アジュディミツオー
| アジュディミツオー | |
|---|---|
2005年12月29日大井競馬場にて、東京大賞典
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| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 2001年6月2日(11歳) |
| 父 | アジュディケーティング |
| 母 | オリミツキネン |
| 生国 | |
| 生産 | 藤川ファーム |
| 馬主 | 織戸眞男 |
| 調教師 | 川島正行(船橋) |
| 厩務員 | 藤川伸也 |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 27戦10勝 |
| 獲得賞金 | 5億9640万3000円 |
アジュディミツオー(Adjudi Mitsuo)とは、日本の競走馬である。
2004年、2005年の東京大賞典を連覇し、地方競馬所属馬として初めてドバイワールドカップに出走した。また、南関東公営競馬の古馬GIを完全制覇している。主戦騎手は内田博幸。馬名は、父馬アジュディケーティングの馬名と、母馬の馬主の名前に由来する。
2004年NARグランプリサラブレッド3歳最優秀馬、および2005年と2006年の同年度代表馬・同サラブレッド4歳以上最優秀馬。
目次 |
[編集] 戦績
[編集] 2、3歳
2003年にデビュー。9月15日のJRA認定競走の2歳新馬戦で石崎隆之が騎乗しデビュー勝ちをしたあと、翌年まで休養する。
2004年、騎手が佐藤隆に乗り替わって、4月13日の3歳戦と5月12日の東京湾カップを勝利し、デビューから土つかずの3連勝で東京ダービーに出走する。東京ダービーではそれまで5戦無敗、それもすべて4馬身以上の着差をつけて勝利していたベルモントストームがいたため単勝2番人気となったが、スタートから先頭に立つ逃げの策で、2着のキョウエイプライドに2馬身2分の1差を付けて勝ち、4連勝で東京ダービーを制した。
その後はジャパンダートダービー4着、黒潮盃3着と敗れ、日本テレビ盃(2着)からは内田博幸に乗り替わる。続くJBCクラシックでアドマイヤドンの2着に善戦すると、年末の東京大賞典では、ジャパンカップダートを勝ったタイムパラドックスやダービーグランプリに勝利したパーソナルラッシュらを破って逃げ切り勝ちをおさめ、地方競馬所属馬では2001年のトーホウエンペラー以来3年ぶり、南関東所属馬では1998年のアブクマポーロ以来6年ぶりに同競走の勝利となった。
[編集] 4歳
東京大賞典の勝利により、地方競馬所属馬として初めて2005年のドバイワールドカップに招待されたが6着に敗れる。その後は検疫などの事情もあり秋まで休養。秋は日本テレビ盃から復帰し3着、武蔵野ステークスでは初めての東京競馬場のコースとスタート地点の芝コースになじめず4着、ジャパンカップダートでは競走中に落鉄する(蹄鉄が外れる)アクシデントもあり10着に大敗する。
冬の東京大賞典では4番人気に甘んじたが、内田博幸の好判断でスタートから先頭に立ち、そのまま逃げ切って2着のシーキングザダイヤに1馬身2分の1差を付け優勝。東京大賞典史上初の連覇を達成した。
[編集] 5歳
2006年、初戦の川崎記念では、東京大賞典2着のシーキングザダイヤが1番人気で、アジュディミツオーは2番人気であったが、スタートから飛び出すとシーキングザダイヤをクビ差で振り切り、統一GI連勝を果たした。次に挑んだフェブラリーステークスでは、スタートの芝コースで少し立ち遅れ、後方からの競馬となってしまい7着に敗北した。
その後、かしわ記念に参戦する予定であったが、調教師の判断でマイルグランプリに出走。道中は2番手追走の競馬となるも、結局は2番手に5馬身差をつけコースレコードで勝利する。続くかしわ記念でもスタートから先頭に立ち、道中はレースの主導権を握り、フェブラリーステークスで先着を許したブルーコンコルドやサカラートを相手に勝利を収める。騎手を務めた内田自身はかしわ記念2連覇となった。
