額田町

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ぬかたちょう
額田町
廃止日 2006年1月1日
廃止理由 編入合併
額田町→岡崎市
現在の自治体 岡崎市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
額田郡
団体コード 23502-4
面積 160.27km2
総人口 9,088
2005年12月1日
隣接自治体 岡崎市豊川市豊田市新城市宝飯郡音羽町、宝飯郡一宮町
町の木 クロガネモチ
町の花 ササユリ
町の鳥 ウグイス
額田町役場
所在地 444-3696
愛知県額田郡額田町大字樫山字山ノ神21-1
外部リンク 額田町Internet Archive
座標 北緯34度55分9秒
東経137度17分29秒
特記事項 岡崎市額田支所(旧・額田町役場)
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額田町(ぬかたちょう)は、愛知県のほぼ中央、額田郡(ぬかたぐん)にあった1956年昭和31年)、豊富村宮崎村形埜村下山村(一部)の4村が合併し町制施行。2006年平成18年)1月、岡崎市に編入。

概要[編集]

古くから源氏足利氏などの豪族と関わりの深い土地であり、天恩寺などがそれの代表である。

製造品出荷額(2002年)は1023億6209万円(工業統計)で、主な産業輸送機器金属製品食料品窯業土石である。矢作川水系のうち男川流域は片麻岩系、北部の乙川流域は花崗岩系で、前者の桜井寺には珪石鉱業が、乙川流域の形埜・下山地区は花崗岩採掘、石灯籠加工などが盛んである。林産物で磨(みがき)丸太、間伐材活用品、シイタケなどの生産品がある。現在ではゲンジボタル保全から旧鳥川小学校の校舎を使い鳥川ホタル保全会が環境保全活動をしている。額田工業団地の造成により、製造業の発展もみられる。旧町域の約9割が山地であり、人口2005年国勢調査時に9,103人。

観光拠点にくらがり渓谷石原)、かおれ渓谷桜形)、おおだの森夏山、鬼沢)、岡崎市こども自然遊びの森 わんPark淡渕)、愛知県野外教育センター千万町)、本宮山などがある(千万町茅葺屋敷は2014年3月に閉鎖)。地上デジタル放送送信設備豊橋中継局が町内(本宮山山頂)にある。

地理[編集]

東西13.1km、南北15.0kmのほぼ平行四辺形型をしている。面積は160.25km2

位置[編集]

三河山地の南西部に位置する額田町は、岡崎市の東部を占める地区であり、名古屋市から約46kmの距離にある。西から時計回りに岡崎市豊田市新城市豊川市が隣接する。

地形[編集]

町北部を流れる乙川、町南部を流れる男川(いずれもおとがわ)の2つの河川を中心に22の河川が存在し、それによって谷底平野を形成している。それによりの斜面は急になっている。町内の河川は一部区域を除いて男川漁業協同組合漁業権を持っている。

町の全域が三河高原からなる山林森林スギヒノキマツなどの針葉樹の美林が多く、町の西部から東部に向かって丘陵が続き、町の最東部には額田町最高峰、本宮山(標高789m)や千万町地区の巴山(標高719m)など、著名な山が存在する。これにより河川は必然的に西に流れ、流路は東西方向になる。その流域には集落が点在したため、道路も東西交通路が古くより発達した。町北部の大沼街道挙母街道や南部を通る作手街道は、ほとんど東西方向の街道である。また大字切山にはうつぎ坂と呼ばれる自然地名がある。

町内での山地の面積の割合は約87%。それ以外の土地は住宅地の他に、水田畑地として使われている。耕地面積は、7.49km2で全体の4.7%であり、そのうち水田が全体の3.6%畑が全体の1.1%である。おもな農産物の生産は、宮崎茶()や千万町のコンニャクイモ(コンニャク)、花木果樹クワなどを栽培している。

道路の峡部など道路状況が悪い箇所が多く、岡崎市街と比べると交通が不便で、子供若者の流出による人口減少、過疎が進展している状況にある。

河川[編集]

乙川水系

男川水系

その他

気候[編集]

例年、年平均気温は15.2℃、最高気温は32℃、最低気温は-4℃、年間総降水量は1750mmほどである。

年平均降水量

年(昭和 形埜小学校男川水系 宮崎小学校男川水系
38〜47 1597mm 1676mm
48〜57 1644mm 1992mm

※旧建設省豊橋工事事務所調査

歴史[編集]

室町時代や、戦国時代に額田に日近城など多くの山城が建造され、額田三大合戦と言われる日近合戦雨山合戦滝山合戦などの大きな戦いも起こった。奥平氏には奥平氏の重臣12家のうち6家が額田に在住した。

