ニヘル・デ・ヨンク
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| 名前 | |||||||
| 本名 | Nigel de Jong | ||||||
| カタカナ | ニヘル・デ・ヨンク | ||||||
| ラテン文字 | Nigel DE JONG | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | |||||||
| 生年月日 | 1984年11月30日(27歳) | ||||||
| 出身地 | アムステルダム | ||||||
| 身長 | 174cm | ||||||
| 体重 | 72kg | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| 在籍チーム | |||||||
| ポジション | MF (DH) | ||||||
| 背番号 | 34 | ||||||
| 利き足 | 右足 | ||||||
| クラブチーム1 | |||||||
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| 代表歴 2 | |||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2011年5月22日現在。 2. 2011年11月15日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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ニヘル・デ・ヨンク(Nigel de Jong, 1984年11月30日 - )は、オランダ出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。英語読みでナイジェル・デ・ヨングと表記することも多い。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] クラブ
- アヤックス
2002年10月19日、アヤックスでトップチームデビューを果たした[1]。2003年2月18日、UEFAチャンピオンズリーグのアーセナル戦で初得点を決め、1-1の引き分けに持ち込んだ[2]。2003-04シーズンにはトップチームのレギュラーとなり、そのシーズンにはエールディヴィジのタイトルを獲得した[3]。2004-05シーズンはAFCアヤックスで1年間プレーした最後のシーズンであり、クラブのシーズン最優秀選手に選ばれた[3]。ミッドフィールダーやディフェンダーとしてプレーしていたが、次第にベンチに座る時間が長くなった。2005年12月7日、2006年7月末に満了する[4]クラブとの契約延長を拒否した[5]。
- ハンブルガーSV
2006年1月26日、ラファエル・ファン・デル・ファールトとハリド・ブラールズのふたりのオランダ人選手がプレーしていたドイツのハンブルガーSVと4年契約を結び、移籍金約100万ユーロが支払われた[6]。1月28日の1.FCニュルンベルク戦でデビューし[7]、3月のバイエルン・ミュンヘン戦では決勝点を決め、バイエルンにそのシーズンのホーム戦初黒星をつけた[8]。バイエルン戦の翌週のUEFAカップ・ラピド・ブカレスト戦セカンドレグではサッカー人生初となるレッドカードを受けた[9]。膝の問題から手術を必要とし、一足早く4月にシーズンを終えた[10]。リハビリをこなしていつでも代表招集可能であるように見せかけたが、その怪我のために2006 FIFAワールドカップに出場できなかった[11]。
- マンチェスター・シティ
2009年1月21日、イングランドのマンチェスター・シティFCと4年半の契約を結び[12]、ハンブルガーSVには移籍金1800万ユーロが支払われた。1月28日のニューカッスル・ユナイテッド戦でデビューし[13]、2008-09シーズンは16試合に出場した。2009年9月12日のアーセナル戦には先発出場し[14]、12月5日のチェルシーFC戦ではSky Sportsによってマン・オブ・ザ・マッチに選ばれた[15]。ロベルト・マンチーニ監督によって守備的ミッドフィールダーの一番手として起用され、このシーズンの活躍によって彼はファンのお気に入りの選手になった。
[編集] オランダ代表
2004年3月31日、フランスとの親善試合でオランダ代表デビューした。UEFA欧州選手権2004の選考では見落とされ[3]、膝の怪我のために2006 FIFAワールドカップを逃した。マルコ・ファン・バステン監督によってUEFA欧州選手権2008出場メンバーに選ばれた。大会期間中はスクリーニング・ミッドフィールダー(Screening Midfielder, 守備的ミッドフィールダー)としてオルランド・エンヘラールとコンビを組んだ[3]。グループリーグからの4試合中3試合に出場し[16]、準々決勝で対戦したロシア戦ではロスタイムに失点して敗れた[17]。2009年6月6日、2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選のアイスランド戦で代表初得点を決め、本大会出場を確定させた[18]。
ベルト・ファン・マルワイク監督が率いるオランダ代表の一員として2010 FIFAワールドカップ本大会に出場した[19]。初戦のデンマーク戦には先発出場して2-0で勝利した[20]。準々決勝のブラジル戦で大会通算2枚目のイエローカードを受けたために準決勝のウルグアイ戦には出場できなかった[21]。決勝のスペイン戦には先発出場し、延長戦でのアンドレス・イニエスタに得点を許して0-1で敗れた。