かしわ記念のあと、帝王賞に出走する。この時点において、2005年のJRA賞最優秀ダートホースのカネヒキリとは、2005年の武蔵野ステークス、ジャパンカップダート、2006年のフェブラリーステークスと3回対戦していずれもカネヒキリが先着していたが、南関東の競馬場での初対戦となった本競走では、スタートから先頭に立つと、最後の直線でカネヒキリとの一騎打ちを展開した。本競走未勝利の内田博幸と、連覇のかかった武豊の2名のトップジョッキーの叩きあいは、実況を担当した及川暁の「勝ちたい内田、負けられない武豊」に示されるように激しいものだったが、アジュディミツオーが「2段ロケット」と実況に称された二の脚を使って制し、2分2秒1のコースレコードで優勝した。この一戦は大井競馬を主催する特別区競馬組合が2011年に実施したファン投票企画「TCKベストレース25」で第1位に選ばれている[1]。
帝王賞の勝利によって、同馬は南関東古馬GI完全制覇を達成するとともに、アドマイヤドンに続く史上2頭目、地方所属馬としては初のダートGI5勝を達成している。
その後はJBCクラシックを目指していたが、骨瘤を発症し休養に入る。結局JBCクラシック出走はかなわなかったが、順調に回復し、年末の東京大賞典で復帰を果たした。しかし、先頭を奪えず5着に敗れ同一GI3連覇はならなかった。
[編集] 6歳
2007年も初戦は川崎記念で、ヴァーミリアンが1番人気、アジュディミツオーは2番人気であった。スタートから逃げる形となっていたが、2周目第4コーナーから最後の直線の入り口にかけてヴァーミリアンにかわされ、最後は6馬身もの差をつけられて2着に敗北し、川崎記念連覇はならなかった。続いてフェブラリーステークスに出走。スタートが苦手な芝コースのため、スタートダッシュがつかず、そのまま14着に敗れた。続いてのかしわ記念では、ブルーコンコルド、サンライズバッカスに続いて3番人気となった。スタートから逃げる展開となったが、直線に向いてからブルーコンコルドに内から詰め寄られ、粘りきれず交わされ2着に敗れた。レース後は休養した。
[編集] 7歳
2008年3月5日のダイオライト記念で復帰するが、6着だった。レース後は休養に入り、この年は1戦のみとなった。
[編集] 8歳 - 引退後
1年の休養を終えて、2009年3月26日のマイルグランプリで復帰。スタートから先頭に立つも、最後の直線でロイヤルボスに交わされ2着に敗れた。続く5月5日のかしわ記念でもスタートから先頭に立ったが、最後の直線で失速し8着に敗れた。その後、6月24日の帝王賞ではデビュー戦以来となる石崎隆之とのコンビで出走したが、10着と大敗した。その後、秋に向けて調整が進められていたが、8月20日の調教中に左後肢の中筋を痛め、関係者で話し合った結果現役を引退することになった。11月18日に船橋競馬場で引退式が行われ、2006年かしわ記念優勝時のゼッケン「2」を付けて内田博幸を鞍上にキャンターで馬場を1周するラストランを行った[2][3]。
2010年からはアロースタッドで種牡馬となっている[2]。2011年度の種付け料は条件にもよるが30 - 50万円。2011年2月2日に初年度産駒が母ミスプロの初仔として誕生しており、競走馬デビューは2013年の予定。
[編集] 競走成績
| 年月日 | 競馬場 | 競走名 | 格 | 人気 | 倍率 | 着順 | 距離 | タイム | (上3F) | 騎手 | 勝ち馬/(2着馬) | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2003 | 9. | 15 | 船橋 | 特選2歳新馬 | 1人 | 1.1 | 1着 | ダ1000m(良) | 1:00.9 | (37.7) | 石崎隆之 | (アイディングロウ) | |
| 2004 | 4. | 13 | 船橋 | 3歳 | 1人 | 1.3 | 1着 | ダ1500m(良) | 1:36.4 | (39.2) | 佐藤隆 | (エアーブロッコ) | |
| 5. | 12 | 船橋 | 東京湾カップ* | GIII | 3人 | 4.5 | 1着 | ダ1800m(稍) | 1:52.2 | (39.2) | 佐藤隆 | (ゼレンカ) | |
