コーヴィナ (潜水艦)

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USS Corvina SS-226
艦歴
発注 1940年7月1日[1]
起工 1942年9月21日[2]
進水 1943年5月9日[2]
就役 1943年8月6日[2]
退役
除籍 1944年3月14日
その後 1943年11月17日に戦没
性能諸元
排水量 1,526トン(水上)
2,424トン(水中)
全長 307 ft (93.6m)(水線長)
311 ft 9in (95.02m)(全長)
全幅 27.3 ft (8.31 m)
吃水 17.0 ft (5.2 m)
機関 ゼネラル・モーターズ278A16気筒ディーゼルエンジン 4基
ゼネラル・エレクトリック発電機2基
最大速 20ノット
航続距離 11,000カイリ(10ノット時)
(19 km/h 時に 20,000 km)
試験深度 300 ft(90 m)
乗員 士官、兵員82名
兵装 3インチ砲1基、機銃
21インチ魚雷発射管10基

コーヴィナ (USS Corvina, SS-226) は、アメリカ海軍潜水艦ガトー級。艦名は食用となるニベ科の魚の名前から名付けられた。

艦歴[編集]

コーヴィナはコネチカット州グロトンエレクトリック・ボート社で起工する。ラルフ・W・クリスティー英語版少将の夫人の後援により1943年5月9日に進水した。1943年8月6日にロデリック・S・ルーニー中佐(アナポリス1929年組)が艦長として着任し、任務についた。就役後はコネチカット州ニューロンドンを1943年9月18日に出港し、真珠湾に10月14日に到着した。

最初で最後の哨戒[編集]

11月4日、コーヴィナは最初の哨戒でカロリン諸島方面に向かった。11月6日にジョンストン島において燃料を補給したが、その後未帰還となった。コーヴィナの任務は、次のような危険なものであった。

当時トラック諸島周辺にはブラックフィッシュ (USS Blackfish, SS-221) 、ドラム (USS Drum, SS-228) 、スレッシャー (USS Thresher, SS-200) およびアポゴン (USS Apogon, SS-308) が同様の監視任務についており[3]、コーヴィナにはトラック諸島の南側が哨区として割り当てられていた[4]。3隻には「日本潜水艦に警戒すべし」との警報が出されており、ブラックフィッシュは11月13日夜に北緯03度02分 東経149度41分 / 北緯3.033度 東経149.683度 / 3.033; 149.683の地点で潜水艦らしきものを発見していたが、薄暗い時刻での発見だったため敵か味方かどうかは分からなかった[5]。5日後の11月18日、ブラックフィッシュはドラムと交信したが、ドラムは「本艦ではない」と否定した[5][6]。次いでブラックフィッシュはコーヴィナと交信を試みたが、返事はなかった[3]。やがて11月30日になり、真珠湾の太平洋艦隊潜水部隊司令部からコーヴィナに対し、「第7艦隊指揮下の第72任務部隊に入って、ブリスベンに移動するように」との命令を出し、返信を求めたがついに返信は来なかった[7]。コーヴィナとその乗組員82名の損失は1944年3月14日に発表された。

伊176、コーヴィナを撃沈[編集]

伊号第一七六潜水艦(伊176)

11月13日、ラバウルから1隻の潜水艦が日本本土に向けて出港した。伊号第一七六潜水艦(伊176)である[8]。伊176はソロモン諸島方面の鼠輸送に従事していたが、爆雷攻撃で損傷したためで修理をすべく北上していた[9]。11月16日22時12分、伊176は16ノットの速力でトラック諸島の南東海面を北上中だったが、この時北東約8キロの方角に黒点を発見した[8]。伊176は黒点に向かって航行していたが、22時15分、黒点はどうも「パーチ型潜水艦[9]」らしいと判断。潜航して様子を伺うこととした[10]。23時57分には「パーチ型潜水艦」の右舷後方2,500メートルあまりに接近していたが、魚雷発射の死角に入っていたので、浮上砲戦で「パーチ型潜水艦」を片付けるべく浮上した[10]。ところが、日付が変わった11月17日0時12分、「パーチ型潜水艦」が伊176に気づいたのか反転するそぶりを見せ、伊176は再び潜航[10]。0時20分、伊176は「パーチ型潜水艦」に対して3本の魚雷を発射し、そのうち2本の命中による爆発を確認した[10]。10分後浮上したが、周辺の海上には重油痕があるのみだった[10]

この撃沈された「パーチ型潜水艦」がコーヴィナだった。コーヴィナは日本の潜水艦により沈められた唯一のアメリカ潜水艦であり[7]、日本の潜水艦が敵潜水艦を撃沈したのは3隻目で、これが最後だった[注釈 1]。沈没位置は北緯05度05分 東経151度10分 / 北緯5.083度 東経151.167度 / 5.083; 151.167と記録されている[11]。殊勲の伊176は1944年5月16日、ブカ島北方にて輸送任務中にアメリカ駆逐艦フランクス英語版(USS Franks, DD-554)、ハガード英語版(USS Haggard, DD-555)、ジョンストン英語版(USS Johnston, DD-557)の攻撃で撃沈された。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 他は伊号第六六潜水艦(伊66)が1941年12月25日にクチン沖で撃沈したオランダ潜水艦のK-16と、伊号第二五潜水艦(伊25)が1942年10月11日にアメリカ西海岸で誤認撃沈したソ連海軍のL-16。ちなみに、伊25を除く他の5隻の艦番号の末尾が「6」で揃っている(#木俣敵潜1989p.86)。

出典[編集]

参考文献[編集]

外部リンク[編集]


座標: 北緯05度05分 東経151度10分 / 北緯5.083度 東経151.167度 / 5.083; 151.167