長野誠
長野 誠(ながの まこと、1972年3月30日 - )は、TBS『SASUKE』のSASUKEオールスターズの1人。漁師。「第28金比羅丸」船長。SASUKE2人目の完全制覇者。宮崎県延岡市生まれ。身長162cm、体重64kg。(第27回出場時)
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[編集] 人物
1年の300日以上を海の上で過ごす漁師。山田勝己に憧れ、SASUKE出場を決心。漁船の自室に、家族の写真と並べて山田勝己の写真を貼っている。また、山田同様失敗したエリアのセットを自宅に作って練習した。このことから、第9回には「第2の山田」と呼ばれた。長野のSASUKE出場応募ビデオは、船の高いところで命綱もつけずに、逆立ち、腹筋、人間こいのぼりをするという衝撃的な内容であった。長野は船上をサスケの練習場にしており、ファイナルや3rd STAGEのボディプロップ、クリフハンガーなどの練習もここで行っている。
スポーツ経験は特になかったというが、『黄金筋肉』の番組内の企画である「基礎体力測定」の結果、長野がオリンピックアスリート並の身体能力を持っていることが判明した。
SASUKE出場を続けているうちに、自身も大きく出世。第28金比羅丸船長となり、練習量も減っていくが、第17回大会に見事2人目の完全制覇を達成。当初はSASUKE出場を家族が反対していて、もし完全制覇したらやめてほしいという話もあったという(これも山田と共通している)。しかし好成績を残していくうちに家族にも認められ、現在も変わらず出場を続けている。
2006年11月14日に自身の公式HPを設立。株式会社 タカスイのHPから見ることができる。
[編集] SASUKEでの戦歴
[編集] 第7回大会~第10回大会
初出場の第7回はそり立つ壁でタイムアップ。放送では全カット。
翌第8回もそり立つ壁まで進出。この時点で残り40秒以上を残す、過去最速のペースだったが、またしてもここでタイムアップとなる。このとき第7回でも時間を多く残していたことが発覚した。第8回終了後、自宅にそり立つ壁のセットを作って猛練習に励んだ。これは『筋肉番付』でも取り上げられ、山田勝己の姿と重なるものがあったため、「第2の山田」と呼ばれた。この大会まで、上半身裸で挑戦していた。
第9回はそり立つ壁を一発でクリアし、1stを22.85秒残しという最速タイムで突破(1stがリニューアルした第5回以降の20秒残しは史上初)。リニューアルされた3rd STAGE1人目の挑戦者にして最終エリアパイプスライダーまで到達し、着地を失敗させたものの、大会最優秀成績者となった。また、この回から挑戦時の服装が、黒のタンクトップに黒のズボンという、お馴染みの服装が定着した(例外として、第11回は、白のTシャツに黒のズボン。第16回の2nd以降、第18回の3rd、第25回以降は黒のTシャツに黒のズボン。第23回の2度目の1st挑戦以降は、竹田敏浩のタンクトップに黒のズボンだった)。
第10回には正式にSASUKEオールスターズの仲間入りとなり、ゼッケンも999番(正式には99番)と、大きな躍進となった。しかしこの大会では長野の前に登場したオールスターズが3人連続で失敗しており、長野も1stジャンプハングで、トランポリンの踏み切りに失敗。綱を掴み損ねて転落した。
[編集] 第11回大会~第13回大会
第11回は危なげなく3rdまで進出。第9回で失敗しているパイプスライダーも両足着地で成功させ、初のFinal進出を果たす。スパイダークライムから綱までの移行で少し手間取ってしまったことが原因で惜しくもタイムアップ。その後のインタビューで、「(家族が反対している)SASUKE挑戦を続けるのか?」と聞かれ、「そこが分からないんです」と笑いながら答えた。
第12回は初のゼッケン100番となった。今大会は1st、2ndの同時最速タイムを達成し、再びFinal進出。快調なペースで進み、タイムアップギリギリの所でボタンを押したものの、わずか0秒11の差で完全制覇を逃してしまう。これはボタンを押す直前に風でロープが揺られたことが原因だと言われており、インタビューでも長野がそのように語っている。この時に初めてファイナルの頂上へ登ったが、長野は上から景色を見下ろすことはなく、「またいつか来た時に」と語った。
