竹田敏浩
竹田 敏浩(たけだ としひろ、1975年5月4日 - )は、TBS『SASUKE』のSASUKEオールスターズの1人。岐阜県揖斐郡の消防士。身長171cm、体重64kg。
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[編集] 人物
中学、高校はバレーボール部に所属していた。揖斐郡消防組合消防本部の特別救助隊に所属。現役の消防士。現在は防災航空隊に所属。オレンジ色のズボンがトレードマーク。2006年、サスケでの功績が評価され、消防団員募集ポスターのモデルに抜擢される。さらに消防庁長官から直々に表彰されるなど、今や全国の消防士を象徴する存在に。
SASUKEでは随一の安定感を誇り、3rd進出回数は20大会中、13回。更に第11回から第17回まで7大会連続で3rdに進出という最多記録を保持している。しかし3rdクリア経験は0で、オールスターズで唯一ファイナル経験がない。ファイナルまで進めば、職業上得意な綱登りに挑戦することとなるので、「3rdさえクリアできれば」という声も少なくない。竹田が思うSASUKEの魅力とは、「見えてるゴールに辿り着けない悔しさ」だという。
また、『体育王国』内で行われたモンキーバーズの最高記録保持者である(95,6m)。さらに第13回前に行われた「SASUKEトライアル」でも1位となっている(残りタイム記録28,82秒)。
[編集] SASUKEでの戦歴
[編集] 第5回大会~第10回大会
初出場は第5回。当時は完全制覇者が出た直後の大会ということもあり、大リニューアルが施されていた。その結果、1stステージ73人連続失敗という異常事態が発生した。そんな中でまだ無名だったゼッケン74番竹田は、順調にエリアをねじ伏せて行き、挑戦者達が手こずっていたそり立つ壁もクリア。最後は時間との戦いになったものの、残り時間1.08秒を残して遂に初めての1stクリア者となる。この大会において1stをクリアしたのは僅か3人(既に実力者であった山田勝己、山本進悟)。まさに衝撃的デビューであった。続く2ndステージではスパイダーウォークに突入した際、両足で踏ん張るところを左足が先に行ってしまい、その左足が滑ったため落下した。なお、この大会では「竹田敏弘」という誤表記であった。
さらに翌第6回大会では、前回とは対照的に1stを10秒残しという余裕のクリア。2ndでは「スパイダーウォークへの復讐」と語り、大会前に仕事場の壁を使って練習を積んでいた。その甲斐あって見事2ndをクリアするが、3rdボディプロップで大苦戦。うなり声を何度もあげ、必死に耐えたが限界に達して落下。まさに全ての力を使い果たしてでの落下であった。
第7回は、大会直前に風邪をひいてしまったことがたたり、そり立つ壁で苦戦。ゴール前で無念のタイムアップとなる。
第8回は万全の体調で臨み、2ndで自身初の最速タイムを記録し、再び3rdに進出した。クリフハンガーで苦戦するも、何とかクリアしパイプスライダーまで到達。雨も影響したか、ジャンプ前に滑り落ちて脱落した。翌大会からゼッケン90番台後半で定着し、竹田もSASUKEオールスターズの一員として扱われるようになった。
第9回はそり立つ壁で一回ミスをするが、1stを突破。3rdの新エリア・ランプグラスパーまで到達。順調に進んでいった竹田だが、残り僅かというところでランプを掴み損ねる。しかし踏みとどまり再び進んでいくも、力尽きて落下。ランプはあと2つを残すのみであった。この挑戦後、竹田は人生で初めての悔し涙を流した。
第10回は1stジャンプハングでリタイア。この直後本人も「ちょっと走りすぎた」「飛んだ瞬間にわかったんですよ」と語っている。この後山本進悟、長野誠も1stでリタイア。山田勝己以外のオールスターズが全てリタイアするという波乱の大会であり、この竹田がその先駆けとなってしまった(最初にオールスターズでリタイアしたのは981番の秋山和彦)。
[編集] 第11回大会~第17回大会
第11回は、3rdボディプロップでバランスを崩し突然の落下。本人も驚きを隠せない結果となる。
