ゴンドラの唄

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ゴンドラの唄」(ゴンドラのうた)は、1915年(大正4年)に発表された歌謡曲吉井勇作詞。中山晋平作曲。

芸術座第5回公演『その前夜』の劇中歌として生まれ、松井須磨子らが歌唱、大正時代の日本で流行した。

解説[編集]

カチューシャの唄』を手がけた中山晋平により作曲され、同曲同様に大衆の支持を得た。中山によれば、母の死の直後、悲しみに暮れる帰りの汽車の中で「『ゴンドラの唄』の歌詞が語りかけて」きて、「汽車の揺れとともに、自然と旋律がわいてきた」[1]のだという。歌詞はアンデルセンの「ベネチアのゴンドラ」から引用している。

堀内敬三は『音楽五十年史』の中でこの唄を、「大正5年末からじりじりと永く流行った」と述べている。

1952年黒澤明監督作品『生きる』で、志村喬演じる主人公が雪の降る夜ブランコをこぎながら、この歌を口ずさむシーンがある。

2012年にはHALCALIがカバーしたものがライオンクリニカのCMとして使われた。

脚注[編集]

  1. ^ 和田登『いのち短し恋せよ少女-小説中山晋平-』140-141頁。

関連項目[編集]