ジョバンニ・ファン・ブロンクホルスト
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| ジョバンニ・ファン・ブロンクホルスト | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | ジオ | |
| ラテン文字 | Giovanni VAN BRONCKHORST | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1975年2月5日(34歳) | |
| 出身地 | ロッテルダム | |
| 身長 | 178cm | |
| 体重 | 75kg | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | フェイエノールト | |
| ポジション | DF、MF | |
| 背番号 | 8 | |
| 利き足 | 左足 | |
| 代表歴 | ||
| 1996– | 86 (5) 2008.10.25現在 |
|
| ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||
ジョバンニ・ファン・ブロンクホルスト(Giovanni Van Bronckhorst, 1975年2月5日 - )は、オランダ・ロッテルダム出身の同国代表、エールディヴィジ・フェイエノールトのサッカー選手(DF)。登録名・ニックネームは「ジオ(Gio)」。母親からインドネシアのモルッカ諸島の民族の血を引く。
目次 |
[編集] 経歴
1994年にオランダリーグ・エールディヴィジのフェイエノールトでキャリアをスタート。主にMFとして活躍する。その後、グラスゴー・レンジャーズを経て、2001年にはFAプレミアリーグのアーセナルFCへ移籍。2003年からリーガ・エスパニョーラのバルセロナでプレーし、主力として活躍。2007年6月にフェイエノールトへ復帰した。
オランダ代表にも招集され、1996年8月31日のブラジル代表戦でデビューを果たす。エトヴィン・ファン・デル・サールが代表引退してからは彼がオランダ代表キャプテンを任されている。
EURO 2008のイタリア戦ではゴールポストの前で敵のシュートをクリアした後に左サイドを駆け上がり、パスを受け取るとディルク・カイトへアーリークロスを上げ、カイトがヘディングでふわりとあげたボールを、ヴェスレイ・スナイデルがボレーで叩き込むという教科書通りのカウンターを演出。その後自身もゴールを決めた。
[編集] プレースタイル
かつては中盤の底でプレーすることが多かったが、その後サイドで起用されることが多くなり、現在では絶妙のタイミングで駆け上がるオーバーラップが持ち味の左サイドのスペシャリストとして認知されている。左足から繰り出されるミドルシュートも強力。主にサイドバックとして起用されるが、かつてのポジションだった中盤の底やウイングなど、多数のポジションをこなすユーティリティ性も持っている。
[編集] 所属クラブ
RKCヴァールヴァイク 1993-1994
フェイエノールト 1994-1998
グラスゴー・レンジャーズFC 1998-2001
アーセナルFC 2001-2003
FCバルセロナ 2003-2007
フェイエノールト 2007-現在
[編集] 人物
見た目とは裏腹におちゃらけた性格で、ベンチに座っている時は頻繁に周りのチームメイトへちょっかいを出している。また、何故かいい場面での写真には必ず写っている。親友のヘンリク・ラーションとは家族ぐるみの付き合いをしている。
| フェイエノールト - 現所属メンバー |
|---|
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2 イグニャトヴィッチ | 3 ホフラント | 4 バイーア | 5 デ・クレル | 6 エル・アフマディ | 7 ランツァート | 8 ファン・ブロンクホルスト | 9 マカーイ | 10 ブラインス | 11 トマソン | 14 フェル | 16 ダルレイ | 17 マルデル | 18 ファン・ダイク | 19 エラスムス | 20 フラール | 35 フェルナンデス | 22 スローリー | 23 デ・グズマン | 24 ティエンデッリ | 25 ワイナルドゥム | 26 パッティナーマ | 27 レールダム | 28 ニーフェルト | 29 フィンケン | 30 ホフス | 37 ビセスワール | - ペドロ | - マンテイガ | - シセ 監督: フェルビーク |
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