『体育王国』内で4月12日に放送されたモンキーバーズのリニューアル初日に参加。95.6mという記録を残し、これはモンキーバーズ最高記録となっている。これが影響したのかは定かではないが、放送の約1ヶ月後である5月に右肩を疲労骨折した。
満身創痍の中での第12回は、1stを危なげなく突破し、10,81秒を残した。3rdまで進出し、パイプスライダーまで到達したが、最後のジャンプでやはり右肩の骨折が影響したのか、距離が足りず、崩れ落ちるかのように沼地へと吸い込まれていった。自分では沼地から這い上がることすら出来ない状態になっていた。しかし、満身創痍の中で大健闘をした竹田に暖かい拍手が送られた。右肩の骨折により万全の体調で挑めなくなってしまった竹田だが、それに相反するかのように非常に安定した成績をこの先も竹田は残すことになる。
SASUKEトライアルでは暫定1位だった小林正明の記録を2ヶ月ぶりに破る28.82秒残しという驚異的な記録を残し、SASUKEトライアル1位となる。この成績を引っさげての出場となった第13回は1stを12,92秒残しでクリア。しかし3rdクリフハンガーで苦戦し、下り段差で何とか耐えたものの、着地地点前で落下した。
第14回は1stを32.44秒残しという最速タイムで突破。再び3rdクリフハンガー脱落。今回は下り段差での落下となる。
第15回は1stを23,0秒残しでクリア。2ndをいつも通りクリアしていくが、続く挑戦者であった長野誠がまさかの2ndリタイアとなり、初めて3rd最後の挑戦者となる。2大会連続でリタイアしていたクリフハンガーをクリアし、デビルブランコまで到達。反動をつけ左手をバーにかけていくが、痛めていた右肩で体を支えることとなり、限界に達しての落下となった。しかし初の大会最優秀成績者となる。
第16回は1stを19,82秒残して最速クリア。しかし前回リベンジを果たしたクリフハンガーで3度目の落下。
第17回は久々に家族を緑山に招いての挑戦となった。今回は大会前に消防団員募集ポスターのモデルとなり、さらに消防庁長官から直々に表彰されるなどの、大きな期待を背負ってでの挑戦だっただけに、本番前はいつになく緊張した様子であった竹田。しかし1stを13,37秒残しでクリア。さらに2ndを13,84秒の最速タイムでクリアする。3rdクリフハンガーで再びリベンジに成功し、第15回に脱落したデビルブランコも突破。第12回以来、3度目のパイプスライダー進出を果たす。しかしやはり右肩の痛みが影響したのか、またしても距離が足りずに落下。
第11回から第17回まで、7大会連続3rd進出という記録を作った。また6大会連続でクリフハンガーに進出した。 この時期はモンキーバーズ最高記録、SASUKEトライアル1位、初の最優秀成績と、全盛期と呼ぶに相応しい活躍ぶりであった。
[編集] 第18回大会~第26回大会
第17回の長野誠の完全制覇を見て、竹田は引退を示唆する発言した。しかし、その心境は複雑なものであり、竹田が今後も挑戦を続けるのかはまだ分からない状態であったが、翌第18回にも出場(その理由は本大会以外での出来事参照)。大リニューアルした1stを余裕でクリアし、2ndまで進出。これで8大会連続1stクリアを果たした。今までは2ndは通過点でしかなかった竹田だが、今回新設された難関サーモンラダーに苦戦。右肩の痛みも影響したか、最後の段差前で力尽きて落下。初出場の第5回大会以来となる2ndリタイアとなり、3rd連続進出の記録も途切れてしまった。
第19回はポールメイズで一回ミスをしてしまうが、タイムロスを最小限に抑えた。しかしその後、今までは通過点でしかなかったそり立つ壁で失敗が続き、最後に成功はさせたもののタイムアップ。第10回以来、9大会ぶりの1stリタイアとなる。
第20回は順調に進んだもののフライングシュートでタイムロスし、ロープラダーでタイムアップ。初の2大会連続1stリタイア。
第21回は1stを3大会ぶりにクリアし、2ndもサーモンラダーを克服し、見事にクリア。11度目となる3rdでは、史上初の新クリフハンガー成功者となる。ハングクライミングで脱落した。
