ケビン・クーズマノフ
| カンザスシティ・ロイヤルズ(マイナー) | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1981年7月25日(30歳) |
| 身長 体重 |
6' 1" =約185.4cm 210 lb =約95.3kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 三塁手 |
| プロ入り | 2003年 MLBドラフト6巡目(全体168位)でクリーブランド・インディアンスから指名 |
| 初出場 | 2006年9月2日 レンジャーズ戦 |
| 年俸 | $4,750,000(2011年)[1] |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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ケビン・クーズマノフ(Kevin Kouzmanoff, 1981年7月25日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ニューポートビーチ出身のMLBカンザスシティ・ロイヤルズのマイナーに所属のプロ野球選手(三塁手)。右投右打。
マケドニア系アメリカ人であるが、名前の響きからかクラッシン・ロシアン(The Crushin' Russian)という愛称がある[2]。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入りとマイナー時代
2003年にクリーブランド・インディアンスからドラフト6巡目(全体168位)指名を受け入団。
2006年に、マイナーリーグで打率.379・22本塁打を記録した。
[編集] メジャー昇格とインディアンズ時代
怪我で離脱中だった主砲トラビス・ハフナーの代役としてメジャー昇格。9月2日のレンジャーズ戦に7番・指名打者として先発しメジャーデビューすると、二死満塁で迎えた第1打席の初球を打って満塁本塁打にした。「メジャー初打席で満塁本塁打」は史上3人目だった(1人目はビル・ダグリビー(フィリーズ)で、1898年4月21日のジャイアンツ戦で記録。2人目はジェレミー・ハーミダ(マーリンズ)で、2005年8月31日のカージナルス戦で記録している。「初球を打って」となるとクーズマノフが史上初)。その後、シーズン終了まで16試合に出場し、打率.214ながら全12安打の半分近い5本が長打と、パワーを発揮した。
[編集] サンディエゴ・パドレス時代
シーズン終了後、クーズマノフはジョシュ・バーフィールドとのトレードで、アンドリュー・ブラウンとともにサンディエゴ・パドレスに移籍した。この年パドレスは、防御率リーグ1位の投手陣の活躍で地区優勝しているものの打線が貧弱だったため、強打者の獲得を補強の最優先事項としていた[3]。またこの年は三塁手を固定できず、ビニー・カスティーヤやジェフ・ブラムなど6選手を起用したが、計18失策は全ポジション中最多だった[2]。これらの課題を解決する「強打の三塁手」としてクーズマノフに目をつけたパドレスは、150試合に出場して打率.280・13本塁打・58打点・21盗塁という成績を残したバーフィールドを交換相手にしてトレードを成立させた。
チーム内からはクーズマノフをギャレット・アトキンスやジェイソン・ベイらと比する声もあがっていたが、人気選手のバーフィールドを放出したトレードはファンにとっては不評だった[4]。こうして迎えた2007年は、開幕から正三塁手としてプレイしたが、4月終了時点で打率.113という極度の不振に陥る。しかし5月に月間打率.303を記録し復調すると、後半戦には打率.317を記録するなど結果を残し、ポストシーズン進出争いが激しくなっていたシーズン最後の10試合中9試合で3番打者として先発出場するなど、チームの主軸となった。
[編集] オークランド・アスレチックス時代
2010年1月16日に、マイナー選手1名とともにスコット・ヘアストン、アーロン・カニンガムとのトレードでオークランド・アスレチックスに移籍。開幕から4番で起用され、守備ではDRS13を残したが、打撃では打率.247、16本塁打、OPS.679と低迷。特に四球が少なく出塁率.283を記録した他、得点圏打率.214とチャンスでの凡退が多かった。
2011年は46試合の出場で打率.247、4本塁打、OPS.615と不振に陥り、6月10日に40人枠から外れた。
[編集] コロラド・ロッキーズ時代
トレードで8月23日にコロラド・ロッキーズに移籍。
2012年1月13日、カンザスシティ・ロイヤルズとマイナー契約を結んだ。
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2006 | CLE | 16 | 61 | 56 | 4 | 12 | 2 | 0 | 3 | 23 | 11 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | 12 | 3 | .214 | .279 | .411 | .690 |
| 2007 | SD | 145 | 534 | 484 | 57 | 133 | 30 | 2 | 18 | 221 | 74 | 1 | 0 | 2 | 6 | 32 | 2 | 10 | 94 | 9 | .275 | .329 | .457 | .786 |
| 2008 | 154 | 668 | 624 | 71 | 162 | 31 | 4 | 23 | 270 | 84 | 0 | 0 | 0 | 6 | 23 | 3 | 15 | 139 | 14 | .260 | .299 | .433 | .732 | |
| 2009 | 141 | 573 | 529 | 50 | 135 | 31 | 1 | 18 | 222 | 88 | 1 | 0 | 0 | 6 | 27 | 3 | 11 | 106 | 25 | .255 | .302 | .420 | .722 | |
| 2010 | OAK | 143 | 586 | 551 | 59 | 136 | 32 | 1 | 16 | 218 | 71 | 2 | 1 | 0 | 5 | 24 | 2 | 6 | 96 | 20 | .247 | .283 | .396 | .679 |
| 2011 | 46 | 149 | 136 | 13 | 30 | 6 | 0 | 4 | 48 | 17 | 2 | 0 | 0 | 4 | 8 | 0 | 1 | 27 | 2 | .221 | .262 | .353 | .615 | |
| COL | 27 | 108 | 98 | 11 | 25 | 5 | 0 | 3 | 39 | 16 | 0 | 0 | 0 | 1 | 4 | 1 | 5 | 19 | 2 | .255 | .315 | .398 | .713 | |
| '11計 | 73 | 257 | 234 | 24 | 55 | 11 | 0 | 7 | 87 | 33 | 2 | 0 | 0 | 5 | 12 | 1 | 6 | 46 | 4 | .235 | .284 | .372 | .656 | |
| 通算:6年 | 672 | 2679 | 2478 | 265 | 633 | 137 | 8 | 85 | 1041 | 361 | 6 | 1 | 2 | 28 | 123 | 11 | 48 | 493 | 75 | .255 | .300 | .420 | .720 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 脚注
- ^ “Kevin Kouzmanoff Stats, News, Pictures, Bio, Videos” (英語). ESPN.com. 2011年10月12日閲覧。
- ^ a b Corey Brock / MLB.com, "Notes: Kouzmanoff catches praise / Known for his big bat, Padres third baseman flashing leather," The Official Site of The San Diego Padres, March 7, 2007. 2008年3月20日閲覧。
- ^ 三浦勝夫 「全30球団チーム別シーズン総括 サンディエゴ・パドレス/SD 投手陣の奮闘により2年連続地区優勝」 『月刊スラッガー』2007年1月号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌15509-1、83頁。
- ^ Tom Krasovic, "On Kooz control," The San Diego Union-Tribune, February 23, 2007. 2008年9月17日閲覧。
[編集] 外部リンク
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube