葛城市

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かつらぎし
葛城市
二上山
Flag of Katsuragi Nara.JPG
市旗
Katsuragi Nara chapter.svg
市章
2005年平成17年)2月19日制定
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 奈良県
団体コード 29211-7
面積 33.73km²
総人口 36,307
推計人口、2014年2月1日)
人口密度 1,080人/km²
隣接自治体 大和高田市御所市香芝市
大阪府南河内郡太子町河南町
市の木 イチイガシクスノキ
市の花 ボタンキク
市の鳥 ウグイス
葛城市役所
所在地 639-2197
奈良県城市柿本166番地
新庄庁舎
北緯34度29分21.2秒東経135度43分35.2秒
〒639-2195
奈良県城市長尾85番地
當麻庁舎
北緯34度30分40秒東経135度42分25秒
當麻庁舎
(當麻庁舎)
外部リンク 城市ホームページ

葛城市位置図

― 市 / ― 町・村

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城市(かつらぎし)は、奈良県中西部に位置し、大阪府と境を接する2004年10月1日、奈良県城郡新庄町當麻町合併して誕生した。

地理[編集]

葛城山から二上山に延びる山脈の東麓に位置する。山を越えれば、大阪府となる。経済的には大和高田市との結びつきが強い。 気候は奈良盆地に位置するため、冬は霜が降りるほどに冷え込み、夏は湿度が高い。また、年間を通して雨が少ないため、水不足の対策としてため池が市内の至る所にあったが、現在は吉野川分水によって十分な水が供給されているために利用はされていない。

隣接している自治体[編集]

歴史[編集]

古代の大和国忍海郡及び葛下郡当麻郷の地である。長尾神社葛城御県神社など数多くの延喜式内社が現存する。中世には旧新庄町域の布施氏が支配したが、豊臣方に就いたために滅亡し、江戸初期には桑山氏が屋敷山に城を築いたが断絶した。なお、城市忍海(おしみ)に市立葛城歴史博物館がある。

沿革[編集]

市域の変遷[編集]

明治22年 明治29年 大正12年 昭和31年 昭和41年 平成16年 現在
奈良県
葛下郡 北葛城郡 葛城市
磐城村 當麻村 當麻町
當麻村
新庄村 新庄町 新庄町
忍海郡 南葛城郡
忍海村

市名の由来[編集]

市名は新庄町と當麻町が属していた北葛城郡に由来している。その北葛城郡は古墳時代にこの地を領有していた葛城氏に由来している。郡名を由来とするため広域地名とされている。

ところが、忍海村(新庄町の一部)は南葛城郡に属しており、葛城と呼称される地名の中心に位置するともいえる。また実現こそしなかったが、2町だけではなく周辺2市2町とも合併して城市とする構想があった。

尚、奈良県には葛城山という名前のがあるが、この山は南隣の御所市にあり、この市とは直接は何の関係もない。

市名決定まで[編集]

  • 住民による新市名の募集[2]
    1. 白鳳市
    2. 城市(下の部分が人)
    3. 城市(下の部分がヒ)
    4. かつらぎ市
  • 新市名称候補選定小委員会
    アンケート結果から7点に絞られた[3]
  • 2003年6月8日に実施した法的拘束力のないアンケート(投票率60.14%)
    1. 城市
    2. 白鳳市
    3. かつらぎ市
  • アンケートで1位となった城市が新市名称候補選定小委員会でも適当とされ決定した。ちなみにアンケートでは合併の是非についても問われ、反対が賛成を上回ったが、詳細と見ると、旧新庄町では賛成が多数を占めている。この結果から計画していた2004年3月の合併は困難と判断された。[4]

城の字体について[編集]

城市は、「」の字を略字である「(下の部分がヒ)」を採用しており[5]、正字(下の部分がL+人)を採用している飾区城郡とは字体が異なる。2000年に答申された表外漢字字体表で、「葛」の字体は「下の部分がL+人が標準」とされている。

この字体決定は合併協議会の新市名称候補選定小委員会において『住民の利便性や今後のパソコン・ワープロなどの機械化の発展を考慮し、「(下の部分がヒ)」を使用することが適当』と言われたためである。最終的に決定が確認された2003年4月2日において既に正字に変更されるJIS X 0213:2004の公開レビューが実施されており、文字コードについて疎かったと言える[6]

