ウルビーノ公国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ウルビーノ公国 (Ducato di Urbino)
首都
設立 1443年 (教皇エウゲニウス4世がオッダントーニオ2世・ダ・モンテフェルトロを公に任命)
独立国家 1443年 - 1631年
教皇国家へ併合 1631年 (教皇ウルバヌス8世がウルビーノ公国行政区を設立)

ウルビーノ公国イタリア語:Ducato di Urbino)は、1443年から1631年まで、現在のイタリアマルケ州北部に存在した国家である。

設立[編集]

Ducatus Urbini Nova Et Exacta Descriptio, 1606 di Giovanni Battista Urints
edita in Theatrum Orbis Terrarum di Abramo Ortelio, アントウェルペン, 1608年, デュイスブルク
(381x487mm, Cartoteca storica delle Marche)

ウルビーノ公国の誕生は1443年エウゲニウス4世オッダントーニオ2世・ダ・モンテフェルトロウルビーノ公に任命した時に遡る。ウルビーノの街は国家の首都となり、イタリアのルネサンスの中心の一つになる準備がなされた。1523年にペーザロに遷都されると衰退が始まった。

境界[編集]

設立時のウルビーノ公国は、東をアドリア海、西をフィレンツェ共和国、残りは教皇国家と接していた。

略歴[編集]

1213年に設立されたウルビーノ伯は教皇によりウルビーノ公とされ、公国はモンテフェルトロ家により統治された。その後、国家はデッラローヴェレ家が引継ぎ、1631年にウルバヌス8世(1623年-1644年)によりウルビーノ公国行政区(レガツィオーネ)として教皇国家に併合されるまで存在した。18世紀にはウルビーノ行政区は教皇国家のただの県となった。

ウルビーノ伯と公の系譜[編集]

モンテフェルトロ(ウルビーノ伯)[編集]

モンテフェルトロ(ウルビーノ公)[編集]

デッラ・ローヴェレ(ウルビーノ公)[編集]

脚注[編集]

  1. ^ デッラ・ローヴェレの美術的な収集品はフェルディナンド2世・デ・メディチの妻のヴィットーリア・デッラ・ローヴェレが相続人し大部分をフィレンツェに移送した。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]