フェルディナンド4世 (トスカーナ大公)

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トスカーナ大公フェルディナンド4世

フェルディナンド4世イタリア語: Ferdinando IV, 1835年6月10日 - 1908年1月17日)は、トスカーナ大公国最後の大公(在位:1859年 - 1860年)。ロレーナ家(ハプスブルク=ロートリンゲン家)の大公レオポルド2世の長男。母は両シチリアフランチェスコ1世の娘マリア・アントニア

イタリア統一運動の渦中にあって、父の退位により1859年にトスカーナ大公位を継承した。しかし大公国のこれ以上の存続を望まないトスカーナ臨時政府はフェルディナンド4世と対立、翌1860年に大公国の存続の是非を問う国民投票が施行された結果、存続は否決された。フェルディナンド4世は同年3月にやむなく退位、ハプスブルク=ロートリンゲン家本家を頼ってオーストリアへ亡命した。トスカーナはサルデーニャ王国へと併合され、トスカーナ大公国は名実共にその歴史に幕を降ろした。サルデーニャ王国のイタリア統一によってイタリア王国が成立するのはさらにその翌1861年である。

家族[編集]

大公位継承以前の1856年に、ザクセンヨハンの娘アンナ・マリアと結婚した。アンナ・マリアは1女を生んだ後、1859年に1女を死産し、フェルディナンドが大公位に就く以前に死去した。

  • マリア・アントニエッタ(1858年 - 1883年)

退位後の1868年に、パルマカルロ3世の娘アリーチェと結婚し、5男5女をもうけた(名前はドイツ語名で記す)。

先代:
レオポルド2世
トスカーナ大公
1859年 - 1860年
次代:
先代:
レオポルド2世
ハプスブルク=トスカーナ家家長
1859年 - 1908年
次代:
ヨーゼフ・フェルディナント