栃木小1女児殺害事件

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栃木小1女児殺害事件(とちぎしょういちじょじさつがいじけん)とは、2005年12月栃木県今市市(現:日光市)に住む当時7歳の小学1年生の女児が行方不明となり、茨城県常陸大宮市の山林で刺殺体となって発見された事件。 栃木県警茨城県警による正式な呼称は栃木・茨城にまたがる女子児童殺人・死体遺棄事件

捜索状況[編集]

2005年12月1日
栃木県今市市(現:日光市)の大沢小学校に通う小学1年生の女児が、下校途中に行方不明となった。
家族が駐在所に捜索願を提出した。捜索が開始されたが、発見に至らなかった。
12月2日
栃木県警が、公開捜査を開始。
自宅から60kmも離れた茨城県常陸大宮市の山林で、遺体が発見される[1]。遺棄現場周辺は人通りが少なく、人目につかない場所であった。
死体発見以降
胸を数カ所刺されていたことなどから、栃木県警は殺人と断定、県境を跨いだことから茨城県警との合同捜査本部が設置され、捜査が開始された。
女児のランドセル衣服などの遺留品が見当たらず、捜索が行われたが、見つかったという報道はない。
連れ去り現場・遺体遺棄現場周辺などでの聞き込みや、学校からの情報提供で、多くの不審者情報が寄せられたものの、有力な情報には乏しかった。
今市市から常陸大宮市へ至るルートにあたる国道293号国道123号日光宇都宮道路では、検問コンビニエンスストアインターチェンジ料金所の防犯カメラ・監視カメラの映像チェックなども行われたが、それらしい人物やは撮影されていなかった。
両県警は、フリーダイヤルを設置し、電話での情報提供を呼びかけていた。また、配布されたポスター・チラシは両県内はじめ、多くのショッピングセンターなどに貼られていた。宇都宮駅水戸駅では巨大モニターでも情報提供を求めていた。2006年8月1日より、犯人逮捕に結びつく情報に対し、200万円の懸賞金がかけられていた(2007年7月27日より捜査特別報奨金の対象事件ともなり、懸賞金は500万円に引き上げられた)。
事件解決を難航させていた原因として、女児の誘拐目的がはっきりせず犯人像が特定できなかった点や遺留品が見つからなかった点が挙げられる。遺留品発見のため当時の服装をした女児の等身大パネルが日光市や常陸大宮市などの交番で多く見られた(パネルは指名手配者や加害者、行方不明者の捜索で使われることはあるが、すでに遺体が発見されている被害者を模することはまれである)。

経過[編集]

2005年
  • 12月1日 - 女児が下校途中に行方不明。近くの駐在所に家族が捜索願。捜索開始。
  • 12月2日 - 公開捜査開始。茨城県常陸大宮市の山林で遺体で発見される。両県警が合同捜査開始[1]
  • 12月3日 - 女児が通っていた小学校で緊急の保護者会。児童は車での送り迎えへ。
  • 12月6日 - 女児の告別式
  • 12月7日 - 両親が、初めて遺棄現場へ。今市市教育委員会が、公立中学校への児童・生徒の携帯電話持ち込み解禁。
  • 12月8日 - 女児の通っていた小学校で、集団登校が再開。国道293号国道123号などで一斉検問。
  • 12月10日 - 両県警が、情報提供を呼びかけるポスターとチラシ一万枚を作成。首都圏内はじめ、関東地方から東北地方にかけての広い範囲に配布。
  • 12月11日 - 両県警が初めての合同捜査会議。
2006年
2007年
  • 3月9日 - 遺体の複数箇所から同じの男のDNA型が検出されたことが報道される[3]
  • 9月20日 - 3月に報道されたDNAが栃木県警の元捜査幹部のものであったと報道される[4]
2014年
  • 4月17日 - 栃木県警より栃木県鹿沼市内の容疑者の男が事件への関与を認め、裏付け捜査中との発表[5]
  • 6月3日 - 先述の栃木県鹿沼市内の容疑者の男が逮捕される。この男は2014年1月にブランド品の偽者を所持したとする別件の商標法違反で、男の55歳の実母共々逮捕され、この事件により既に起訴されていた[6]

