ファストフレンド

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ファストフレンド
2001年4月30日 笠松競馬場
品種 サラブレッド
性別
毛色 栗毛
生誕 1994年5月12日
アイネスフウジン
ザラストワード
生国 日本北海道門別町
生産 中前義隆
馬主 竹崎大晃
調教師 高市圭二(美浦北
競走成績
生涯成績 38戦15勝
獲得賞金 6億6126万8000円
  

ファストフレンド1994年 - )は日本競走馬である。ダート戦線で活躍し、アイネスフウジンの代表産駒として人気を博した。

馬齢は新表記で統一する。

[編集] 戦歴

デビューは遅く、1997年5月の未勝利戦(芝1600m)に出走し9着だった。これが最初で最後の芝レースとなり、以降はダートに専念する。3戦目で未勝利を勝ち上がり、その後900万条件まではトントン拍子に勝ったがここで成績が頭打ちになり、1998年終了時点では13戦4勝とどこにでもいる条件馬に過ぎなかった。

変わり身を見せたのは5歳となった1999年4月のマリーンカップ。ここで重賞初挑戦を初勝利で飾り、さらにこの年スパーキングレディーカップエンプレス杯クイーン賞に勝ち、年末の東京大賞典でも2着と好走、瞬く間にダート戦線の中心馬となった。

明け6歳となった2000年川崎記念フェブラリーステークスと連続3着の後東海ステークスをレコード勝ちし、帝王賞へと出走。人気薄のドラールアラビアンをハナ差抑えて勝利し、初のGI勝ちを飾る。この後さらにエンプレス杯連覇、東海菊花賞レコード勝ち、東京大賞典で2度目のGI制覇と大活躍。NARグランプリ特別表彰馬に選出された。また、この年施行された第1回ジャパンカップダートでは1番人気に支持されている(結果は5着)。

2001年は精彩を欠き1勝もできなかった。オグリキャップ記念出走時、場内解説を担当した三谷孝司アナウンサーが「ファストフレンドはとどかにゃい(届かない)!!」と実況したことが話題となったことがある。帝王賞11着を最後に現役を引退、繁殖入りした。

[編集] 主な勝ち鞍

重賞9勝中8勝が統一重賞であり、地方遠征に強い馬だった。


[編集] 血統表

ファストフレンド血統  ダークロナルド系/Lady Angela5×4=9.38% Norseman5×5=6.25% Hyperion5×5=6.25%)

アイネスフウジン
1987 黒鹿毛
*シーホーク
Sea Hawk
1963 芦毛
Herbager Vandale
Flagette
Sea Nymph Free Man
Sea Spray
テスコパール
1976 栗毛
*テスコボーイ
Tesco Boy
Princely Gift
Suncourt
ムツミパール *Montaval
マサリュウ

ザラストワード
1987 鹿毛
*ノーザンテースト
Northern Taste
1971 栗毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Lady Vicrotia Victoria Park
Lady Angela
グロリアウェーブ
1978 黒鹿毛
*シルバーシャーク
Silver Shark
Buisson Ardent
Palsaka
*ブルーウェーブ Neanderthal
Capriann F-No.2-b