高橋一彦

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高橋 一彦
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 群馬県
生年月日 (1961-06-12) 1961年6月12日(56歳)
身長
体重
182 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1985年 ドラフト2位
初出場 1986年4月5日
最終出場 1991年8月25日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

高橋 一彦(たかはし かずひこ、1961年6月12日 - )は、元プロ野球選手投手)。

来歴・人物[編集]

前橋工業高では外野手として小川博、番場覚らの投手陣を擁し、1979年春夏の甲子園に出場。春の選抜では2回戦で川之江高に敗退[1]夏の選手権は3回戦に進むが、比叡山高に敗れる[2]

高校卒業後は日本石油に進み、投手に転向。1982年都市対抗野球に出場し、1回戦で先発するが川崎重工に敗退。1984年都市対抗野球では日産自動車の補強選手として出場。2回戦ではプリンスホテルを相手に好リリーフを見せ勝利投手となる。準々決勝では先発して新日本製鐵大分に勝利、決勝でも登板し日本鋼管を降し優勝を飾る[3]。この時のチームメートに大野久がいた。1985年日本選手権では2回戦でNTT東北を完封、準々決勝に進むが神戸製鋼の山本泰之と投げ合い惜敗。この大会では優秀選手に選出された。

1985年のプロ野球ドラフト会議横浜大洋ホエールズから2位指名を受け入団。フォークボールと低めに制球された直球を武器とし、当時低めのストライクゾーンを拡大して導入された新ストライクゾーンに最適の投手として、「新ストライクゾーンの申し子」と呼ばれた。1986年オープン戦ではルーキー大賞を受賞するなど期待された。

同年は開幕第2戦で先発デビューするなど当初は先発陣に入るが、球威不足で思ったほどの成績は挙げられず、その後は主に中継ぎとして起用される。10月12日の中日ドラゴンズ戦では同年引退した谷沢健一に対して押し出しの四球を与えチームもサヨナラ負けに終わっている。2年目の1987年にはチーム最多の51試合に登板したが、翌年は1試合登板のみに終わる。1989年オフ、成田幸洋との交換トレードで西武ライオンズに移籍。だが、西武でも1勝を挙げただけにとどまり、1991年限りで引退した。

1986年6月3日広島東洋カープ戦で、1イニング11被安打のセ・リーグタイ記録を作った。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1986 大洋 27 7 0 0 0 2 5 1 -- .286 259 59.2 62 10 15 2 2 47 3 0 40 29 4.37 1.29
1987 51 1 0 0 0 3 1 1 -- .750 359 79.0 97 18 33 5 0 56 2 0 53 47 5.35 1.65
1988 1 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 4 0.1 2 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0.00 9.00
1989 6 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 56 12.2 12 2 7 0 0 4 0 0 4 4 2.84 1.50
1990 西武 13 1 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 110 28.0 23 5 10 0 0 13 1 0 13 12 3.86 1.18
1991 5 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 30 7.0 9 3 1 0 1 6 0 0 5 5 6.43 1.43
通算:6年 103 9 0 0 0 6 6 2 -- .500 818 186.2 205 38 67 7 3 126 6 0 115 97 4.68 1.46

記録[編集]

背番号[編集]

  • 12 (1986年 - 1989年)
  • 19 (1990年 - 1991年)

脚注[編集]

  1. ^ 「選抜高等学校野球大会60年史」毎日新聞社編 1989年
  2. ^ 「全国高等学校野球選手権大会70年史」朝日新聞社編 1989年
  3. ^ 「都市対抗野球大会60年史」日本野球連盟 毎日新聞社 1990年

関連項目[編集]