中央統合諸州

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
中央統合州
Province Unite del Centro Italia
サルデーニャ王国の属国

 

 

 

1859年–1860年

国旗

The United Provinces of Central Italy (green).
首都
言語 イタリア語
政治機構 属国
総督 カルロ・ボン・コンパーニ
歴史
 - 革命 1859年12月8日
 - 併合 1860年3月22日

中央統合諸州あるいは中央イタリア連合中央イタリア連盟あるいは中央イタリア総督府: Province Unite del Centro Italia)は、イタリア中部に短期間存在した、サルデーニャ王国属国である。この国はイタリア統一運動で打倒されたトスカーナ大公国パルマ公国モデナ公国教皇領によって構成された連合体であった。

1859年8月に、トスカーナ、パルマ、モデナと教皇領のサルデーニャ支持政権は軍事条約のグループに加盟した。1859年11月7日、各国はエウジェニオ・エマヌエーレ・ディ・サヴォイア=ヴィッラフランカを摂政に選んだ。しかしサルデーニャ国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世はこの結果を支持せずに、代わりにカルロ・ボン・コンパーニ英語版をこの地域の外交、軍事問題の責任を負う「中央イタリア総督」に任命した。

1859年12月8日、パルマ、モデナと教皇領はサルデーニャ王国のエミリア州に組み込まれた。1860年3月の住民投票のあと、これらは正式にサルデーニャ王国の統治下に入った。フランス帝国がこれを承認する代償として、サルデーニャ王国はサヴォワニースをフランスに割譲した。

参照[編集]

関連項目[編集]