澤井宏文

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澤井 宏文
さわい ひろふみ
生年月日 (1971-05-01) 1971年5月1日(49歳)
出生地 日本の旗 大阪府松原市
出身校 摂南大学経営情報学部
前職 谷畑孝衆議院議員秘書
竹本直一衆議院議員秘書
松原市議会議員
現職 大阪府松原市長
所属政党 無所属
称号 経営学士

当選回数 3回
在任期間 2009年6月17日 - 現職

Flag of Matsubara, Osaka.svg 松原市議会議員
当選回数 3回
在任期間 1998年 - 2009年
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澤井 宏文(さわい ひろふみ、1971年昭和46年)5月1日 - )は、日本政治家大阪府松原市長(3期)。松原市議会議長(第60代)、松原市議会議員(3期)、松原青年会議所理事長(第39代)を務めた。

概要[編集]

大阪府松原市生まれ。大阪府立羽曳野高等学校摂南大学経営情報学部卒業。高校、大学ではバスケットボール部の主将を務めていた。大学卒業後、外食チェーン西洋フードシステムズ」勤務を経て、谷畑孝竹本直一衆議院議員の秘書を務める。

1998年松原市議会議員選挙に出馬し、初当選を果たした。以後3期連続当選。2000年、松原青年会議所に入会し、2009年には松原青年会議所理事長に就任した。2007年、松原市議会議長に歴代最年少で就任。2009年2月、大阪教育維新を市町村からはじめる会の立ち上げに参加した。同年5月、松原市議を辞職。自民公明民主3党の推薦に加え、13人の松原市議(松原市議会の定数は19)及び橋下徹大阪府知事(当時)の支持も受け、同年5月31日投開票の松原市長選挙に出馬。共産党推薦で無所属の梅木佳章を破り、当選。得票数は、澤井:23,066票、梅木:18,277票。投票率は、41.98%。大阪府下の市町村長では、倉田哲郎箕面市長に次いで2番目に若い市長である。同年6月17日、市長就任[1]。同年10月、よい国つくろう!日本志民会議の立ち上げに参加し、政治委員に就任。

2013年5月19日投開票の松原市長選挙で再選[2]。投票率は、34.55%。

2017年、自民党・民進党・公明党・大阪維新の会の推薦を得て出馬し、3期目の当選を果たした[3]

家族は、妻・長男・長女の4人。座右の銘は、心の技に限りなし。

主な役職[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
中野孝則
Flag of Matsubara, Osaka.svg大阪府松原市長
2009年 -
次代:
現職