イントレピッド (空母)

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USS Intrepid CV-11
艦歴
発注
起工 1941年12月1日
進水 1943年4月26日
就役 1943年8月16日
退役 1974年3月15日
除籍 1982年2月23日
その後 博物館として公開中
性能諸元
排水量 基準:27,100トン
満載:36,380トン
全長 820 ft
全幅 147 ft 6 in
吃水 基準:28 ft 5 in
満載:34 ft 2 in
機関 ウェスティングハウス蒸気タービン4機, 4軸, 150,000 shp
最大速 33ノット
航続距離 20,000海里(15ノット時)
乗員 士官、兵員 2,600名
兵装 二連装38口径5インチ砲4基
単装38口径5インチ砲4基
4連装56口径40mm機関砲8基
単装78口径20mm機関砲46基
搭載機 90 - 100機
エレベーター 中央2基、舷側1基
カタパルト
モットー In Mare In Caelo.

イントレピッドUSS Intrepid, CV/CVA/CVS-11)は、アメリカ海軍航空母艦エセックス級航空母艦の3番艦。その名を持つ艦としては4隻目。太平洋戦争大東亜戦争)ではレイテ沖海戦などに参加、その後マーキュリー計画ジェミニ計画で宇宙船の回収母艦を務め、ベトナム戦争にも参加した。2009年現在はニューヨーク市で博物館として公開されている。

艦歴[編集]

イントレピッドはバージニア州ニューポートニューズニューポート・ニューズ造船所で建造され、第二次世界大戦真っ只中の1943年4月26日にジョン・ハワード・フーヴァー夫人によって命名、進水した。1943年8月16日、トーマス・L・スプレイグ艦長の下就役し、カリブ海で慣熟訓練を行う。太平洋戦線で激戦が続く1944年2月17日トラック島空襲に参加。同日夜、日本軍機の雷撃で魚雷1本が命中して大きな損害を被った。

1944年10月にレイテ沖海戦に参加、10月30日に日本海軍の特攻機が銃座に激突し、10名が死亡、6名が負傷した。乗員による熟練したダメージ・コントロールでまもなく発艦作業を再開する。同年11月25日、2機の特攻機が激突、士官6名と兵員5名が死亡する。艦の推進力には影響が及ばず、2時間以内に消火作業を完了した。

翌1945年には、硫黄島上陸作戦の支援、沖縄戦アイスバーグ作戦)、日本本土空襲作戦に参加。沖縄水上特攻作戦に出撃した戦艦大和以下の日本海軍第二艦隊(第一遊撃部隊)に対する空襲作戦にも参加し、大和の撃沈に貢献した。その間、3月18日と4月16日の二度にわたって神風特別攻撃隊特攻機の体当たり攻撃により損傷したが、沈むことなく無事に終戦を迎えている。1945年8月に日本連合国に対して降伏すると、イントレピッドは8月21日に占領の支援を開始する。12月2日に横須賀を出港、15日にカリフォルニア州サン・ペドロに到着する。

1950年代初期の再就役時に攻撃空母(CVA-11)に艦種変更され朝鮮戦争で使用された。1950年代中期にジェット機対応化やアングルドデッキ付加など近代化改装を受けた。1950年代末期には、対潜水艦作戦支援空母(CVS-11)に艦種変更された。1965年にはジェミニ計画の支援につき、大西洋上で着水した宇宙船ジェミニ3号を回収している。その後、FRAM改装を受け、1966年にはベトナム戦争に投入され、A-4スカイホーク艦上攻撃機などを搭載し、対潜支援空母ながらも軽攻撃空母として使用された。1974年に退役した。

ベトナム戦争参加中の1967年11月、神奈川県横須賀に寄港中の同艦から4人の兵士がベトナムに平和を!市民連合(ベ平連)と反戦脱走兵支援組織の援助により脱走し、スウェーデンに亡命する事件が起きたことでも知られる[1]

海上航空宇宙博物館[編集]

86番桟橋とイントレピッド海上航空宇宙博物館

退役後のイントレピッドを博物館として再利用することが1982年8月に決定されると、船体はニューヨーク市マンハッタン中心部西46番通り (West 46th Street) の西端でハドソン川に張り出している86番桟橋 (Pier 86) に係留され、イントレピッド海上航空宇宙博物館 (Intrepid Sea-Air-Space Museum) として生まれ変わり、多くの観光客を集めるマンハッタンの名所のひとつとなった。

しかし築80年以上になる86番桟橋は老朽化が著しく、構造強度の劣化から崩壊の可能性が指摘されると、2006年にはこの86番桟橋を近代的なものに改築するのと同時に、イントレピッドにも補修改修工事を施すためにハドソン川を約8キロメートル下ったニュージャージー州ベイヨンのドライドックへ一時移動させることになった。そこで夏から秋にかけて船体周辺の河床堆積土砂を浚渫し、この年の大潮満潮が最大となる11月6日、タグボートが6隻でイントレピッドの曳航を試みたが、24年間に予想以上に堆積していた土砂にスクリューとられて離岸直後に座礁してしまった。このため一時は船体を解体して撤去する可能性までもが取り沙汰されたが、海軍および陸軍工兵司令部の協力を得て詳細な調査を行ったところ、もう少し堆積土砂を撤去すれば次の大潮満潮時に離礁させることが可能という結論に至り、さらなる浚渫を行った結果、同年12月5日に離礁に成功した。ドックに曳航されたイントレピッドには、飛行甲板の修理、未公開エリアの整備、外装の再塗装などの補修改修工事が施され、2008年秋には新築成った86番桟橋に無事戻され博物館として再オープンした。2014年6月現在では、本艦で運用されていた各種航空機に加え、空母艦載機ではないSR-71ブラックバードや、冷戦期の旧ソ連製のMIG戦闘機、スペースシャトルエンタープライズ超音速旅客機コンコルド等が展示されている。

なお、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件直後には、博物館は一時的に閉鎖され、同事件に関わる米国連邦捜査局(FBI)の臨時のオペレーションセンターとなった。

メディアへの登場[編集]

ドラマ『NY市警緊急出動部隊 トゥルー・ブルー』第7話「スナイパーの標的」では、容疑者が立てこもり、また署長がかつて乗り組んでいた船という設定で登場する。また映画『アイ・アム・レジェンド』では、主人公ロバート・ネビル(ウィル・スミス)が愛犬とゴルフの練習をするシーンで登場する。

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  1. ^ 記録映画『イントレピッドの4人』(1967年、ベ平連製作)
    フジテレビNONFIX『帰ってきた黒人脱走兵――ベ平連25年目の再会』1993年7月13日放送
    朝日放送・驚き ももの木 20世紀『ベ平連・友情の大脱走作戦』1995年8月18日放送
    NHK BS-2『世界 わが心の旅―アメリカ 忘れえぬベトナム戦争、脱走兵たち 』2001年10月14日放送

関連項目[編集]

外部リンク[編集]