ジェリー・リー・ルイス
| ジェリー・リー・ルイス | |
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ジェリー・リー・ルイス(サンパウロにて)
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| 基本情報 | |
| 別名 | The Killer |
| 出生 | 1935年9月29日(77歳) |
| 出身地 | |
| ジャンル | ロックンロール、ロカビリー、カントリー |
| 職業 | シンガーソングライター、ピアニスト |
| 担当楽器 | ボーカル、ピアノ |
| 活動期間 | 1954年- |
| レーベル | サン・レコード マーキュリー・レコード ワーナー・ブラザーズ・レコード MCAレコード |
| 公式サイト | www.jerryleelewis.com |
ジェリー・リー・ルイス(Jerry Lee Lewis、1935年9月29日- )は、アメリカのシンガーソングライター。1950年代後半のロックンロールで活躍し、「キラー (The Killer) 」の愛称で呼ばれた。
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第67位。
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第24位。
略歴 [編集]
ルイジアナ州フェリディ出身。幼い頃から聖歌隊で歌い、10代で神学校に入学したが、当時猥雑とされていた黒人音楽に、白人でありながら熱狂。学校では、得意のピアノで賛美歌をロカビリー風に崩して演奏したために教師から顰蹙を買い、さらには寮を抜け出して飲酒や買春に耽るなどの不行跡を繰り返したために退学となり、酒場のピアノ弾きとして音楽活動を開始した。
エルヴィス・プレスリーのデビュー後、1957年にメンフィスのサン・レコードからデビュー、『火の玉ロック』のヒットで一躍スターダムにのし上がった。
立ったままピアノを叩くように弾きながら歌うスタイルは、ルイスのトレードマークとなり、プレスリーやバディ・ホリー、カール・パーキンス、ビル・ヘイリーらと共に、ロックンロール黄金時代の立役者となった。
ピアノに油と火を放って燃やしながら演奏するといったワイルドなパフォーマンスも注目を惹いた。
ところが1958年、イギリスツアーに出た折、ルイスが3人目の妻として13歳の又従妹と結婚していたことがイギリスの保守的なマスコミ[誰によって?]に報じられ、大騒ぎになった。当時、米国南部では女性が13歳で結婚することや、親戚と結婚することは特に珍しくなかったが、ルイスの場合は前妻との離婚が当時まだ成立していなかったために重婚の罪が露見し、母国でも不道徳の極みと非難された。
この一連のスキャンダルが、ロックに対する白人社会の潜在的反感を刺激して、ルイスは事実上アメリカの芸能界から追放されてしまった。
その後はヨーロッパに活動の拠点を移し。1960年代後半にはカントリー界でいくつかのヒットを放った。
1970年代以降は、泥酔した挙句に拳銃を振り回してプレスリーの邸宅に押しかけ、面会を強要するなどの奇行によるトラブルの連続で長く不遇の時期を過ごしたが、現在はロックンロールの偉人としてロックの殿堂入りするなど、様々な形でその功績が称えられている。伝記映画としてデニス・クエイドが主演した『グレートボールズ・オブ・ファイヤー』がある。妹のリンダ・ゲイル・ルイスも歌手。
1990年代に突如活動を再開。[要出典]2006年にもミック・ジャガーやジミー・ペイジなどの豪華ゲストを迎えた新作『ラストマン・スタンディング』(日本リリース2007年1月)を製作するなど、マイペースな[要出典]活動を続けている。