第13回前に行われたSASUKEトライアルでは、1回目の挑戦においてターザンロープで滑り降ち、まさかのリタイア。しかし、2回目の挑戦で1stを26,55秒という第2位のタイム(1位は竹田敏浩の28,82秒)を叩き出し、汚名を返上した。
大会前には第28金比羅丸船長となり、練習量の減少が不安視されたが、第13回は前回と同様に1st、2ndの同時最速タイムを達成し、3大会連続のFinal進出。ゴール付近まで到達したが、またしてもタイムアップ。3大会連続Final進出という記録は、大森晃(第1回~第3回)と並んで歴代1位タイ。
[編集] 第14回大会~第16回大会
第14回は1stを竹田敏浩(32.44秒)に次ぐタイムの30.00秒残してクリア。3rd最後の挑戦者となるが、新設されたジャンピングバーで落下。
第15回は1stを23.5秒残しの最速タイムで通過。2ndでは前に挑戦した6人全員がクリアしていたが、今大会からゴムで伸縮するようになったメタルスピンで落下。初の2nd脱落となる。
第16回は、前回リタイアした2ndメタルスピンも無事にクリアし、3rdのジャンピングバーもクリア。しかし、その後のデビルブランコでバーが後ろの休憩所に絡まってしまい、更にパイプスライダーのバーも掴み損ねて、手の届かないほど前へ。飛びつきにいったが転落した。
[編集] 第17回大会
白鳥文平宅で練習をして迎えた第17回。今大会は久々にゼッケン99番での挑戦となり、危なげなく1st、2ndを突破。
若手であるトランポリンの長崎峻侑が先にFinal進出を決めたのを見届けての挑戦となった。前回リタイアしたデビルブランコも落ち着いて対処し、パイプスライダーまで到達。初めて着地時に手をついてしまい、本人も「危なかった」とつぶやくが、無事にFinalへ進出。快調なペースで登りきり、2人目の完全制覇を成し遂げた(2秒56残し)。
長野は直後のインタビューで、頂上には何があったかと聞かれ、「ここには何もない」と答え、涙を流しながら「オールスターズとSASUKEをすることが、凄く楽しくて、それだけで頑張ってます」と答えた。
[編集] 第18回大会~第27回大会
第18回は、ゼッケン争奪マラソンで「90番~99番あたりのゼッケンを取りたい」と発言。宣言通り90番以上で唯一残っていた96番を取った。今大会は大リニューアルが施されており、長野の挑戦前まで3人しか1stをクリアしていない状況であった。
長野は1stバンジーブリッジをただ一人二足歩行でクリアしてみせ、残りタイムも最速の23.25秒残しであった。2ndは、長野の前の3人がいずれも新エリアのサーモンラダーで脱落。長野はバーをうまく上方に運べずバーが傾いても、下の位置にある方を強引に持ち上げる手法をとり(落ちていった3人は、いずれもバーがどちらかに傾いた時に、バーを下げていた)、初の2ndクリア者となる(実は最初のダウンヒルジャンプで ロープが途中で引っかかってしまう もその止まった際の勢いのみでジャンプしたため勢い余ってギリギリの着地であったのだ)。3rdは、新クリフハンガー2本目から3本目に飛び移る際、左手が突起ではなく、上の支柱を掴んでしまう。その際長野は、自らファールを申告し、競技を終了した。
第19回大会は久々のゼッケン100番での挑戦になった。同大会はここまで2人しかクリアしていない状態だったが、終盤のフライングシュートでジャンプの高さが足りず、ロープを手で掴んでしまい、勢いあまって転落。1st連続クリアの記録は8で止まった。
第20回前には内臓の疾患で入院していたが、前宮崎県知事東国原英夫の激励も受けた。1stは前回同様2人しかクリアしていない状態だったが、無事に1stを突破。しかし2ndのスタートエリア、ダウンヒルジャンプでバランスを崩してロープを掴み損ね落下。
第21回は危なげなく2ndをクリア。3rdでも安定したパフォーマンスを見せ、第18回で脱落した新クリフハンガーもクリア。最終エリアのグライディングリングに辿り着くが、ここでリングが思うように滑らず、なんとか最終地点まで進めるが、ジャンプ前に手を滑らせて落下した。翌年1月に結婚。