| 6. | 3 | 大井 | 東京ダービー* | GI | 2人 | 4.8 | 1着 | ダ2000m(良) | 2:05.2 | (39.2) | 佐藤隆 | (キョウエイプライド) | |
| 7. | 8 | 大井 | ジャパンDダービー | GI | 1人 | 4着 | ダ2000m(良) | 2:05.2 | (38.5) | 佐藤隆 | カフェオリンポス | ||
| 8. | 4 | 大井 | 黒潮盃* | GII | 1人 | 3着 | ダ1800m(良) | 1:53.6 | (39.3) | 佐藤隆 | キョウエイプライド | ||
| 9. | 23 | 船橋 | 日本テレビ盃 | GII | 4人 | 2着 | ダ1800m(不) | 1:49.8 | (36.0) | 内田博幸 | ナイキアディライト | ||
| 11. | 3 | 大井 | JBCクラシック | GI | 6人 | 2着 | ダ2000m(稍) | 2:02.6 | (37.0) | 内田博幸 | アドマイヤドン | ||
| 12. | 29 | 大井 | 東京大賞典 | GI | 3人 | 3.6 | 1着 | ダ2000m(重) | 2:02.6 | (37.2) | 内田博幸 | (ユートピア) | |
| 2005 | 3. | 26 | UAE | ドバイワールドC | GI | - | - | 6着 | ダ2000m(良) | 2:04.7 | 内田博幸 | Roses in May | |
| 9. | 23 | 船橋 | 日本テレビ盃 | GII | 2人 | 3着 | ダ1800m(良) | 1:53.1 | (39.6) | 内田博幸 | サカラート | ||
| 10. | 29 | 東京 | 武蔵野S | GIII | 5人 | 19.1 | 4着 | ダ1600m(良) | 1:35.9 | (37.4) | 内田博幸 | サンライズバッカス | |
| 11. | 26 | 東京 | ジャパンCダート | GI | 4人 | 11.2 | 10着 | ダ2100m(良) | 2:10.5 | (39.0) | 内田博幸 | カネヒキリ | |
| 12. | 29 | 大井 | 東京大賞典 | GI | 4人 | 5.1 | 1着 | ダ2000m(良) | 2:03.1 | (37.5) | 内田博幸 | (シーキングザダイヤ) | |
| 2006 | 1. | 25 | 川崎 | 川崎記念 | GI | 2人 | 2.7 | 1着 | ダ2100m(稍) | 2:12.8 | (40.4) | 内田博幸 | (シーキングザダイヤ) |
| 2. | 19 | 東京 | フェブラリーS | GI | 5人 | 13.0 | 7着 | ダ1600m(良) | 1:36.0 | (36.5) | 内田博幸 | カネヒキリ | |
| 4. | 12 | 大井 | マイルグランプリ* | GII | 1人 | 1.4 | 1着 | ダ1600m(不) | R1:37.2 | (38.3) | 内田博幸 | (コアレスタイム) | |
| 5. | 5 | 船橋 | かしわ記念 | GI | 1人 | 1.5 | 1着 | ダ1600m(良) | 1:38.6 | (38.0) | 内田博幸 | (ブルーコンコルド) | |
| 6. | 28 | 大井 | 帝王賞 | GI | 2人 | 2.2 | 1着 | ダ2000m(良) | R2:02.1 | (37.0) | 内田博幸 | (カネヒキリ) | |
| 12. | 29 | 大井 | 東京大賞典 | GI | 1人 | 2.2 | 5着 | ダ2000m(稍) | 2:04.6 | (38.6) | 内田博幸 | ブルーコンコルド | |
| 2007 | 1. | 31 | 川崎 | 川崎記念 | JpnI | 2人 | 2.3 | 2着 | ダ2100m(良) | 2:14.2 | (40.2) | 内田博幸 | ヴァーミリアン |
| 2. | 18 | 東京 | フェブラリーS | GI | 7人 | 14.3 | 14着 | ダ1600m(不) | 1:36.4 | (37.3) | 内田博幸 | サンライズバッカス | |