| # | 日時 | 場所 | 対戦相手 | スコア | 最終結果 | 大会 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 2009年6月6日 |
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2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選 |
[編集] 人物
父親のジェリー・デ・ヨンク(en:Jerry de Jong)はオランダ代表経験のある元サッカー選手であり、ニヘルがAFCアヤックスの下部組織に入団する頃にニヘルの母親と離婚し、ニヘルの養育権を手放した[22]。
既婚者であり、娘と息子がひとりずついる。欧州と中東での自動車の販売資格を所持している[22]。
[編集] プレースタイル
サッカーを始めた頃は想像性豊かなミッドフィールダーあるいはフォワードであった[22]。AFCアヤックスではセンターハーフや右ウイングなど多くのポジションを経験した[1]。ハンブルガーSV時代にフーブ・ステフェンス(en:Huub Stevens)監督が彼を守備的ミッドフィールダーにコンバートし、その新しいポジションで芝刈り機(der Rasenmäher)のニックネームを授かった[22]。
2010年3月3日のアメリカとの親善試合において、スチュアート・ホールデンに仕掛けたタックルがホールデンより遅れて彼の足に入り、ホールデンは右腓骨を骨折して全治6週間の診断を受けた[23]。2010 FIFAワールドカップ決勝のスペイン戦ではシャビ・アロンソの胸に飛び蹴りを加えた。主審を務めたハワード・ウェブはこのプレーを見ておらず、アロンソが苦しむ様子からデ・ヨンクにイエローカードを提示したが、試合後にレッドカードに相当するファールだったと認めている[24]。2010年10月3日、プレミアリーグのニューカッスル戦でハテム・ベン・アルファに仕掛けたタックルが遅れ、ベン・アルファは左足の脛骨と腓骨を骨折する全治9ヶ月の怪我を負った[25]。
デ・ヨンクのラフプレーがたびたび問題になったことから、オランダ代表のベルト・ファン・マルワイク監督はラフプレーによってオランダ代表のイメージが悪化することを恐れ、当初は2010年10月1日の代表招集後に合宿で直接デ・ヨンクと話す予定だったが、最終的には招集前に同選手と話をした上で代表メンバーから外すことを決断した[26]。
[編集] 個人成績
- 2010年10月3日現在
| クラブ | シーズン | リーグ | カップ | リーグカップ | 欧州カップ | 通算 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||
| AFCアヤックス | 2002–03 | 17 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 10 | 1 | 27 | 1 |
| 2003–04 | 32 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 | 37 | 2 | |
| 2004–05 | 31 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 8 | 1 | 39 | 6 | |
| 2005–06 | 16 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 7 | 3 | 23 | 5 | |
| 通算 | 96 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 30 | 5 | 126 | 14 | |
| ハンブルガーSV | 2005–06 | 12 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 15 | 1 |
| 2006–07 | 18 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 1 | 23 | 2 | |
| 2007–08 | 29 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 6 | 1 | 35 | 2 | |
| 2008–09 | 7 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 11 | 0 | |
| 通算 | 66 | 3 | 2 | 0 | 0 | 0 | 16 | 2 | 84 | 5 | |
| マンチェスター・C | 2008–09 | 16 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 16 | 0 |
| 2009–10 | 34 | 0 | 3 | 0 | 5 | 0 | 0 | 0 | 42 | 0 | |
| 2010–11 | 32 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 4 | 0 | |
| 通算 | 82 | 1 | 3 | 0 | 5 | 0 | 0 | 0 | 90 | 1 | |
| 通算 | 244 | 13 | 5 | 0 | 5 | 0 | 46 | 7 | 300 | 20 | |
[編集] タイトル
[編集] クラブ
- エールディヴィジ: 2003-04
- KNVBカップ: 2005-06
- ヨハン・クライフ・シャール: 2005
[編集] 代表
- FIFAワールドカップ準優勝: 2010
[編集] 個人
- アムステルダム・タレント・オブ・ザ・イヤー: 2002
[編集] 脚注
- ^ a b “8 Nigel de Jong”. FIFA.com. 2010年10月20日閲覧。