37歳の誕生日に放送された第22回は新エリアのスライダージャンプで、パイプスライダーでの握り方が仇となり、ネットを上手く掴めず転落した。
第23回も、スライダージャンプで落下。しかし、 パイプに繋がっているロープが、セットの鉄骨に絡まる というセットの不備が判明し、最初の挑戦から43分後に竹田敏浩のタンクトップを借りての再挑戦となった。2回目の挑戦でも長野は脅威のペースでエリアを突破し、見事に1stをクリア。2ndも問題なく突破し、3rdの前々回阻まれたグライディングリングでは勢いよくジャンプし、クリア。Finalでは、惜しくも残りわずかでタイムアップ。今大会で8度目の最優秀成績者となる。
第24回では、1stジャンピングスパイダーで壁に張り付き、スピーディーにクリアかと思われたが、上に進み前へ進んでいたが最後、足がアクリル板からはみ出てしまいそのまま滑ってしまいまさかの転落。この大会で第10回以来2回目となるオールスターズで一番劣った成績だった。3rdで竹田敏浩がリタイアした際には涙を流した。
第25回は、史上2人目の完全制覇者としてゼッケン99で挑戦。1stに復活したサークルスライダーで高さが出ず、そのまま転落。本人も「ここが不安」と語っていた。これで、自身2度目となる(台頭した第9回以降では初の)2大会連続の1stリタイアとなってしまった。
第26回前にトランポリンの練習をしたが、第26回では1stのジャンピングスパイダーで落下。3度目のオールスターズ1st全滅となり、長野自身初の3大会連続1stステージリタイアにもなってしまった。
第27回は、3大会ぶりにゼッケン100番での挑戦となる。大会前は父が死去し、今回は「父のために2度目の完全制覇をする」と語った。1stを問題なくクリアし、2ndは各エリアを慎重にクリアしていき、1秒を残してのクリア。リニューアル後初めて挑んだ3rdは、アルティメットクリフハンガーの4→5本目で落下した。
[編集] SASUKEに出場した大会の結果
| 大会 | ゼッケン | STAGE | 記録 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 第7回大会 | 87 | 1st | そり立つ壁 | 全カット |
| 第8回大会 | 41 | 1st | そり立つ壁 | タイムアップ |
| 第9回大会 | 61 | 3rd | パイプスライダー | 着地失敗、最優秀成績 |
| 第10回大会 | 999 | 1st | ジャンプハング | 掴み失敗 |
| 第11回大会 | 96 | Final | 10m綱登り | 約残り3m、最優秀成績 |
| 第12回大会 | 100 | Final | 10m綱登り | ゴール地点、0秒11届かず、最優秀成績 |
| 第13回大会 | 100 | Final | 10m綱登り | ゴール付近、最優秀成績 |
| 第14回大会 | 100 | 3rd | ジャンピングバー(3→4本目) | 掴み失敗 |
| 第15回大会 | 100 | 2nd | メタルスピン | 掴み失敗 |
| 第16回大会 | 100 | 3rd | デビルブランコ | 突き放したパイプに届かず落下 |
| 第17回大会 | 99 | Final | 完全制覇(2.56秒残し) | 史上2人目、最優秀成績 |
| 第18回大会 | 96 | 3rd | 新クリフハンガー(下り段差) | コースアウトにより失格、最優秀成績タイ |
| 第19回大会 | 100 | 1st | フライングシュート | 掴み失敗 |
| 第20回大会 | 2000 | 2nd | ダウンヒルジャンプ | 掴み失敗 |
| 第21回大会 | 100 | 3rd | グライディングリング | 最終地点、最優秀成績 |
| 第22回大会 | 100 | 1st | スライダージャンプ | 掴み失敗 |
| 第23回大会 | 100 | Final | Gロープ | ゴール付近、最優秀成績、1stはシステム不備により2回挑戦 |
