姫島村

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ひめしまむら
姫島村
姫島灯台
姫島村旗
姫島村旗
姫島村章
姫島村章
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 大分県
東国東郡
団体コード 44322-1
法人番号 7000020443221
面積 6.99km2
総人口 1,859
推計人口、2018年4月1日)
人口密度 266人/km2
隣接自治体 国東市(海を挟んで隣接)
村の木 黒松
村の花 野路菊
姫島村役場
村長 藤本昭夫
所在地 872-1501
大分県東国東郡姫島村1630番地の1
北緯33度43分28秒東経131度38分43秒座標: 北緯33度43分28秒 東経131度38分43秒
GazouBoshu.png
外部リンク 姫島村

姫島村位置図

― 市 / ― 町・村

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姫島村(ひめしまむら)は、大分県北東部にある離島姫島を行政区域とする一島一村のである。東国東郡に属する。2005年(平成17年)3月31日以来、大分県内で唯一の村となっており、2006年(平成18年)3月31日以降は東国東郡に属する唯一の自治体となっている。

地理[編集]

姫島の空中写真(2015年撮影)
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
国東半島と姫島(右上) 1994年アメリカ航空宇宙局が撮影

位置・地形[編集]

大分県国東半島の北、瀬戸内海西端、周防灘伊予灘の境界に位置する離島。国東市国見町の中心部(伊美地区)から約6kmの海上に位置する。島の長さは東西約7km、南北約4kmで東西に細長い形をしている。島中央部に標高266mの矢筈山、島西端に標高105mの達磨山、島西北部に標高62mの城山があり、この3つの山の間が中心集落になっている。

地名[編集]

村内に大字は存在しない。「姫島」という地名の由来は、日本書紀にある意富加羅国(現在の韓国南部)の王子の夢枕に立ち、日本に逃げた美女の比売語曽(ひめこそ)からきているという説あり、村内にそれを祀った比売語曽社がある。

歴史[編集]

神話[編集]

古事記の「国産み」においてはイザナギイザナミが最初に8つの島(大八洲)を産んだ後、続けて6島を産んだとされる。この6島のうち4番目に産んだ女島(天一根)が姫島に比定されている。

古代[編集]

姫島産の黒曜石は特徴的な灰白色をしているため、他所の黒曜石と容易に識別可能である。姫島産黒曜石で作られた石器は中国、四国の縄文時代遺跡から発見されており、この時代に広く交易が行われていたことを示している。

中世~江戸時代[編集]

平安時代末期頃から宇佐八幡宮弥勒寺領となった[1]。その後は大友氏の水軍・浦辺衆の根拠地の1つとなる。江戸時代は杵築藩領となり、大友家重臣の血筋といわれる古庄家が庄屋として島を治め、製塩業や甘藷栽培など殖産興業に務めた[2]

幕末~明治維新[編集]

姫島は関門海峡に近い要衝であるため、1864年(文久3年)の下関戦争ではの連合艦隊が拠点とした。その際、イギリスから帰国した伊藤博文井上馨が調停のため来島している(その時の両名や島民の様子について英国外交官アーネスト・サトウが記録)。また幕府の軍艦奉行勝海舟が、戦闘終結後に姫島に上陸し、戦闘の模様について情報収集をおこなった。

長州征討とも関りが深く、幕府の石炭貯蔵庫が1866年(慶応2年)6月29日未明、奇兵隊によると見られる放火で爆発し、完全鎮火まで4カ月かかる事件が起きた。また、島の庄屋であった古庄虎二が杵築藩と長州藩の講和を仲介した[3]大村益次郎暗殺事件では、犯人の神代直人やその師である大楽源太郎が一時潜伏した。

近現代[編集]

行政[編集]

村長選は1955年(昭和30年)に投票が行われたのを最後に、1957年(昭和32年)から2012年(平成24年)まで16回連続して無投票当選となっていた[4]。これは市区町村はもとより都道府県も含めた自治体の首長選としては全国で最多である。16回のうち、最初の1回を除く15回は前村長の藤本熊雄と現村長の藤本昭夫によるものであり(それぞれ無投票当選7回および8回)、藤本昭夫は藤本熊雄の長男であることから、親子で50年以上村長職を独占して担っていることになる。こうした特異な状況は選挙行政にも影響を与えており、姫島村には村長選・村議選共にポスター掲示条例が存在せず[5]、村長は告示日にも遊説をせずに通常通りの公務を行っている。

