長野恭紘

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日本の旗 日本の政治家
長野 恭紘
ながの やすひろ
生年月日 (1975-04-16) 1975年4月16日(42歳)
出生地 大分県別府市
出身校 日本文理大学商経学部卒業
前職 別府市議会議員
現職 別府市長
所属政党 自由民主党
公式サイト 別府をひとつに!「長野恭紘」公式ページ

当選回数 1回
在任期間 2015年4月 -

当選回数 2回
在任期間 2003年4月 - 2006年
在任期間 2007年4月 - 2011年
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長野 恭紘(ながの やすひろ、1975年4月16日 - )は、日本政治家大分県別府市長(1期目)。

経歴[編集]

大分県別府市出身[1]大分県立別府羽室台高等学校[2]、日本文理大学商経学部卒業。小学校から大学まで野球を続けた[1]

大学生の時に下宿先のそばに衆議院議員衛藤征士郎の事務所があったことが契機となり、政治家を志すようになったという[3]

衛藤の秘書を務めていた2002年4月、東京での勤務となった2月以降は「代議士の代理として国防、国土交通、文部科学など自民党のいろいろな部会に顔を出す」とした上で、「そこで感じるのは政策が霞が関主導で立案されているということ」であり「政治主導の理想は道半ばという印象」を受けたと紙上において述べている[4]

2006年の別府市長選に立候補した際には、当時の市長浜田博が推進するイズミの誘致計画への反対を表明していた[3]

2015年の別府市長選では、次世代の党の推薦、公明党大分県本部の支持を受け40歳で初当選。最年少の別府市長となった[2]

年譜[編集]

  • 1993年12月 - 日本文理大学商経学部経済学科の試験に合格[5]
  • 1998年3月 - 日本文理大学を卒業。2002年まで衛藤征士郎の秘書を務める。
  • 2003年4月 - 別府市議会議員に当選。
  • 2006年5月 - 別府市長選に出馬するも落選。
  • 2007年4月 - 再び別府市議会議員に当選。
  • 2011年4月 - 別府市長選に出馬するも落選。
  • 2015年4月 - 別府市長に当選。

政策[編集]

生活保護受給者の比率が3.3%と全国平均の2倍近くに上る別府市では、1990年以前から別府市内のパチンコ店別府競輪場といった遊技場を訪れている受給者を調査。発見した受給者には文書で指導し、再び出入りした場合に保護費の支給を1-2ヶ月間停止してきた。長野もこの調査・支給停止を継続しており、2015年度には調査を2回に増やすとともに、2016年度には担当者を増員して調査をさらに強化する方針を示している[6][7]

脚注[編集]

  1. ^ a b 毎日フォーラム・発信:長野恭紘・大分県別府市長 毎日新聞、2015年12月10日
  2. ^ a b 別府市長選 長野氏が初当選 大分合同新聞、2015年4月27日
  3. ^ a b 「大分県 別府市長選 候補者の横顔 浜田博氏 長野恭紘氏」 西日本新聞、2006年5月16日付朝刊
  4. ^ 「東京メール 中島与四郎さん 原芳治さん 長野恭紘さん ブロック最前線 KYUSHU」 西日本新聞、2002年4月18日付朝刊
  5. ^ 「合格おめでとう 日本文理大、関東学園大、創価大 大分」 西日本新聞、1993年12月7日付朝刊
  6. ^ 別府市、生活保護の実態調査強化 受給者の遊技施設出入りなど 大分 産経ニュース、2016年1月23日
  7. ^ 生活保護費でギャンブルどうすれば… 別府市、年2回に調査強化 支給停止も 西日本新聞、2016年2月4日

外部リンク[編集]