三宅町

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三宅町
みやけちょう
日章旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 奈良県
磯城郡
団体コード 29362-8
面積 4.07km²
総人口 7,559
推計人口、2009年5月1日)
人口密度 1,860人/km²
隣接自治体 天理市
磯城郡川西町田原本町
北葛城郡広陵町河合町
町の木 キンモクセイ
町の花 ヤエザクラ
三宅町役場
所在地 〒636-0213 奈良県
磯城郡三宅町大字伴堂689番地
電話番号 0745-44-2001 (TEL)
0745-43-0922 (FAX)
どちらも企画課
外部リンク 町公式HP

三宅町位置図(奈良県)

:市 / :町・村
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三宅町(みやけちょう)は奈良県磯城郡の町。面積4.07平方キロ。人口7,634人(2008年9月現在) 県内で最も狭い市町村である。

目次

[編集] 人口

三宅町と全国の年齢別人口分布図(比較) 三宅町の年齢・男女別人口分布図
紫色は三宅町
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 8,560人
1985年 8,536人
1990年 8,620人
1995年 8,584人
2000年 8,042人
2005年 7,764人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

奈良県統計 三宅町の人口

  • 2008年9月1日現在 : 7,634人
  • 人口増加率(2002年→2007年) : -3.0%

[編集] 歴史

古代の大和国城下郡三宅郷の地であり、倭(やまと)屯倉に比定される。旧三宅村を中心とする微高地上に倭国造家の墳墓と見られる三宅古墳群が所在する。三宅町石見、但馬など町周辺には旧国名地名が多い。

[編集] 大字

  • 伴堂(ともんど、ともんどう)

中心部にあり、町役場、文化ホール、三宅小学校、三宅幼児園、中央公民館、浄水場、同和対策総合センター、奈良県農協三宅支店、三宅郵便局、あざさ苑、県民グラウンドなどの施設が集中している。歴史的遺跡では瓢箪山古墳、伴堂出屋敷の迷路、太子道、伴堂杵築神社がある。

  • 屏風(びょうぶ)

北東部にあり、聖徳太子の腰掛石で有名な白山神社、その向かいの屏風杵築神社などがある。真言律宗忍性の出身の地で、これに由来した全国折り鶴選手権大会も行われている。式下中学校の運動場部分も屏風に属する。東屏風と呼ばれる太子道から屏風池の間にある住宅地(屏風団地)も住所は屏風であるが、この住宅地内にある体育館は東屏風体育館である。また、屏風団地の最北の道路が川西町との境界になり、この道沿いの北側の住所は川西町結崎となる。ただし、水道や下水道は三宅町の設備を利用している。

  • 三河(みかわ)

屏風団地の南側、伴堂の東側に位置する。町内で最も人口の少ない大字である。明治期に屏風地区より分離し、一つの大字となった。

  • 石見(いわみ)

町内の東部および南東部の広い部分で近鉄橿原線石見駅周辺と、石見池周辺の新石見住宅地がある。新石見住宅地は磯城消防署に近い。この付近は、唐古・鍵遺跡の北部に含まれると考えられている。施設としては、県立高等技術専門校や奈良県技能検定場がある。

  • 但馬(たじま)

西部の広い地域が但馬と呼ばれる。近鉄田原本線但馬駅周辺が住所の上では但馬となるが、それよりも飛鳥川曽我川に近い地域は上但馬とよばれ、住所も上但馬となる。 古くから飛鳥川や曽我川の氾濫が多く、治水対策がたびたび行われてきた歴史がある。

  • 小柳(おやなぎ)

曽我川よりも北西部分の地域。著名な施設では大和菌学研究所がある。広陵町の奈良県第二浄化センターに近い。また、北部は川西町唐院に近い。

[編集] 教育

[編集] 学校

町内がすべて校区である。

川西町および三宅町の全域が校区。所在地は川西町結崎と三宅町屏風の境界部分の太子道沿いにある。校舎部分は川西町に、運動場やプール、体育館のアリーナ以南の部分は三宅町である。

[編集] 学校教育以外の施設

[編集] 県の施設

[編集] 交通

[編集] 鉄道

近畿日本鉄道

[編集] 道路

京奈和自動車道

[編集] 外部リンク