スワップス

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スワップス
英字表記 Swaps
品種 サラブレッド
性別
毛色 栗毛
生誕 1952年3月1日
死没 1972年11月
カーレッド
アイアンリワード
母の父 ボーペール
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産 レックス・エリズワース
馬主 レックス・エリズワース
調教師 メッシュ・テニー
競走成績
生涯成績 25戦19勝
獲得賞金 84万8900ドル
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スワップス (Swaps) は、アメリカ合衆国競走馬種牡馬1955年ケンタッキーダービー優勝馬で、ライバルであるナシュアマッチレースを行った。

競走馬時代[編集]

1954年5月20日、2歳になったスワップスはアメリカ西海岸ハリウッドパーク競馬場で行われたデビュー戦を優勝した。この年は6戦3勝だが、12月30日サンタアニタパーク競馬場での一般競走では以後主戦騎手となるウィリー・シューメーカーが騎乗するとここから連勝が始まった。

翌年も年明けから3連勝でアメリカ三冠競走第1戦のケンタッキーダービーに駒を進めた。この競走の単勝1番人気は東海岸中心で6連勝中のナシュアであり、2番人気のスワップスはナシュアとの激しい攻防の末、1馬身半差で優勝した。カリフォルニア州生産馬による初優勝でもあった。

スワップスは残る三冠競走には出走せず、西海岸のハリウッドパーク競馬場に戻って連勝を重ね、ナシュアは三冠の残り2競走を快勝していた。8月31日にはワシントンパーク競馬場でこの2頭によるマッチレース(競走名はワシントンパークマッチ)が行われ、今度はナシュアが 6馬身半差で雪辱を果たした。

スワップスの連勝は9で止まったが、その後も西海岸を中心に勝ちまくり、レコードタイム8回(うち世界レコード5回)を記録した。一方のナシュアも東海岸でやはり敵無しの強さであった。スワップスは4歳秋となった1956年9月3日のワシントンパークハンデキャップ1着を最後に、ナシュアも10月13日ジョッキークラブゴールドカップステークス1着を最後に引退した。スワップス25戦19勝、ナシュア30戦22勝。両馬の対戦成績は1勝1敗。

ナシュアは3歳時の1955年に、スワップスは4歳時の1956年にアメリカ年度代表馬(エクリプス賞の前身)を受賞している。

種牡馬時代[編集]

引退後は種牡馬となり当初は生まれ故郷であるカリフォルニア州のレックス・エリズワース所有の牧場で過ごしたが、翌年はケンタッキー州レキシントンのダービーダンファームに移動。晩年の5年間はケンタッキー州のスペンドスリフトファームで過ごし、1972年11月に死亡した。

産駒はシャトーゲイが親子2代でケンタッキーダービーを優勝したほか後に日本に種牡馬として輸入、他には親子2代でアメリカ競馬殿堂入りを果たした牝馬アフェクショネイトリーウッドメモリアルステークスを優勝したノーロバリー、日本のきさらぎ賞を優勝したスピリットスワプス(10勝)などがいる。

1966年にアメリカ競馬殿堂入りした。ナシュアもその前年に殿堂入りしている。

ブラッドホース誌が選出した「20世紀のアメリカ名馬100選」では20位にランキングされた。

血統表[編集]

スワップス血統ハイペリオン系 / Polymelus 4x5=9.38%、 Bay Ronald 5x5=6.25%)

Khaled
1943 鹿毛 イギリス
Hyperion
1930 栗毛 イギリス
Gainsborough Bayardo
Rosedrop
Selene Chaucer
Serenissima
Eclair
1930 鹿毛 イギリス
Ethnarch The Tetrarch
Karenza
Black Ray Black Jester
Lady Brilliant

Iron Reward
1946 鹿毛 アメリカ
Beau Pere
1927 青鹿毛 イギリス
Son-in-law Dark Ronald
Mother In Law
Cinna Polymelus
Baroness La Fleche
Iron Maiden
1941 鹿毛 アメリカ
War Admiral Man O' War
Brushup
Betty Derr Sir Gallahad
Uncle's Lassie F-No.A4

外部リンク[編集]