 岡本好古(元 副部長、『NINJA GAIDEN 2』プロデューサー)
- 江原克則(『DEAD OR ALIVE』・『DEAD OR ALIVE 2』・『DEAD OR ALIVE 3』・『DEAD OR ALIVE Ultimate』・『DEAD OR ALIVE 4』・『NINJA GAIDEN 1』・『NINJA GAIDEN 2』ディレクター)
- 松井宏明(『DEAD OR ALIVE』・『DEAD OR ALIVE 2』・『DEAD OR ALIVE 3』・『DEAD OR ALIVE Ultimate』・『DEAD OR ALIVE 4』・『NINJA GAIDEN 1』・『NINJA GAIDEN 2』ディレクター)
[編集] 角川ゲームス
- 長谷川仁(二代 統括部長)
[編集] 出典
- ^ 最高水準ハード“PlayStation 3”に技術者集団「Team NINJA」が最強ソフトを投入!
- ^ “IGN Xbox Best of 2004 Awards” (英語). IGN (2005年1月16日). 2008年6月3日閲覧。
“Electronic Gaming Monthly and Computer Gaming World Announce the Best Games of 2004” (英語). Ziff Davis (2005年2月8日). 2008年6月3日閲覧。 - ^ 板垣側がゲーム系ブログサイトkotaku(英語サイト)で公開した裁判所に提出した証拠資料と声明文(日本語)より。
- ^ 板垣伴信氏とテクモの訴訟で和解が成立(ファミ通.com 2010年2月26日) 詳細な和解条件は非公開
- ^ テクモ株式会社 プレスリリース(PDF)
- ^ 1UP.com(英語サイト)の板垣・松井・江原・岡本の4名へのインタビュー記事より。松井、江原とはDEAD OR ALIVE、NINJA GAIDENを板垣と共に創りあげた生え抜きのスタッフである。その松井宏明(2008年7月に退社)によると、彼らの新チーム「東京バイキング」にいる人数は、Team NINJA脱退者だけでアメリカンフットボールにおけるオフェンス専門とディフェンス専門のチームが作れる人数としている(インタビュアーは松井に「少なくとも22人いるということですね」と相槌を打っている)。
- ^ ヴァルハラゲームスタジオ 会社自体は元テクモ役員だった兼松聡(2007年7月に退社)が2007年9月に設立。