事件による影響[編集]

本件に先立って発生した広島小1女児殺害事件とともに、子どもの安全への関心がより一層高まり、子ども自身や通学路の安全確保などへさまざまな影響があった。特に広島市の事件の犯人が逮捕された直後に同様の事件が発生したことの衝撃は大きく、事件が発生した栃木県では県教育委員会が全県民に対し緊急アピールを行ったほか、防犯ブザーの再点検、通学路の見回りも強化された。茨城県では、インターネット上で、不審者情報を掲載する県警と県教委による掲示板がスタートし、県内の小・中・高から多くの情報が寄せられた。文部科学省は、「通学路への防犯カメラ設置を検討」した。

報道[編集]

事件発生から半年が経過した2006年5月末に、捜査担当者がマスメディアに対して「猟奇的なアダルトゲームやフィギュア愛好者による犯行の可能性が高い」と発言したことに対し、サブカルチャー愛好者から「確たる根拠もなく、特定趣味者を犯罪者予備軍扱いするな」という批判が相次いだ。これは本事件を含め、平成時代に発生した女児の誘拐・殺害事件において、しばしば同様の報道が行われていたことも少なからず影響している。また、このような隔たった観点から作り出された犯人像に基づく初動捜査が、事件の解決を遅らせているのではないかという指摘もあった[要出典]

週刊新潮2006年11月9日号が報じたところによると、この事件の情報提供に懸賞金が掛けられたのと時を同じくして、警察は東京都千代田区外神田周辺のいわゆる秋葉原電気街に、数人の捜査員秋葉系の扮装をさせて潜入捜査を行い、人形愛好家のリストの入手を試みたが、成果が出なかったとのことである。週刊新潮は「捜査関係者の談話」として、「犯人が被害女児の遺体を隠そうとせずに遺棄していたことから、犯人がフィギュア愛好家ではないかという見方が出た」ということを報じた。なお、2007年初頭には「DNAなどから犯人は男性」であるという報道がなされ、事実犯人は男であったものの、情報を求めるポスターでは、それ以前から犯人を「冷酷で残忍な男」と断定していた(その根拠については不明)。しかしその後、2009年になってこのDNAは当時の捜査関係者のものであることが判明したため、犯人が男性であると断定しうる根拠がなくなったためか、新しく作られたチラシから「男」の文字は除去された[4]

脚注[編集]

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  1. ^ a b “栃木の女児殺害され発見 茨城の林道脇、刺し傷”. 共同通信 (全国新聞ネット). (2005年12月2日). http://www.47news.jp/CN/200512/CN2005120201003837.html 2014年6月4日閲覧。 
  2. ^ “国家公安委員長が現場視察 栃木・今市の女児殺害事件”. 共同通信 (全国新聞ネット). (2006年1月28日). http://www.47news.jp/CN/200601/CN2006012801001669.html 2014年6月4日閲覧。 
  3. ^ “遺体から男のDNA/複数個所で採取/犯人の可能性”. 下野新聞ニュース (下野新聞社). (2007年3月9日). オリジナル2009年6月16日時点によるアーカイブ。. http://wayback.archive.org/web/20090616145454/http://www.shimotsuke.co.jp/hensyu/kikaku/imaichi/070309.html 2009年11月27日閲覧。 
  4. ^ a b “栃木女児殺害:DNAは元県警幹部 「有力証拠」対象外に”. 毎日jp (毎日新聞社). (2009年9月20日). オリジナル2009年9月22日時点によるアーカイブ。. http://wayback.archive.org/web/20090922233056/http://mainichi.jp/select/today/news/20090920k0000m040119000c.html 2009年9月20日閲覧。 
  5. ^ “今市小1女児殺害、30代無職男が関与ほのめかす供述 「自分がやった」”. MSN産経ニュース (産業経済新聞社). (2014年4月17日). http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140417/crm14041711000002-n1.htm 2014年4月17日閲覧。 
  6. ^ 今市女児殺害、32歳男を逮捕…防犯カメラに車 読売新聞、Yahoo!ニュース 2014年6月3日、2014年6月4日閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]