ローマ共和国 (19世紀)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
- ローマ共和国
- Repubblica Romana
-
← 
1849年2月8日 - 1849年6月29日
→
(国旗) - 国の標語: DIO E POPOLO
(イタリア語: 神と人民) -
公用語 イタリア語 首都 ローマ - 元首等
-
xxxx年 - xxxx年 不明 - 変遷
-
不明 xxxx年xx月xx日
ローマ共和国(ローマきょうわこく)は、1849年に一時的にイタリアのローマを中心に存在した政府である。
1848年のフランス二月革命の影響で建国。1848年11月にローマ教皇ピウス9世がローマを脱出し、教皇国家の首相ペッレグリーノ・ロッシが暗殺された後の無政府状態になっていたローマで、革命により1849年2月9日に樹立した。ジュゼッペ・マッツィーニ、アウレリオ・サッフィ(Aurelio Saffi)、カルロ・アルメッリーニ(Carlo Armellini)の3人が三頭執政官となった。
しかし、同じ1849年のジュゼッペ・ガリバルディなどのローマ防衛軍は、ジャニコロ丘の戦いにおいて一時フランス軍を撃退するが、抵抗もむなしく7月3日にルイ=ナポレオン(後のナポレオン3世)率いるフランス軍に降伏した。
| この「ローマ共和国 (19世紀)」は、イタリアの歴史関連の書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています。(PJイタリア/P:イタリア) |