- ^ “Ajax frustrates Arsenal at Highbury; Valencia wins”. Sports Illustrated.com (2003年2月18日). 2010年10月20日閲覧。
- ^ a b c d “Nigel de Jong”. ESPN. 2010年10月20日閲覧。
- ^ “Nigel de Jong joins Hamburger SV”. Ajax (2006年1月26日). 2010年10月20日閲覧。
- ^ “'Departure Nigel de Jong sad for Ajax'”. Ajax (2005年12月7日). 2010年10月20日閲覧。
- ^ “Hamburg swoop for Ajax ace de Jong”. CNN. (26 January 2006) 2010年10月20日閲覧。
- ^ “Nuremberg jolt Hamburg's title bid”. CNN. (28 January 2006) 2010年10月20日閲覧。
- ^ “Hamburg get double over Bayern”. Irish Examiner. (4 March 2006) 2010年10月20日閲覧。
- ^ “Germans continue to lose ground in Europe”. The Times. (10 March 2006) 2010年10月20日閲覧。
- ^ “Dutch squad trio face injury race”. CNN. (24 April 2006) 2010年10月20日閲覧。
- ^ (ドイツ語)“De Jong darf mit, Team Ghana nichts sagen”. Der Spiegel. (6 June 2006) 2010年10月20日閲覧。
- ^ “City complete de Jong deal”. FIFA.com (2009年1月21日). 2010年10月20日閲覧。
- ^ “Man City 2-1 Newcastle”. BBC Sport (British Broadcasting Corporation). (28 January 2009) 2010年10月20日閲覧。
- ^ http://www.mcfc.co.uk/News/Match-reports/2009/September/City-v-Arsenal
- ^ http://www.skysports.com/football/match_report/0,19764,11065_3150246,00.html
- ^ http://soccernet.espn.go.com/players/stats?id=26254&cc=4716
- ^ http://soccernet.espn.go.com/euro2008/team/results?id=449&cc=4716
- ^ “Nigel De Jong World Cup 2010 Player Profile”. BBC Sport (British Broadcasting Corporation). (undated) 2010年10月20日閲覧。
- ^ “Holland coach Bert van Marwijk finalises World Cup squad”. The Guardian (2010年5月27日). 2010年10月20日閲覧。
- ^ “Netherlands-Denmark”. FIFA.com (2010年6月14日). 2010年10月20日閲覧。
- ^ “De Jong rues semi-final absence”. FIFA.com (2010年7月5日). 2010年10月20日閲覧。
- ^ a b c d “De Jong admits that City need to find a winning mentality”. guardian.co.uk (Guardian News and Media Limited). (9 May 2009) 2010年10月20日閲覧。
- ^ “Stuart Holden eyes Bolton return after fractured leg”. BBC Sport. (6 April 2010) 2010年10月20日閲覧。
- ^ W杯決勝のウェブ主審が告白「デ・ヨンクは退場処分にすべきだった」スポーツナビ、2010年8月26日
- ^ “Hatem Ben Arfa has surgery on double leg break”. BBC Sport. (4 October 2010) 2010年10月20日閲覧。
- ^ ラフプレーで批判が集まるデ・ヨンク、オランダ代表メンバーから外されるスポーツナビ、2010年10月5日
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2 リチャーズ | 4 コンパニ | 5 サバレタ | 6 レスコット | 7 ミルナー | 8 ピサーロ | 10 ジェコ | 11 ジョンソン | 12 テイラー | 13 コラロヴ | 15 サヴィッチ | 16 アグエロ | 18 バリー | 19 ナスリ | 20 ハーグリーヴス | 21 シルバ | 22 クリシー | 25 ハート | 28 コロ・トゥーレ | 30 パンティリモン | 32 テベス | 34 デ・ヨンク | 37 ニールセン | 42 ヤヤ・トゥーレ | 45 バロテッリ | 62 ラザク 監督: マンチーニ |
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