| 5. | 2 | 船橋 | かしわ記念 | JpnI | 3人 | 4.1 | 2着 | ダ1600m(稍) | 1:37.7 | (36.9) | 内田博幸 | ブルーコンコルド | |
| 2008 | 3. | 5 | 船橋 | ダイオライト記念 | JpnII | 5人 | 8.8 | 6着 | ダ2400m(良) | 2:37.2 | (41.9) | 佐藤裕太 | フリオーソ |
| 2009 | 3. | 26 | 大井 | マイルグランプリ | SII | 2人 | 2.4 | 2着 | ダ1600m(重) | 1:39.7 | (39.0) | 内田博幸 | ロイヤルボス |
| 5. | 5 | 船橋 | かしわ記念 | JpnI | 7人 | 32.8 | 8着 | ダ1600m(重) | 1:38.4 | (38.8) | 三浦皇成 | エスポワールシチー | |
| 6. | 24 | 大井 | 帝王賞 | JpnI | 6人 | 27.3 | 10着 | ダ2000m(不) | 2:08.5 | (41.0) | 石崎隆之 | ヴァーミリアン | |
[編集] 血統表
| アジュディミツオーの血統 (ダンジグ系(ノーザンダンサー系)/アウトブリード) | |||
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父
*アジュディケーティング Adjudicating 1987 黒鹿毛 アメリカ |
Danzig 1977 鹿毛 アメリカ |
Northern Dancer 1961 | Nearctic |
| Natalma | |||
| Pas de Nom 1968 | Admiral's Voyage | ||
| Petitioner | |||
| Resolver 1974 鹿毛 アメリカ |
Reviewer 1966 | Bold Ruler | |
| Broadway | |||
| Lovely Morning 1965 | Swaps | ||
| Misty Morn | |||
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母
オリミツキネン 1994 栗毛 北海道静内町 |
*ジャッジアンジェルーチ Judge Angelucci 1983 栗毛 アメリカ |
Honest Pleasure 1973 | What a Pleasure |
| Tularia | |||
| Victorian Queen 1971 | Victoria Park | ||
| Willowfield | |||
| ウサロマン 1978 栃栗毛 北海道三石町 |
*トンピオン Tompion 1957 |
Tom Fool | |
| Sunlight | |||
| ビートフラワー 1969 | *ネヴァービート Never Beat | ||
| グレートフラワー F-No.1-b | |||
- 母系に目立った活躍馬はいない。兄弟は本馬アジュディミツオーのみ地方競馬よりデビューしており、弟妹たちはすべて中央競馬に登録されている。
- オリミツキネンの05は同じアジュディケーティングを父としてもちながらセレクトセールにて5000万円という破格の値段でビッグレッドファームに落札された。同馬はドリームマイスターと名付けられ、セゾンレースホースにて8000万円(400口/1口20万円)で募集された。
[編集] 脚注
- ^ “TCKベストレース25決定!” (日本語). 特別区競馬組合. 2011年8月4日閲覧。
- ^ a b “アジュディミツオー“引退もったないラン””. スポニチ (2009年11月19日). 2009年11月19日閲覧。
- ^ アジュディミツオー引退、そして再出発のとき - web Furlong【クローズアップ】
[編集] 外部リンク
- 地方競馬まるごと- 地方競馬場所属の名馬たち- アジュディミツオー号
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