村長選が無投票当選が長期化となっていた背景には、1955年(昭和30年)の村長選が藤本憲吉と鹿野亀太郎とで島内を二分する激しい選挙となり、島内にしこりを残した苦い経験があるほか、人口2,000人程の小さな自治体で他に人材がいないという側面が大きい。前村長の藤本熊雄が西村英一と共に行なった港湾整備やクルマエビ養殖事業、ワークシェアリング(後述)の推進などで強力なリーダーシップを発揮した経済浮揚を図り、現村長も漁礁整備などの漁業振興政策で評価を受けているとの指摘もある。

2016年(平成28年)11月1日告示・11月6日投票の村長選では、現職の藤本昭夫と新人が立候補し、村長選としては61年ぶりの投票が行われた結果[5]、現職の藤本昭夫が当選した[6]

なお、無投票当選の長期間化は村長選のみであり、この間にも村議選はあるため(過去20年で無投票は1回のみ)、姫島村関係の選挙が全く無かったわけではない。現村長の藤本昭夫は「それなりの対立候補が出れば私に対する不信任であり、争わずに身を引くつもりだ」と述べているが[7][8]、その一方で2016年(平成28年)の選挙で当選確実発表が伝えられたことを受けたテレビ朝日のインタビューで「村民が疑心暗鬼に陥るため選挙は良くない」旨の発言もしている[6]

村議会の定数は8人。議会での一般質問は通常はなく、2012年(平成24年)9月議会で15年3ヶ月ぶりに一般質問が行われた[9]

産業[編集]

離島部であるため、漁業およびそれに関連する観光業が主幹産業である。

漁業[編集]

近辺の海域でカレイタイをはじめ、各種の水産物が水揚げされている。またかつての塩田跡地で車エビの養殖が行われている。

観光業[編集]

ホテル・旅館・民宿・ペンションなどが数軒立地している。宿泊客の大半は夏の盆踊り開催時の観光客である。近年は観光客減少のあおりを受けている。現在は新たに観光団体を設立するなど、観光客増加に努めている。

地域[編集]

人口[編集]

Demography44322.svg
姫島村と全国の年齢別人口分布(2005年) 姫島村の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 姫島村
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
姫島村(に相当する地域)の人口の推移
1970年 3,422人
1975年 3,207人
1980年 3,234人
1985年 3,261人
1990年 3,268人
1995年 2,996人
2000年 2,761人
2005年 2,469人
2010年 2,189人
2015年 1,991人
総務省統計局 国勢調査より

教育[編集]

村立
  • 姫島中学校
  • 姫島小学校

交通[編集]

本土との連絡[編集]

伊美港に入港する第一姫島丸

国東市にある国東港伊美地区(伊美港)と姫島港とを結ぶ姫島村営フェリーが運航されている。

島内[編集]

県道として大分県道606号西浦姫島港線大分県道683号北浦姫島港線が敷設されている。島内にバスはないが、2010年(平成22年)8月より観光タクシーが運行を開始した。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事・文化財[編集]

名所・旧跡[編集]

祭事[編集]

  • 姫島盆踊り(8月14-17日の間に行われるが、年によって異なる) - 一般的な盆踊りより規模が大きく、島外でも知名度が高い。「キツネ踊り」「アヤ踊り」「銭太鼓踊り」「狸踊り」などが有名である。この他、真夏にもかかわらず白塗りの厚化粧をして日本髪を結い袷の晴れ着を着る少女の踊りも多く、アマチュアカメラマンの間で人気が高い。
  • 比売語曽社春の大祭(4月3日) - 姫島の名前のルーツとなった比売語曽神社の大祭。
  • 清正公祭り(4月29日) - 達磨山山頂にある清正公社(祭神・加藤清正)の大祭。
  • 船曳き祭り(10月第2土曜日) - 大帯八幡社の秋の大祭。楠の木で作られた和船の雛形が島内を一巡する。

文化財[編集]