町内には多くの寺院神社が在り大字片寄字山下の天恩寺にある山門・仏殿は国指定の重要文化財。他にも多数の仏殿などが指定文化財に指定されている。旧町域には中世以前宝飯郡であった地区(大代・雨山・河辺・栃原)がある。

沿革[編集]

明治4年以前 明治5年 - 7年 明治8年 - 11年 明治12年 - 22年 明治22年10月1日 明治23年 - 39年 明治39年 - 45年 大正元年 - 15年 昭和元年 - 31年 昭和31年 - 64年 平成元年 - 17年 平成17年 - 18年 平成19年 - 現在 現在
柳田村 柳田村 柳田村 桜形村 形埜村 形埜村 形埜村 形埜村 形埜村 昭和31年9月30日
額田町
額田町 額田町 平成18年1月1日
岡崎市に編入
岡崎市
名ノ内村 名ノ内村 名ノ内村
麻生村 麻生村 麻生村
鍛冶屋村 鍛冶屋村 鍛冶屋村 鍛埜村
大林村 大林村 大林村
土村 土村 土村
南須山村 南須山村 南須山村 南大須
大山村 大山村 大山村
法味村 法味村 法味村 大高味村
高薄村 高薄村 高薄村
大河村 大河村 大河村
竹澤連村 竹澤連村 竹澤連村 井澤村
笠井村 笠井村 笠井村
上毛呂村 明治5年
毛呂村
毛呂村 毛呂村
下毛呂村
小楠村 小楠村 小楠村 小久田村
桃ヶ久保村 桃ヶ久保村 桃ヶ久保村
赤田輪村 赤田輪村 赤田輪村
切山村 切山村 切山村 切山村
亀穴村 亀穴村 亀穴村 亀穴村 宮崎村 宮崎村 宮崎村 宮崎村 宮崎村
石原村 石原村 石原村 石原村
明見村 明見村 明見村 明見村
中金村 中金村 中金村 中金村
大代村 大代村 大代村 大代村
雨山村 雨山村 雨山村 雨山村
河辺村 河辺村 明治9年
河原村
河原村
栃原村 栃原村
千万町村 千万町村 千万町村 千万町村 巴山村 明治23年12月17日
改称 栄枝村 
明治39年5月1日
宮崎村に編入
木下村 木下村 木下村 木下村
平針村 平針村 平針村 夏山村 明治39年5月1日
豊富村
豊富村 豊富村
寺平村 寺平村 寺平村
鬼沢村 鬼沢村 鬼沢村
寺野村 寺野村 寺野村
柿平村 柿平村 明治8年
柿平村
井ノ口村 井ノ口村
細野村 細野村 細光村 細光村 高富村 高富村
光久村 光久村
片寄村 片寄村 片寄村 片寄村
滝尻村 滝尻村 滝尻村 滝尻村
淡淵村 淡淵村 淡淵村 淡淵村
鳥川村 鳥川村 鳥川村 鳥川村
樫山村 樫山村 樫山村 樫山村 豊岡村 豊岡村
桜井寺村 桜井寺村 桜井寺村 桜井寺村
桜井寺村 桜井寺村 桜井寺村 桜井寺村
鹿勝川村 鹿勝川村 鹿勝川村 鹿勝川村
下衣文村 下衣文村 下衣文村 下衣文村
保久村 保久村 保久村 保久村 額田郡下山村 額田郡下山村 額田郡下山村 額田郡下山村 額田郡下山村
中保久村 中保久村 中保久村 中伊村
伊賀谷村 伊賀谷村 伊賀谷村
外山村 外山村 外山村 外山村
一色村 一色村 一色村 一色村
冨尾村 冨尾村 冨尾村 冨尾村
上田代村 上田代村 上田代村 田折村 昭和31年9月30日
東加茂郡下山村に編入
東加茂郡下山村 平成17年4月1日
豊田市に編入
豊田市 豊田市
折地村 折地村 折地村
田代村 田代村 田代村 田代村
蕪木村 蕪木村 蕪木村 蕪木村
蘭村 蘭村 蘭村 蘭村
東加茂郡下山村 東加茂郡下山村 東加茂郡下山村 東加茂郡下山村 東加茂郡下山村 明治39年7月1日
東加茂郡下山村
東加茂郡下山村 東加茂郡下山村 東加茂郡下山村 東加茂郡下山村
東加茂郡大沼村 東加茂郡大沼村 東加茂郡大沼村 東加茂郡大沼村 東加茂郡大沼村
東加茂郡富義村 東加茂郡富義村 東加茂郡富義村 東加茂郡富義村 東加茂郡富義村

