ゴンドラの唄

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ゴンドラの唄」(ゴンドラのうた)は、1915年(大正4年)に発表された歌謡曲吉井勇作詞。中山晋平作曲。

芸術座第5回公演『その前夜』の劇中歌として生まれ、松井須磨子らが歌唱、大正時代の日本で流行した。

楽曲[編集]

カチューシャの唄』を手がけた中山晋平により作曲され、同曲同様に大衆の支持を得た。中山によれば、母の死の直後、悲しみに暮れる帰りの汽車の中で「『ゴンドラの唄』の歌詞が語りかけて」きて、「汽車の揺れとともに、自然と旋律がわいてきた」[1]のだという。

歌詞はアンデルセンの「ベネチアのゴンドラ」から引用している[誰の訳?][どこ?]

ヒット[編集]

堀内敬三は『音楽五十年史』の中でこの唄を、「大正5年末からじりじりと永く流行った」と述べている。

歌詞[編集]

いのち短し 恋せよ乙女
あかき唇 あせぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを

いのち短し 恋せよ乙女
いざ手をとりて かの舟に
いざ燃ゆる頬を 君が頬に
ここには誰れも 来ぬものを

いのち短し 恋せよ乙女
波にただよう 舟のよに
君が柔わ手を 我が肩に
ここには人目も 無いものを

いのち短し 恋せよ乙女
黒髪の色 褪せぬ間に
心のほのお 消えぬ間に
今日はふたたび 来ぬものを

カバー[編集]

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歌手 媒体・内容
1952年 渡邊勘治(演:志村喬 黒澤明監督映画『生きる』劇中歌。主人公が、雪の降る夜にブランコをこぎながら、この歌を口ずさんだ。
1961年 佐川ミツオ シングル。当時の歌謡界のリバイバル・ブームに乗じてヒットした。B面は渡辺マリとのデュエットによる「煙草屋の娘」。
1965年 森繁久彌 第16回NHK紅白歌合戦』で披露。間奏に佐藤春夫の詩を引用した「ただたまゆらの火を囲み、甲斐なきことをただ夢見、入日の中に立つ煙(けぶり)、ありやなしやとただ仄か、海辺の恋の儚さは、こぼれ松葉の火なりけん」という台詞が入れられた。1966年発売のコンパクト盤『流行歌名曲シリーズ ゴンドラの唄』(ビクター SVC-232M)に収録。
1972年 小林旭 アルバム『夜の巷で…』。1987年の『日本のうた あの頃、あの時、なつかしの抒情歌集』、1995年の『日本の名曲』、2001年の『小林旭大全集』、2009年の『GOLDEN☆BEST 小林旭 ヒット全曲集』などにも再収。
1997年 由紀さおり安田祥子 アルバム『歌・うた・唄 VOL.2 スタンダード日本 I』。1998年には同年に死去した黒澤明を偲んで『第49回NHK紅白歌合戦』で披露された。
2008年 藤田恵美 アルバム『ココロの食卓 〜おかえり愛しき詩たち〜』。
2012年 いちろう 城定秀夫監督Vシネ『ヤンキーアイドル』劇中歌・エンディング[2]。ただし同年のネット配信が先行。
2012年 HALCALI ライオンクリニカ」のCMソング
2013年 五条哲也 シングル。

脚注[編集]

  1. ^ 和田登『いのち短し恋せよ少女-小説中山晋平-』140-141頁。
  2. ^ いちろう:ゴンドラの唄 - ミュージック : MUSIC TRACK