オリンダ (ブラジル)
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|---|---|---|---|
オリンダ遠景
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| 英名 | Historic Centre of the Town of Olinda | ||
| 仏名 | Centre historique de la ville d'Olinda | ||
| 登録区分 | 文化遺産 | ||
| 登録基準 | (2),(4) | ||
| 登録年 | 1982年 | ||
| 公式サイト | ユネスコ本部(英語) | ||
| 地図 | |||
| 使用方法・表示 | |||
オリンダは、ブラジル・ペルナンブーコ州にある都市で、大西洋に面している。州都レシフェの北に位置している。人口は、2005年現在で、約37.7万人。オリンダは、ブラジル国内の中で、最も保存状態のよいコロニアル風の建築物が残されている。
町の名前の由来は、ポルトガル語で"Ó, linda!"(日本語では、"なんと、美しい!"を意味する)である。1982年にUNESCOの世界遺産に「オリンダ歴史地区」として登録された。
目次 |
歴史 [編集]
もともとブラジルの大西洋北東岸地域には、数千年来、様々な土着の民族が住んでいたとされる。Caetés族や トゥピ人といった土着の民族の住居のあとが現在のオリンダの丘に残っており、この両民族の間では、頻繁に戦争が起こったとされる。
最初に、オリンダに到達したとされるヨーロッパ人は、フランスの商人だとされるが、後に、フランスのライバルであるポルトガルが1537年に、都市の建設を開始した。砂糖産業を中心にオリンダは繁栄したが、レシフェを建設したオランダによって、一旦は破壊された。
1654年ごろ、ポルトガルの手により、再度、オランダからオリンダが奪取されると、オリンダの町は、ポルトガル風の建築物が建設されるようになり、蘇った。
主要建築物 [編集]
- サン・フランシスコ修道院 - ブラジル・バロック様式の建築物である。
- サン・ベント修道院(pt:Igreja e Mosteiro de São Bento (Olinda)) - 修道院の礼拝堂は、後期バロック建築による再建がなされた。
ギャラリー [編集]
世界遺産登録基準 [編集]
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた(以下の基準は世界遺産センター[1]からの翻訳、引用である)。
- (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
- (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
外部リンク [編集]
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