第22回では、1stジャンピングスパイダーでトランポリンの踏み切りに失敗。そのため、うまく壁に張り付くことができず落下。
第23回では2ndウォールリフティングで最後の壁を第3,4回の山田勝己、第16回の山田康司と同様に持ち上げてから片手で支えて攻略、一年振りの3rd進出となり、前々回脱落したハングクライミングまで到達。しかし進路の選択に手間取り、突破はしたものの、大きく体力を消費してしまうこととなり、直後のスパイダーフリップの対岸へのジャンプで落下。
第24回では、第8回同様竹田以外のオールスターズが全員1stリタイアと言う波乱が起き、竹田が唯一のオールスターズの生き残りとなった。それでも2ndも突破し、3rdスパイダーフリップまで到達。しかし、ジャンプする足場の前のコーナーを登り切れず力尽きる。第12回同様、自分では沼地から這い上がることすら出来ない状態だった。挑戦後、1stリタイアだった長野誠が涙を流す場面もあった。
第25回は、ゼッケン70番で、オールスターズ最初の挑戦者となった。2ndの新エリア、ダブルサーモンラダーの飛び移り後、バーを上げるのに苦戦。最後の1段まで辿り着いたものの、その最後の一段で失敗、衝撃で落下してしまう。
第26回は欠場。これにより、初出場から続いた連続出場は21回で途切れる事となった。さらに竹田はSASUKEのイベント会場で引退を示唆する発言をしていた。
第27回も欠場。今回は会場でオールスターズと共に彼の姿が確認できる。
[編集] SASUKEで出場した大会の結果
| 大会 | ゼッケン | STAGE | 記録 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 第5回大会 | 74 | 2nd | スパイダーウォーク(1枚目) | |
| 第6回大会 | 93 | 3rd | ボディプロップ(3個目の空白) | |
| 第7回大会 | 96 | 1st | ロープクライム | タイムアップ |
| 第8回大会 | 71 | 3rd | パイプスライダー | 最終地点 |
| 第9回大会 | 97 | 3rd | ランプグラスパー(13個目) | |
| 第10回大会 | 997 | 1st | ジャンプハング | 掴み失敗 |
| 第11回大会 | 97 | 3rd | ボディプロップ(3個目の空白後) | |
| 第12回大会 | 95 | 3rd | パイプスライダー | 着地失敗 |
| 第13回大会 | 98 | 3rd | クリフハンガー改(下り段差後) | SASUKEトライアル1位 |
| 第14回大会 | 97 | 3rd | クリフハンガー改(下り段差) | |
| 第15回大会 | 96 | 3rd | デビルブランコ | バーに片手をかけた瞬間落下、最優秀成績 |
| 第16回大会 | 98 | 3rd | クリフハンガー改(下り段差) | |
| 第17回大会 | 91 | 3rd | パイプスライダー | 着地失敗 |
| 第18回大会 | ※ | 2nd | サーモンラダー(6→7段目) | |
| 第19回大会 | 96 | 1st | フライングシュート | エリア前でタイムアップ |
| 第20回大会 | 1995 | 1st | ロープラダー | タイムアップ |
| 第21回大会 | 98 | 3rd | ハングクライミング(序盤) | |
| 第22回大会 | 92 | 1st | ジャンピングスパイダー | |
| 第23回大会 | 97 | 3rd | スパイダーフリップ | 飛び移り |
| 第24回大会 | 98 | 3rd | スパイダーフリップ | ジャンプする足場の前のコーナー |
| 第25回大会 | 70 | 2nd | ダブルサーモンラダー |
※この大会で竹田はゼッケンがなく、番組冒頭の出場者名簿には86番と87番の間に表記されていた。
[編集] 最速タイム
