ベルリン=ダーレム植物園

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Botanischer Garten Berlin-Dahlem 10-2014 photo01 pond.jpg

ベルリン=ダーレム植物園 (Botanischer Garten und Botanisches Museum Berlin-Dahlem) はドイツの植物園である。ベルリンシュテーグリッツ=ツェーレンドルフ区に位置する[1]。43ヘクタールの敷地に22,000種の植物が栽培されている。ベルリン自由大学の施設で、独立した研究施設である。入場者は年間、数十万人を数える。

歴史[編集]

ベルリンに植物園のようなものが最初に作られたのは、16世紀の選帝侯ヨハン・ゲオルク3世の時代に宮廷のために果樹園や野菜園が庭師、デシデリウス・コルビアヌス (Desiderius Corbianus) によるものにさかのぼる。現在はハインリヒ=フォン=クライスト公園ドイツ語版となっているその場所は、王立醸造所のホップ栽培や果樹園として使われた。19世紀のはじめに植物学者のカール・ルートヴィヒ・ヴィルデノウベルリン大学の研究施設として、国際的に評価の高い植物園に育てあげた。19世紀の末、植物園の拡張と老朽化した温室の大規模な改装の必要が生じた。同地シェーネベルク地区ドイツ語版は都市化が進み、大気汚染や地下水の枯渇などが問題となったためである。そこで教育省は、暫定園長のイグナーツ・ウルバンに新しい植物園の用地の調査を命じ、41エーカーのジャガイモ畑だった場所が選ばれた。

アドルフ・エングラーらによって1895年に植物園の計画が作られ、1897年プロイセンの議会によって計画は承認され、エンゲラーが新しい植物園の園長になり、ウルバンが副園長になった。1903年4月に最初の2,500人の観客が正装して入園し、1904年に野外施設が完成し、一般公開された。公式の開所日は植物学博物館の建物の完成した1910年5月である。

ナチス政権下で、海外との交流が制限され、第二次世界大戦での破壊により、衰退する。連合軍占領により、1945年に植物園は再開されるが、ベルリン封鎖が終了するまで、食料野菜の栽培に用いられた。1949年アメリカ合衆国の資金援助で再建が始められ、1950年に新しい大温室、ヴィクトリアハウスが再建され、1968年に植物園の再建は完了した。植物学博物館の再建は1987年まで続いた。1996年から植物園と博物館はベルリン自由大学の施設とされた。

植物園の画像[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 植物園の名称には、同区の地区名ダーレムドイツ語版が冠されているが、実際には隣接するリヒターフェルデ地区ドイツ語版に位置する。