北海道庁爆破事件
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北海道庁爆破事件(ほっかいどうちょうばくはじけん)とは、1976年に北海道庁舎に仕掛けられた爆弾が爆発し、2名の死者を出した事件。
[編集] 概要
1976年3月2日午前9時2分頃、札幌市中央区の道庁本庁舎1階ロビー西側エレベーター付近で爆発が起こり、出勤途中の職員2名が死亡、80名余りが重軽傷を負い、天井が落下するなどの被害を出した。その後、爆発したのは時限式消火器爆弾と判明。また事件当日、地下鉄大通駅のコインロッカーから「東アジア反日武装戦線」を名乗る犯行声明文が見つかった。声明は、道庁を標的にしたのは、道庁がアイヌ侵略の拠点であるとの理由からだ、としていた。
「反日闘争」を進めている人物を中心に捜査が進められ、同年8月2日、容疑者大森勝久が逮捕された。その後の家宅捜索で「反日戦線」との交友関係を示す証拠や自室内にあった工具類が発見されている。
この事件は直接証拠が見つからず、大森は黙秘を貫き、裁判では無罪を主張した。ただし、大森は犯人の残した声明文に含まれる政治思想については支持するという特異な状況であった。
1983年3月、第一審の札幌地裁は、事件当日の目撃証言や押収品などといった情況証拠から死刑判決を言い渡した。その後、札幌高裁への控訴、最高裁への上告はいずれも棄却され、死刑判決が確定した。
2002年7月、大森死刑囚は札幌地裁に再審を請求。弁護側は逮捕の決め手となった当時の北海道警察の鑑定が虚偽だったと主張したが、2007年3月19日に棄却された。弁護側は即時抗告したが2008年5月28日に棄却。弁護側は最高裁に特別抗告をする意向である。
[編集] 参考文献
- 『やっていない俺を目撃できるか!』三一書房、1981年。