| 第24回大会 | 100 | 1st | ジャンピングスパイダー | 移動ミス |
| 第25回大会 | 99 | 1st | サークルスライダー | 掴み失敗 |
| 第26回大会 | 99 | 1st | ジャンピングスパイダー | |
| 第27回大会 | 100 | 3rd | アルティメットクリフハンガー | 4→5本目で落下 |
[編集] 最速タイム
| 大会 | STAGE | 制限時間 | 残りタイム | クリア人数 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 第9回大会 | 1st | 77秒 | 22.85秒 | 7人 | |
| 第12回大会 | 1st | 85秒 | 15.82秒 | 11人 | 2秒前後置いてから押している |
| 第12回大会 | 2nd | 70秒 | 14.6秒 | 10人 | |
| 第13回大会 | 1st | 80秒 | 29.03秒 | 10人 | 史上初の2大会連続最速タイム |
| 第13回大会 | 2nd | 70秒 | 18.77秒 | 5人 | 同上 |
| 第15回大会 | 1st | 95秒 | 23.59秒 | 7人 | |
| 第18回大会 | 1st | 130秒 | 23.25秒 | 6人 |
[編集] 特筆
毎回1st、2ndを驚異的なタイムで通過するのが特徴。第7回、第8回の時点で、かなり早い段階でそり立つ壁まで到達していた。1stでは過去5回(SASUKEトライアル含む)20秒台のタイムを残しており、30秒台も一度経験している。1st最速タイムは過去5回記録しており、竹田敏浩と争うことが多い。ただ最近はスタミナの衰えがあるのか、第27回ではエリア間で立ち止まり休む場面も見られた。過去3rdでは、クリフハンガー前で落ちた経験がなく、高確率でパイプスライダー前後まで進出している。また、パイプスライダーのジャンプで落下した経験があるのは、パイプスライダー初挑戦であった第9回大会のみである(5回中4回成功している)。第18回以降でも3rdの適性の高さを保ち、第21回には初めて最終エリアまでたどり着いた。 またリニューアルされてからジャンピングスパイダーはいつもとても速いスピードでクリアしていたが、第24回ではそれが原因で落下している。第18回から第24回の7大会中4大会1stクリア、3回3rd進出は1位タイ。
パイプスライダーでは、ジャンプの際、足を振り上げてそこに重心を入れて、思い切り足を振り下ろす勢いでジャンプしている。第11-13回では、飛距離も完璧だったが、第17回では、ゴールの距離が長くなっていたため、着地時に手をつけた。グライディングリングでも同様の方法で突破している。
跳躍系エリアが苦手で、これまで第10回のジャンプハング、第25回のサークルスライダー、第26回のジャンピングスパイダーで跳躍時に落下している。
12度のゼッケン100番、8度の最優秀記録、5度のファイナル進出、30回のSTAGEクリア総回数はいずれも史上最多。1stを8大会連続クリアした経験もある。2nd進出回数は12回、3rd進出回数は10回で竹田、山本に続き史上3位。山田勝己と共に3rdステージ進出するのが夢だったが、近年山田の成績が低迷しているため、未だに果たしていない。第9回、11回、12回は山田が2ndで脱落。第10回は長野が1stで脱落したが、山田は3rdへ進出した。第14回以降は山田の1stリタイアが続いてしまっている。長野が初出場した第7回より前の山田は、1stクリア率100%だった。
[編集] 本大会以外での出来事
- 2001年1月ごろ、筋肉番付に出て、「私をサスケに出場させてください。」とアピールビデオを送り、そのビデオを筋肉番付MC・スタッフ・視聴者を驚かせ、これを機会にサスケデビュー(省略書き)。
- フジテレビの「海筋肉王」にも、オールスターズと共に出場。ここでも持ち前の能力を存分に発揮し、ただ1人ファイナルステージへ到達した。惜しくも完全制覇はならず。しかし、次に出場した回では1stの計算エリアで脱落という不覚をとってしまう。長野自身も「計算は苦手」ということを語っている。