| 大会 | STAGE | 制限時間 | 残りタイム | クリア人数 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 第8回大会 | 2nd | 100秒 | 19.9秒 | 4人 | |
| 第14回大会 | 1st | 103秒 | 32.44秒 | 14人 | ※1stでは歴代6位のタイム |
| 第16回大会 | 1st | 100秒 | 19.8秒 | 16人 | |
| 第17回大会 | 2nd | 65秒 | 13.8秒 | 8人 | |
| 第21回大会 | 2nd | 80秒 | 25.7秒 | 3人 |
[編集] 特筆
SASUKEオールスターズの中においても非常に安定した成績を残し続けている。2nd進出回数は16回、3rd進出回数は13回と、どれも史上最多記録。また、21回の連続出場は、皆勤賞の山本進悟に次いで歴代2位、STAGEクリア総回数29回は30回の長野誠に次いで歴代2位。ゼッケン99番以上を経験しておらず、かつ、ゼッケン60番台以下がない。山本進悟同様、ゼッケン97と98の経験が多い。何度も3rdを経験しているものの、未だオールスターズで唯一ファイナル経験がない。また7大会連続3rd進出も史上最多である。右肩の疲労骨折に何度も苦しめられており、あと一歩という所でファイナル進出を逃している。最優秀成績になったのは第15回の1回のみだが、パイプスライダーには3回進出している。皮肉にもパイプスライダー最後のジャンプが特に苦手であり、過去2回ともゴールに手がわずかに触れる程度だった。2ndではリニューアル後の第2エリアに悪いジンクスを持っており、2ndで落ちた大会では完全制覇者が出た次の大会で毎回リニューアル後の第2エリアであった。
また、第21回大会でハングクライミングで力尽きる事があったため竹田は苦手意識を持ち、クライミングジムに通いトレーニングをした。よって後に3rdに出場した第23回、第24回大会ではハングクライミングはクリアしているが、その後の連続エリアであるスパイダーフリップで阻まれている。
段差型(第2形態)、上下型(第3形態)、新クリフハンガー(第4形態)の3つの形態のクリフハンガーを経験し、その全てをクリアした経験のある唯一の選手である(他に3つ以上の形態のクリフハンガーを経験しているのは第1、2、3形態を経験した山田勝己と第2、3、4、5形態を経験した高橋賢次の2人)。また第3形態クリフハンガーで3度阻まれたこともある。
長野同様、毎回1st、2ndステージを高タイムで残すことが特徴で、SASUKEトライアル以降から特にその傾向が顕著になった。1st最速タイムは過去2回、2nd最速タイムは3回経験しており、SASUKEトライアルでは28,82秒残しで1位になっている。
[編集] 本大会以外での出来事
- 第17回前に長野誠、秋山和彦、白鳥文平と白鳥宅で「サスケ合宿」を行った。詳しくは白鳥文平の「本大会以外での出来事」参照。竹田がオールスターズらと共同で練習を行ったのは初。
- 第17回終了後に引退宣言をした竹田だが、そのことを家族にも伝えた時、子供から「やめないで」という声があったという。肩の荷が下りた竹田は、再び挑戦をする決意をした。
- 2007年4月29日にマグロフェスタに参加。同じ日に白鳥文平・長野誠・秋山和彦も参加している。
- 2007年4月30日にマグロフェスタに参加。同じ日に白鳥文平も参加している。
- 2007年10月16日〈「サスケ」に挑戦しよう 春日モリモリまつり〉に参加。同じ日に長野誠・山田勝己も参加している。
- 2008年4月26日にマグロフェスタに参加。同じ日に山田勝己・長野誠・秋山和彦も参加している。
- 2008年4月27日にマグロフェスタに参加。同じ日に山田勝己・長野誠・秋山和彦・山本進悟も参加している。
- 2008年7月26日に宮崎県宮崎市で”冒険ビーチ・ビーチスポーツみやざきNo.1選手権”の実況のゲストとして参加している。同じ日に長野誠も参加している。
- 2010年1月7日のスポーツマン№1決定戦のモンスターボックスに出場。元日のSASUKE同様、オールスターズ最後の生き残りとなり、17段を記録。