  • 国の天然記念物
  • 国選択無形民俗文化財
    • 姫島盆踊
  • 県指定天然記念物[10]
    • 姫島の藍鉄鉱 - 1949年(昭和24年)8月、姫島の西端ス鼻海岸で当時の中学生によって偶然発見された非常に珍しい鉱物である。リン酸が長い年月をかけて化合したもので、表面は褐色で形状は球型、扁平型などさまざまである。割ると中は透明だが、化学反応により表面が透明から藍青色に変化し美しい放射状に輝く。この不思議な石は作家・椋鳩十の児童文学作品『ふしぎな石と魚の島』の中でとりあげられ、この作品を読み藍鉄鉱が実在するのか疑問を持った女性が朝日放送の深夜番組『探偵!ナイトスクープ』に調査を依頼し、それが放送されたことがある。
    • 姫島の地層褶曲
  • 村指定有形文化財
    • 姫島庄屋古庄家
  • 村指定無形文化財
    • キツネ踊り
    • アヤ踊り
    • 銭太鼓
    • 猿丸太夫

その他[編集]

デポジット制度[編集]

姫島村では、缶飲料を通常価格より10円高い価格で販売し、空き缶を島内の店舗で返却すると差額を返却するデポジット制度を、自治体全域規模では日本で初めて1984年(昭和59年)に導入し、空き缶の散乱防止を図っている[11]

和服のない成人式[編集]

経済的理由により着物を購入できない家庭への配慮を理由として、同村では1969年(昭和44年)から成人式での和服着用を例外なく認めていない。2003年(平成15年)1月12日に行われた成人式で当初誓いを述べる新成人代表に内定していた女性が前日の打ち合わせ時に親類が作った振り袖を着て臨んだため、教育長は「着物は着ないのが常識」と叱責した。これに対し女性が抗議したが聞き入れてもらえず、女性は成人式を欠席した。このことがマスメディアにより広く報道され、賛否両論の声が出た。加えてこの問題で村の公式掲示板が炎上、掲示板は廃止の憂き目となった。ちなみにこの女性の親は島外の国東市出身者である。

ワークシェアリング[編集]

労働者の各々の労働時間を短縮し雇用数を増やすというワークシェアリングを導入している。民間への就職先の少ない村で働き手が島外に流出するのを防ぐため、村職員の給与を低く抑える[12]かわりに雇用を確保している。それにより住民の13人に1人は村職員である。また役場には職員組合はないが、給与水準以外は国に準拠して決めている。副村長(助役)は1991年(平成3年)、収入役は2001年(平成13年)から置いていない(収入役はその後廃止)。2009年(平成21年)2月11日、TBS系列、毎日放送制作『久米宏のテレビってヤツは!?』~テーマ(お金と仕事と人生)の番組で40年近く前からワークシェアリングに取り組んでいる姫島村職員と村民の現況が放送された。

姫島村を舞台・題材とした作品[編集]

姫島村出身の有名人[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『姫島 その歴史と文化』(大分合同新聞社、1989年)、p.21
  2. ^ 『姫島 その歴史と文化』、p.26-52
  3. ^ 『姫島 その歴史と文化』、p.67-72
  4. ^ ある一家の支配が60年続く現実が日本にあるんです。そう、大分県に・・・ 選挙ドットコム
  5. ^ a b 61年ぶり手探り村長選 鉢巻きに困惑、ポスターなし 姫島村で告示、有権者8割初体験 西日本新聞、2016年11月2日
  6. ^ a b 「選挙は良くない。村民が疑心暗鬼になる」姫島村で61年ぶり村長選、現職が9選果たす ハフィントン・ポスト、2016年11月7日、同日閲覧。
  7. ^ ポスター、第一声なく 15回連続無投票の姫島村長選 - 一瀬圭司、西日本新聞朝刊、2008年10月29日
  8. ^ 半世紀“無風”の姫島村長選 [リンク切れ]Archived 2008年12月22日, at the Wayback Machine. - 大分合同新聞、2008年10月30日
  9. ^ 15年3か月ぶりに議会で議員が質問した村 読売新聞、2012年9月26日
  10. ^ 大分県内の県指定文化財一覧 (PDF) 大分県
  11. ^ 島びと20世紀 第4部 視線は高く(6) - 四国新聞社
  12. ^ 2016年4月1日現在のラスパイレス指数は、76.3で、2010年以降継続して、日本一給与水準の低い地方公共団体である。
  13. ^ 浅見光彦シリーズ「姫島殺人事件」 TBS

外部リンク[編集]