- 実の姉がKUNOICHIに出場したことがある。第5回に初出場し、1stの八艘跳でリタイア。第6回はスタートエリア浮遊走でリタイア。長野は姉と共に練習もした。第8回には、長野の新妻が挑戦。2ndの円柱乗まで進出した。
- 完全制覇後、長野の所属する、株式会社 タカスイが完全制覇記念の祝賀会を行った。ホテルの宴会場を借りて行われた。会場には、長野の家族や姉の姿もあった。タカスイの社長は、長野のサスケ挑戦の度に、緑山へ足を運んで応援をしていた。長野が1st、2ndで落ちた時は、会わせる顔がないというような感じで、何度もサスケをやめたいということを社長に話していたという。しかし、サスケは今しか出来ないということ、若いうちにしか出来ないということなどを言って励ましていた。社長はこの完全制覇を非常に喜んでいた。
- 長野の完全制覇後、オールスターズにはそれぞれ心境の変化があった。秋山和彦、竹田敏浩がやめたいということを聞き、完全制覇したのに少し落ち込んでしまった。常にみんなでサスケをクリアしていきたいという考えを持っていた長野には、相反する答えだったのだ。山本進悟、白鳥文平は対照的に、火を点けられ次回大会に向けて燃えていたようである。あまりみんなでクリアしようという考えを好まなかった山田勝己は、「今回長野にみんなでクリアする事を教えられた」と語っている。長野は第18回大会が大リニューアルすることに「サスケの進化は楽しみ。逆に俺を落としてくれというような気持ちもある」というようなことも語っていた。
- 2006年12月13日。お台場のマッスルパーク報道イベントに参加。その中には山田勝己、秋山和彦の顔もあった。長野はマッスルパークの各アトラクションでトップスコアも残す(苦手と言っていた頭脳系エリアの結果も悪くなかったという)。16日一般公開の日には、開園記念ゲストとして再び招かれ、子供達の前でサスケ3rdステージのセットに挑戦した。
- 2007年4月29日マグロフェスタに参加。同じ日に白鳥文平・竹田敏浩・秋山和彦も参加している。
- 2007年10月16日〈「サスケ」に挑戦しよう 春日モリモリまつり〉に参加。同じ日に、竹田敏浩・山田勝己も参加している。
- 2007年11月3日ウキウキフェスタに参加。
- 2008年1月5日・2008年4月19日・2008年10月18日・2009年4月19日・2009年11月8日宮崎県のラジオ番組の「よだらじ」のゲストとして、出演している。
- 2008年4月26日マグロフェスタに参加。同じ日に山田勝己・竹田敏浩・秋山和彦も参加している。
- 2008年4月27日マグロフェスタに参加。同じ日に山田勝己・竹田敏浩・秋山和彦・山本進悟も参加している。
- 2008年7月26日に宮崎県宮崎市で”冒険ビーチ・ビーチスポーツみやざき№1選手権”に実況のゲストとして、参加している。同じ日に竹田敏浩も参加している。第23回ではそのイベントの優勝者である伊藤圭紀が出場し、2ndの第2エリア、サーモンラダーまで進出した。
- 2008年11月16日宮崎県延岡市の「むかばき青少年自然の家 まつり」というイベントに参加をしている。
- 2009年1月、2度目の結婚。
- 2009年3月4日TBS系の「3ミニッツ」という番組に出演。
- 2009年6月、長男誕生。
- 2010年1月7日のスポーツマン№1決定戦のモンスターボックスに出場し、ロイター板の踏切に失敗したが、14段を記録。
- 2010年6月10日、テレビ朝日「いきなり!黄金伝説」に出演。
- 2010年8月、アメリカ版SASUKE、「Ninja warrior」のSASUKE予選会に、漆原裕治、奥山義行と共にゲスト出場。トランポリンを使いバーに飛びつくエリアで落下。この模様は第26回の直前特番で放送された。
- 2010年10月30日、TBS系の「時空を超えた大実験!」に出演。山本進悟、秋山和彦、高橋賢次も出演。
- 2010年12月30日、「男達の魂」というタイトルでCDデビューを果たした。
- 2011年4月マグロフェスタに参加。同じ日に山田勝己・竹田敏浩・山本進悟も参加している。