ロバート・ブール・マルクス

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ロバート・ブール・マルクス(ロベルト=ブーレマルクス Roberto Burle Marx 1909年8月4日 - 1994年6月4日) は、ドイツブラジル人の造園家環境デザイナーランドスケープアーキテクト)。なおロバートは英語読みであり、ブラジルポルトガル語に従えば、Robertoは、ホベゥト(一般的な表記はホベルト)と読むのが通例となる。

画家芸術家として、さらに生態学者やナチュラリストとして公園や庭園デザイン分野で活躍し世界的に有名となる。

1909年8月4日、サンパウロで生まれる。最初は画家を目指してドイツベルリンに渡るが、絵の勉強の一方でベルリンダーレム植物園などに頻繁に訪れ、ネイティブフローラについて学んでいく。 1930年、ベルリンから帰国し、リオの国立美術学校に入学、レオ・プッツ、ルシオ・コスタらに学ぶ。1932年には学内審査会で金賞を受賞する。彼のフリーフォームは、自然地形に呼応していない、地形からの特徴からではなく、美術作品からのインスピレーションである。また舗装路で多用した曲線パターンは、ブラジルの伝統的文様がモチーフとしている。

その後生まれ故郷サンパウロに戻ったマルクスはさっそく、自宅やその周辺の植物の収集を始めだし、熱帯原産の植物に合うよう、土地を土壌改良して、欧州スタイルの緑豊かな庭園に仕上げている。1932年 、最初の作品、マルクス自邸が生み出される。1949年、収集した庭園用植物のコレクション保存用にリオデジャネイロ郊外バーラデ・グワラティーバに36万5千平方メートルもの土地を取得。のちに寄贈され、ブラジル政府はこれを1985年に国定記念物に指定される。

1954年から、ブラジル大学建築学科で風致計画学担当教授。1955年、環境デザインスタジオを設立する。

1983年のパリ・ラ・ヴィレット公園設計者選定コンペティションでは、審査委員長を務める。

1994年6月4日、リオデジャネイロで死去。

主要作品[編集]

コパカバーナのプロムナード

参考文献[編集]

見えない庭-アメリカン・ランドスケープのモダニズムを求めて、ピーター ウォーカー、メラニー サイモ (著) 佐々木 葉二、宮城 俊作 (訳)、鹿島出版会、1997年