行政[編集]

姉妹都市・友好都市[編集]

姉妹都市提携等を結んでいる地方自治体は存在しない。

経済[編集]

製造品出荷額(2002年)は1023億6209万円(工業統計)で、主な産業は輸送機器、金属製品、食料品、窯業土石である。

町の業種別工業出荷額の推移

  • ×は公表を差し控えた企業、-は生産しない企業
  • 昭和57年・昭和59年は従業員4人以上の工場の合計金額
産業 昭和47 昭和49 昭和51 昭和53 昭和55 昭和57 昭和59
食料品 10518 13857 17478 71617 262755 349314 333100
繊維工業 14264 15315 28855 30791 48693 20900 19200
衣類身回り品 × × 1761 23054 39046 × 38800
木材製品 22622 40434 40738 30059 44070 45813 45400
家具装飾品 × 12249 × - - × 6400
出版印刷 - - - × - - 1500
化学工業 - - - - - × 43000
窯業・土石製品 48068 101931 79430 116441 150828 723882 107400
鉄鋼業 - - - × 990686 × 991900
金属製品 785 3519 253913 516086 159136 459962 681000
機械 105603 208151 24258 35548 402252 71214 160600
電気機械 × × × 8269 × - 700
輸送機械 52055 106794 296559 508306 678473 668600 1040000
その他 × × × × - - 991100
総額 261105 513371 767276 1362374 2427569 3316509 4380100

工業[編集]

施設[編集]

簡易水道[編集]

町内全域では簡易水道を使用し、水道水を供給している。

建設は桜形簡易水道に始まり、南部簡易水道、宮崎簡易水道、夏山簡易水道、保久簡易水道、北部簡易水道が完成し、使用されている。

男川水系水道施設概要

施設名 計画1日最大供給量(m3 計画給水人口(人) 設置年度
牧原簡易給水施設 7.05 47 昭和46年
室合内簡易給水施設 7.0 35 昭和58年
宮崎簡易水道 258.0 997 昭和53年
南部簡易水道 2120.0 4370 昭和49年〜昭和51年
河原簡易給水施設 12.0 80 昭和50年
大代簡易給水施設 14.7 98 昭和47年
夏山簡易水道 114.0 532 昭和54年
寺野飲料水供給施設 18.4 92 昭和55年
2551.15 6251

乙川水系水道施設概要

施設名 計画1日最大供給量(m3 計画給水人口(人) 設置年度
木下飲料水供給施設 14.85 99 昭和51年
桜形簡易水道 100.0 540 昭和46年〜昭和47年
北部簡易水道 300.0 760 昭和59年〜昭和60年
小楠簡易給水施設 6.75 45 昭和51年
保久簡易水道 66.0 269 昭和56年〜昭和57年
487.60 1713

地域[編集]

大字・字[編集]

樫山
牧平
桜井寺
下文衣
鹿勝川
片寄
細光
滝尻
淡渕
夏山
鳥川
宮崎
石原
中金
明見
千万町
木下
大代
雨山
河原
桜形
鍛埜
南大須
大高味
井沢
毛呂
小久田
切山
保久
中伊(東)
中伊(西)
一色
外山
冨尾

教育[編集]

小学校は、豊富小学校を除けば児童数は少ない。額田中学校に全児童が入学する。近隣の通学範囲内にある生徒を除き、学校に併設された寮(岡崎市立額田中学校寄宿舎、通称敬信寮)に入寮する。

中学校

小学校

保育園

交通[編集]

町内に鉄道は走っていないため、自動車・バスが主な移動手段である。

道路[編集]

鉄道[編集]

バス路線[編集]