Windows Vistaでは、それまでのJIS X 0208:1990(90JIS)に代わって、新規格であるJIS X 0213:2004が採用され、正字の方が標準字体となった。略字を正式市名とした「」城市については、古いJIS規格を採用したフォントに切り替えるか、OpenTypeフォントの字体切り替え機能に対応したアプリケーションを利用すれば、従来通りの略字を表示することは可能である。

ただ、Windows XP以前で正式名称である「(下の部分がヒ)」と作成しても、Windows Vista での標準字体となってしまうなど、現状では整合性がとれないなどの問題がある。

なお、城市当局は、字体の違いを理由に行政手続を拒絶しないことを表明している(飾区も、以前から同様の取り扱いを実施)[5] [7]

公式マスコットキャラクター[編集]

行政[編集]

  • 市長:山下和弥(2008年10月31日就任 1期目)
  • 市役所に本庁舎は無く、旧新庄町役場は新庄庁舎となり旧當麻町役場は當麻庁舎となった。

市議会[編集]

会派構成
運営
  • 議長 石井文司
  • 副議長 寺田惣一
  • 議会選出監査委員
委員会
  • 総務文教常任委員会
  • 民生水道常任委員会
  • 都市産業常任委員会
  • 議会運営委員会
  • 行財政改革特別委員会
  • まちづくり事業特別委員会
  • 城市議会改革特別委員会
  • エネルギー回収施設整備事業特別委員会
  • 新庄クリーンセンター運営に関する調査特別委員会

(2009年8月現在)

なお、衆議院議員選挙の選挙区は「奈良県第3区」、奈良県議会議員選挙の選挙区は「葛城市選挙区」(定数:1)となっている[8]

経済[編集]

基本的に農村地帯であり、農家の家内工業としてメリヤス靴下製造が盛んだったが、現在は衰退している。大阪府や近隣の大和高田市などのベッドタウン的な面もある。また、二輪菊の日本最大の産地でもある。

人口[編集]

Demography29211.svg
城市と全国の年齢別人口分布(2005年) 城市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 城市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
城市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 21,431人
1975年 25,689人
1980年 29,546人
1985年 32,462人
1990年 33,939人
1995年 34,436人
2000年 34,950人
2005年 34,985人
2010年 35,856人
総務省統計局 国勢調査より

平成22年国勢調査(速報値)より前回調査からの人口増減をみると、2.49%増の35,856人であり、増減率は県内39市町村中3位。

奈良県統計 葛城市の人口

  • 2008年6月1日現在 : 36,005人
  • 人口増加率(2002年→2007年) : 0.3%

 ※2002年の人口は新庄町・當麻町の合算

金融機関[編集]

農業協同組合[編集]

新庄東支店(北花内)、新庄支店(新庄)、忍海支店(忍海)、当麻支店(南今市)、当麻北支店(当麻)、新庄営農経済センター(弁之庄)

日本郵政グループ[編集]

  • 長尾郵便局(長尾)
  • 新庄疋田郵便局(疋田)
  • 新庄郵便局(北花内) - ゆうちょ銀行ATMのホリデーサービス実施局(2010年8月現在)
  • 忍海郵便局(忍海)
  • 新庄南道穂簡易郵便局(南道穂)

城市内の郵便番号は「639-02xx」(旧當麻町域の一部[9]香芝郵便局の集配担当)「639-21xx」(その他の地域=大和高田郵便局の集配担当)である。

姉妹都市・提携都市[編集]

城市としては姉妹都市の締結を行っていないが、合併前には同じ名前や似た名前の市町村と友好関係を結んでいる。

国内[編集]

地域[編集]

教育[編集]

中学校
小学校
  • 城市立當麻小学校
  • 城市立磐城小学校
  • 城市立新庄北小学校
  • 城市立新庄小学校
  • 城市立忍海小学校

県の施設[編集]

  • 奈良県社会教育センター(寺口)

交通[編集]

鉄道路線[編集]

JTB時刻表では、市の代表駅は近鉄新庄駅としている。

道路[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

二上山
當麻寺

祭り[編集]

出身有名人[編集]

ゆかりの人物[編集]

  • 中将姫
  • 松尾芭蕉(俳人)
  • 司馬遼太郎(作家)幼少期(生後 - 3歳まで)は、母方の実家近くの旧當麻町今市にある仲川家で育った。また、太平洋戦争から復員する際、大阪市内の自宅が大阪大空襲によって焼け落ちていたため、母方の実家(河村家、住所は旧當麻町竹内)に復員した。

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]