石川県立大聖寺高等学校

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石川県立大聖寺高等学校
Jishu-jiritsu.jpg
過去の名称 (大聖寺高女)
江沼郡立実科高等女学校
石川県江沼郡高等女学校
石川県立大聖寺高等女学校
(大聖寺中)
石川県立大聖寺中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 石川県の旗 石川県
学区 全県一学区
併合学校 石川県立大聖寺中学校
石川県立大聖寺高等女学校
設立年月日 1911年
創立記念日 4月15日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学科内専門コース 普通コース
人文国際コース
国際文化コース
学期 3学期制
高校コード 17102G
所在地 922-8510
石川県加賀市大聖寺永町33-1
外部リンク 公式サイト
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石川県立大聖寺高等学校の位置(石川県内)
石川県立大聖寺高等学校

石川県立大聖寺高等学校(いしかわけんりつ だいしょうじこうとうがっこう)は、石川県加賀市大聖寺永町にある県立の高等学校

設置学科[編集]

概要[編集]

地元加賀市などでの通称「聖高」(せいこう)。 北前船主の寄付により1911年に地域の女子中等教育を担うべく江沼郡立実科高等女学校として創立された。その後「加賀江沼の地に中学校を」との設置運動がおこり、1923年には男子の通う石川県立大聖寺中学校が創立された。高校・大学進学が一般化する前の時代には地域の核を担う人材育成が行われる場という認識が持たれており、「江沼大学」の愛称もあった[1]

スーパーイングリッシュランゲージハイスクールに指定されている。設置学科は普通科のみだが、普通コース、人文国際コース(平成18年度入学生まで)、国際文化コース(平成19年度入学生から)に分かれる。普通コース、国際文化コースは入試の段階から別枠の募集となるが、併願も可能である。平成28年度より普通コース内に特進クラスが設けられた[2]。 かつては総合制高校として商業、家庭、定時制と定時制の分校が設置されていた(商業は石川県立大聖寺実業高等学校に、定時制は石川県立加賀聖城高等学校に分離独立。家庭科は廃止)。

校舎[編集]

校舎は加賀市大聖寺の中心部にある。大聖寺は加賀藩の支藩大聖寺藩城下町であった。その地縁から旧藩の主であった前田子爵(大聖寺藩第14代藩主前田利鬯)邸敷地を高等女学校校舎用及びいずれ創立されるであろう中学校用に寄付された。敷地内の「貞志庵」はその前田家の茶室であり、現在の校舎敷地に移築し保存しているものである。

現在の校門(正門)は創立80周年記念に同窓会から寄付されたもので大聖寺藩をイメージしている。屋根瓦には(設立順に)高等女学校・中学校・現在の大聖寺高等学校の校章が刻まれている。

校歌[編集]

校歌の作詞者は折口信夫。折口は、前身の大聖寺高等女学校の校歌の作詞も手がける。

沿革[編集]

石川県立大聖寺高等女学校(前身校)

  • 1911年(明治44年) - 江沼郡立実科高等女学校として創立。校舎は現在の加賀市大聖寺八間道にあった。
  • 1912年(大正元年) - 旧大聖寺藩主邸の敷地を寄付され、現在の加賀市大聖寺耳聞山町に移転。
  • 1921年(大正10年) - 石川県江沼郡高等女学校と改称。
  • 1923年(大正12年) - 石川県立大聖寺高等女学校と改称。
  • 1948年(昭和23年) - 石川県立大聖寺中学校と統合し石川県立大聖寺高等学校となる。
  • 1951年(昭和26年) - 廃止。

石川県立大聖寺中学校(前身校)

  • 1923年(大正12年) - 創立。校舎は現在の加賀市大聖寺八間道に設置。
  • 1925年(大正14年) - 現在の大聖寺高等学校校舎の敷地(大聖寺永町)に移転。
  • 1948年(昭和23年) - 石川県立大聖寺高等女学校と統合し石川県立大聖寺高等学校となる。
  • 1951年(昭和26年) - 廃止。

石川県立大聖寺高等学校

  • 1948年(昭和23年)4月 - 石川県立大聖寺中学校、石川県立大聖寺高等女学校を統合して発足。
  • 1948年(昭和23年)7月 - 定時制課程(夜間部・普通課程)を設置。(同時に片山津分校を設置)
  • 1948年(昭和23年)10月- 定時制課程山中分校を設置
  • 1949年(昭和24年) - 総合制高校として普通、商業、家庭の3課程設置。
  • 1953年(昭和28年) - 家庭科廃止。
  • 1954年(昭和29年)4月 - 定時制課程山代分校を設置
  • 1964年(昭和39年) - 定時制家政科を設置。
  • 1965年(昭和40年) - 商業科が石川県立大聖寺実業高等学校として分離独立。
  • 1966年(昭和41年) - 定時制課程が石川県立加賀聖城高等学校として分離独立。
  • 1989年(平成元年) - 普通科内に人文国際コース設置。
  • 2007年(平成19年) - 普通科内に国際文化コース設置。
  • 2010年(平成22年)10月24日 - 創立100周年式典。
  • 2016年(平成28年)- 普通科内に特進クラス設置。

教育目標[編集]

自主自律の精神を堅持し、自他の生命と個性とを尊び、気品と活力のある創造性豊かな人間の育成を期す。

運動部[編集]

スポーツは全般的に盛んであるが、人口減少傾向の顕著な県内の西南端地域にある県立高という条件から毎年有力選手が入学してくる環境にないため、地域の人々や一般生徒の注目を浴びやすい野球部などは継続的に好成績を残すのは難しい状況である。 野球部は、春、夏とも甲子園出場経験はないが、1956年(昭和31年)の夏の大会石川県予選の決勝で金沢泉丘高校を破って優勝したことがある。この時代は1県1代表ではなく、北陸地区予選で敗退し甲子園への夢を断たれている。

陸上、体操、テニス、山岳、弓道部は北信越大会、個人あるいは団体での高校総体国体出場など安定した高い実績を継続的に残しており、近年は少林寺拳法トランポリンも目覚しい活躍をみせている。

弓道部は石川県内で最も長い伝統を持つ[3]。県内の弓道部は小笠原流が圧倒的多数であるが、本校は日置流印西派に所属している[4]

2011年(平成23年)に県内初の女子サッカー部が新設された[5]

文化部[編集]

吹奏楽、ESS(旧・語学部)が特に盛んであり、活発な活動(吹奏楽の定期演奏会など)及び好成績(全国や中部地方の大会の出場)を継続的に残している。 他に美術部、報道(旧・放送)部、演劇部、文芸部も地道な活動を行っており、個人活動の範囲であるが、近年、囲碁全国大会出場の女子生徒を数名輩出した。

進学[編集]

中堅進学校として旧帝大、金沢大学やその他国立大、早慶、関関同立等私大にも合格者を輩出している。

本校出身の有名人[編集]

著名な関係者・教職員[編集]

交通[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 大聖寺高等学校百年史
  2. ^ 第74号同窓会報「聖流」
  3. ^ 第73号同窓会報「聖流」
  4. ^ 大聖寺高等学校ホームページ部活紹介参照
  5. ^ 北國新聞朝刊 2015年6月2日
  6. ^ http://www.iiwanet.jp/j_trackfield/archives/3921

関連項目[編集]

外部リンク[編集]