名鉄バス

町バス

  • 額田地域内交通
    • ささゆりバス(下山地区。豊栄交通に運行委託)
      • 岡崎げんき館前・洞町・市民病院 - 豊田鉄工前 - 中伊 - 外山 - 保久 - 冨尾西 - 桃ヶ久保 - 北部診療所
    • 乙川バス(自由乗り降り区間あり。形埜地区)
      • 南大須・鍛埜線
        • 右回り:桜形 → 南大須公民館 → 小屋沢上 → 下部上 → 大山上 → 法味上 → 須渕橋 → 鍛埜 → 大林 → 栃本団地 → 北部診療所 → 桜形
        • 左回り:桜形 → 北部診療所 → 栃本団地 → 大林 → 鍛埜 → 須渕橋 → 法味上 → 大山上 → 下部上 → 小屋沢上 → 南大須公民館 → 桜形
      • 切山・小久田線
        • 桜形 - 北部診療所 - 井口 - 小楠 - 赤田和中 - 空屋敷辻 - 大沢 - 切山横手辻 - 木挽沢 - 大ゾレ - 上一色平
      • 毛呂・井沢線
        • 桜形 - 北部診療所 - 井口 - 下毛呂 - 毛呂中 - 上毛呂 - うつぎ - 竹沢連橋 - 井沢公民館 - 若林 - 本郷入口 - 本郷
    • のってこバス(宮崎地区。西三交通に運行委託)
      • のってこ1号(大雨河地区)
        • 宮崎小学校 - 宮崎学区市民ホーム前 - 十王堂前 - ナカシバ電工前 - 雨山公民館 - 熱田神社 - 東河原口 - 東河原公民館前 - 高雲寺
      • のってこ2号(千万町地区)
        • 宮崎小学校 - 牧原バス停 - 宮崎学区市民ホーム前 - 明見バス停 - 木下公民館 - 小学校三叉路 - 千万町中 - 千万町上
    • ほたるバス(豊富地区)
      • 鳥川線
        • 星野医院 - 額田支所前 - 豊富小学校 - ハズノモト - 下辻 - 小デノ沢 - 宮前 - 市道
      • 夏山・鳥川線
        • 星野医院 - 額田支所前 - 豊富小学校 - ハズノモト - 下辻 - 小デノ沢 - 宮前 - 市道 - 鬼沢公民館 - 寺野(公民館入口) - 夏山橋 - 平針(観音堂)

街道[編集]

文化財[編集]

国指定文化財

県指定文化財

出身著名人[編集]

観光スポット・イベント[編集]

史跡[編集]

町内に残っている城址・城跡の形状は山城丘城で、ほとんどが室町末期に造築、使用されたである。

旧豊富村

旧宮崎村

旧形埜村

旧下山村

神社[編集]

寺院[編集]

イベント・祭り[編集]

名物[編集]

  • 宮崎茶
  • ぬかた味噌

脚注[編集]

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  1. ^ 細野村の、光久村のをとった村名。
  2. ^ 後に大川に改称。
  3. ^ 大河村の、高薄村の、法味村のをとった村名。
  4. ^ 南須山村の、大山村のをとり順番を変えた村名。
  5. ^ 後に竹沢連に改称。
  6. ^ 後に井沢村に改称。
  7. ^ 後に赤田和に改称。
  8. ^ 小楠村の、桃ヶ久保の、赤田和村のをとった村名。
  9. ^ 河辺村の、栃原村のをとった村名。
  10. ^ 鍛冶屋村の、大林村の、土村のをとり、林と土を合わせてとした村名。
  11. ^ 上田代村の、折地村のをとった村名。
  12. ^ 中保久村の、伊賀谷村のをとった村名。
  13. ^ 桜形村の、鍛埜村のをとった村名。
  14. ^ 住民の嘆願による変更。隣接して巴村(後の作手村の一部。現・新城市)があり、紛らわしいことが理由という。
  15. ^ a b 栄枝村のうち旧・夏山村は豊岡村高富村とともに豊富村へ合併。旧・千万町村、旧・木下村は宮崎村に編入。
  16. ^ 豊岡村高富村をとった村名。
  17. ^ 当初の計画では、豊富村宮崎村形埜村下山村合併する予定であったが、1956年5月、下山村北部(田代、田折、蕪木、蘭)の住民より、郡界川対岸の東加茂郡下山村との合併を望む声がでた。額田郡下山村村議会と行政係長が住民と長照寺にて開いた集会で田代、田折、蕪木、蘭の4地区の住民は東加茂郡下山村と合併をの意思を表明し、その実現を強く願った。一方東加茂郡下山村の方も北部4地区の受け入れを隣接している花沢地区も願っていることを額田郡下山村に報告した。その後も幾度も行われた話し合いで、下山村は額田郡下山村全体で額田町に合併するよう努力したが結局、1956年8月に田代、田折、蕪木、蘭の4地区が額田郡下山村から分割され、東加茂郡下山村に編入合併することでまとまったという。
  18. ^ 合併前、額田町の役場の設置場所については、町域の中心にあった旧・形埜村役場の再利用、人口が一番多い旧・豊富村役場の再利用、別に新しく設置するかでもめたという。最終的には旧・豊富村役場の使用となったという。

関連事項[編集]

外部リンク[編集]