コンサートボーイ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

コンサートボーイ
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1992年4月29日
カコイーシーズ
コンサートダイナ
母の父 ハンターコム
生国 日本北海道門別町
生産 船越三弘
馬主 船越三弘
→ 森杉茂
→ 黛大介
調教師 堂山芳則北海道
→ 鈴木敏一(川崎
→ 栗田繁(大井
競走成績
生涯成績 39戦11勝
獲得賞金 5億645万円
  

コンサートボーイ(Concert Boy)は公営ホッカイドウ競馬川崎競馬場大井競馬場に所属していた日本競走馬

目次

[編集] 戦績

1994年7月、旭川競馬場で2着馬に1秒8もの大差をつける圧勝でデビュー。その後6戦3勝という成績を残して川崎・鈴木敏一厩舎に移籍した。

1995年の南関東クラシック戦線ではヒカリルーファス(浦和)・ジョージタイセイ(大井)と三つ巴の争いを展開するが、羽田盃ではヒカリルーファスの2着、東京ダービーではジョージタイセイの2着に敗れる。その後コンサートボーイは大井・栗田繁厩舎へ移籍して南関東クラシック最後のタイトルである東京王冠賞の獲得を狙ったが、伏兵ツキフクオーにゴール寸前で差されクビ差の2着となり、「南関東クラシック3冠全て2着」という不名誉な記録を作ることとなった。

1996年には石崎隆之に乗り替わって報知グランプリカップ・金盃マイルグランプリと重賞を3連勝して実力を見せつけたものの、その年の帝王賞ホクトベガの前にブービー負けを喫して以降は勝ち星から見放され、「善戦はするものの未勝利」という時期が続いた。

1997年のマイルグランプリでは内田博幸の騎乗で1年ぶりの勝ち星を挙げて復活を果たしたが、帝王賞の枠順発表前日に内田が落馬事故を起こして騎乗停止処分を受け、急遽的場文男の騎乗で帝王賞に臨むことになった。的場はそれまで追い込み一辺倒だったコンサートボーイを先行させる積極策でアブクマポーロの追撃を振り切り、この年から導入された統一グレードGIレースの初代王者となった。

その後は故障がちとなって順調さを欠いたものの、この年のグランドチャンピオン2000でアブクマポーロの2着に入り、アマゾンオペラ(同レースに出走し6着)を抜いて、当時の地方競馬獲得賞金ランキングの歴代1位(4億2575万円)に立った[1]。勝ち星としては、1998年の東京記念でサプライズパワーとのマッチレースを制したのが最後となった。

2000年1月10日の東京シティ盃で8着したのを最後に引退。大井競馬所属時代に獲得した収得賞金は4億4120万円で、これは大井競馬史上歴代1位である。コンサートボーイの偉業を称え、大井競馬場では引退式が行なわれた。現在は種牡馬となっている。

[編集] 主な産駒

[編集] 血統表

コンサートボーイ血統  (アリダー系(レイズアネイティヴ系)/Nasrullah5×4=9.38%)

*カコイーシーズ
Cacoethes
1986 鹿毛
Alydar
1975 栗毛
Raise a Native Native Dancer
Raise You
Sweet Tooth On-and-On
Plum Cake
Careless Notion
1970 鹿毛
Jester Tom Fool
Golden Apple
Miss Uppity Nasrullah
Nursery School

コンサートダイナ
1982 栗毛
*ハンターコム
Huntercombe
1967 黒鹿毛
Derring-Do Darius
Sipsey Bridge
Ergina Fair Trial
Ballechin
コンサーテイスト
1971 栗毛
Supreme Sovereign Sovereign Path
Valtellina
Chambord Chamossaire
Life Hill F-No.3-o

[編集] 脚注

  1. ^ 1位であった期間は短く、翌年5月にはアブクマポーロにその座を譲ることとなる。

[編集] 外部リンク