鈴木将光
| 広島東洋カープ #50 | |
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2008年6月28日(阪神甲子園球場)
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 富山県富山市 |
| 生年月日 | 1987年4月8日(24歳) |
| 身長 体重 |
182cm 78kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2005年 高校生ドラフト1巡目 |
| 年俸 | 600万円(2010年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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鈴木 将光(すずき まさみつ 1987年4月8日 - )は、広島東洋カープに所属するプロ野球選手(外野手)。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
富山市立月岡小学校に入学、小学校1年生のときから地元のスポーツ少年団月岡少年野球クラブに所属する。ポジションは投手兼遊撃手。
その当時から他の選手とは比較できないずば抜けた身体能力を持っており、例えば肩力においては小学校6年生のころに軟式ボールを89.5メートル投じたことが記録されている。軟式ボールではあるが読売ジャイアンツのプロテストの遠投記録における合格ラインは90メートルであるから、野球人としての片鱗が垣間見られる。また足も速く、塁に出れば二盗、三盗は容易にこなし、三塁にいれば前進守備をしていても内野ゴロの間にホームインすることができた。その快足を見出され陸上競技400メートルリレーの富山県代表の一人に選出され全国優勝を果たしたこともある。
更なる野球人としての資質を磨くため石川県の星稜中学校に進学。ポジションは小学校時代と同じく投手兼遊撃手。実家の富山市から2時間ほどかけて学校に通っていたという。1年時には全国大会準優勝。3年時同大会3位入りを果たす。
星稜中時代の恩師山本雅弘監督を追いかけ遊学館高等学校に進学。1年時からレギュラーの座を勝ち取る。
2年時には夏の甲子園に出場。1回戦の県岐阜商戦は4番で先発出場し6-3で勝利。2回戦はダルビッシュ有率いる東北高校と対戦。4番ピッチャーで出場するも0-4で完敗した。このとき鈴木は再び甲子園に戻ってくることを誓い、あえて甲子園の土を持って帰らなかった。
3年時に再び甲子園に出場。1回戦秋田商戦は4番センターで出場し2打点と活躍。打つだけではなく強肩も披露してチーム勝利の原動力となる。2回戦では前回大会で敗れた東北高校と再び対戦。リベンジしたいところだったがあと一歩及ばず3-4で惜敗。しかし高校通算64本塁打と言う記録や持ち前の俊足・強肩がスカウトの目に留まり、2005年広島東洋カープから高校生ドラフト1位指名を受けた。辻内崇伸(読売ジャイアンツ)からは練習試合で本塁打を放っている。
[編集] プロ入り後
新人の体力測定の際、等測性筋力測定装置を破壊したことがある。ルーキーイヤーは3月の教育リーグで肩を故障、11月にはヘルニアの手術を行い、怪我の治療と身体作りに終始した。2年目はファームでシーズンを通じて試合に出場。3年目の2008年もファームでレギュラーをつとめる。フレッシュオールスターにも出場し、2打数無安打だった。
[編集] 人物
愛称は「シャケ」。2年目の時に岡義朗と特守を行っていた際、必死な表情でボールを追っていると、 阿部慶二から「鮭が産卵している時みたいな顔やな」と冗談を飛ばされ、チームメイトにも呼ばれる様になったという。
[編集] 詳細情報
[編集] 背番号
- 50 (2006年 - )
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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