ミマール・スィナン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ミマール・スィナン

コジャ・ミマール・スィナン(現代トルコ語 : Koca Mimar Sinan, オスマン語 : قوجه معمار سنان آغا (Ḳoca Mi‘mār Sinān Āġā), 1489年4月15日? - 1588年7月17日4月9日説あり))は、オスマン帝国建築家トルコ最高の建築家とされ、生涯で建築作品は477以上といわれる。彼の名に冠される「ミマール(ミーマール)」とは、「建築家」を意味する。

彼の作品は多岐にわたるが、特にモスクの建設において、大ドームを発展させるとともに、鉛筆型の細長いミナレットを特色とする、オスマン建築特有の様式を完成させたとされる。

経歴[編集]

スィナンは、アナトリア中部カイセリの近郊で、キリスト教徒の子として生まれた。生年については諸説あり、1489年とも、1494年とも、1497年とも、1499年とも言われる。

1512年頃、デヴシルメ制度によりオスマン帝国政府に徴用され、イスラム教に改宗してイェニチェリに入隊した。彼はイェニチェリの工兵隊に所属し、スレイマン1世(在位1520年 - 1566年)治世に行われた諸遠征に従軍し、遠征軍のための橋梁の建設に従事した。

1538年、スレイマンによって帝室造営局長(ハッサ・ミーマーリ・バシュ)に抜擢され、その後1588年にイスタンブルで没するまでの50年間、スレイマンからムラト3世までの3代にわたり、宮廷建築家として仕えた。

作品[編集]

スィナンを扱った作品[編集]

  • 夢枕獏『シナン』上・下(中央公論新社)

参考文献[編集]

  • 鈴木董『図説イスタンブル歴史散歩』河出書房新社、1993年
  • 長場紘『イスタンブル 歴史と現代の光と影』慶應義塾大学出版会、2005年
  • ヤマンラール水野美奈子「スィナン」『岩波イスラーム辞典』岩波書店、2002年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]