ボスポラス海峡
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ボスポラス海峡(Bosporus)は、トルコのヨーロッパ部分(オチデント:Occident)とアジア部分(オリエント:Orient)を隔てる海峡。
ボスポラスとは「牝牛の渡渉」という意味で、ギリシャ神話の中で、ゼウスが妻ヘラを欺くため、不倫相手のイオを牝牛の姿へ変えるが、ヘラはそれを見破り、恐ろしいアブ(虻)を放った。そのためイオは世界中を逃げ回ることになり、牛の姿のままこの海峡を泳いで渡ったとされる。
トルコ語では「海峡の内」を意味するボアズィチ(Boğaziçi)という名で呼ばれる。
南北に細長く、北は黒海、南はマルマラ海で、マルマラ海とエーゲ海を繋ぐダーダネルス海峡とあわせて黒海と地中海を結ぶ海上交通の要衝をなす。長さは南北約30km、幅は最も狭い地点でわずか800m程。両岸の全域はイスタンブル市の行政区内で、南側のマルマラ海への出口の西岸、金角湾との間の地がビュザンティオン、コンスタンティノポリスの故地であるイスタンブル旧市街である。
イスタンブル市民の足として、両岸の各所に定期船の船着場がある他、1973年建設の第一ボスポラス大橋(別名ボアズィチ大橋(Boğaziçi Köprüsü)、全長1074m)と1988年建設の第二ボスポラス大橋(別名ファーティフ・スルタン・メフメト大橋(Fatih Sultan Mehmet Köprüsü)、全長1090m)が架けられている。また、2004年5月24日着工、2009年開通予定で、日本の大成建設グループにより全長13.7kmの海底トンネルが現在建設されている。
ロシア、ウクライナなど黒海に港を持つ国にとっては、地中海を通じて大西洋に船を出すためには必ず通行しなくてはならない海峡にあたるため、海峡の航行権を確保したいロシアとそれを阻止しようとするオスマン帝国や諸列強の間で長く駆け引きが続けられてきた。現在は1936年に締結されたモントルー条約により、商船の自由航行と軍艦の航行の制限が定められる。
ボスポラス海峡沿いには、オスマン帝国がコンスタンティノポリス征服の足がかりとして築いたアナドル・ヒサル、ルメリ・ヒサルの両要塞や、ドルマバフチェ宮殿などのオスマン帝国の離宮、エジプト太守ムハンマド・アリー家を初めとするオスマン帝国の高官の別荘などの歴史的建造物が建ち並び、イスタンブルの旧市街から黒海の出口までクルージングする定期観光船は外国人観光客に人気が高い。

