林健樹

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林 健樹(はやし けんじゅ、1957年5月5日 - )は、日本の元俳優

東京都出身。児童劇団いろはを経て、劇団青年座専科〜同本科4期卒〜同実習科へ合格するが、当初から大学と両立させるという親との約束から同実習科を辞退し、母親の意向で休学中の青山学院大学へ復学。このことは後に後悔している。その後、乗馬を宇津井健、ジャズダンスを真島茂樹に学ぶ。また、同じ酉年の先輩である日本創造教育研究所田舞徳太郎にあこがれ、同研究所SA〜SC〜LT〜3TTコース終了、企業内トレーナー。交流分析他、心理学を南博、感性論哲学を吉村思風に学ぶ。

人物・略歴[ソースを編集]

テレビドラマ『Gメン'75』にて「草鹿宏」(くさか ひろし)名義にて俳優デビュー。名付け親は脚本家の高久進。当時、癌を発病した父親が、その養子縁組をした養父母(林健樹の祖父母)から、養子縁組解消で家裁に訴えられており、その祖父の名前が宏だったため、「林健樹(現在の本名)」に芸名変更する。しかし後になって「今となっては草鹿宏もイイ名前だった」と語っている。

高久進は劇団青年座座付き作家の西島大の親友であり、そうした繋がりから『Gメン'75』に続き、様々な東映の特撮番組に出演。また、松尾昭典山内鉄也らの監督作品にも度々出演している。

科学戦隊ダイナマン』の最終回放映後に父親を失い、その悲しみの中で「同じ悲しみを子供に体験させたくないから絶対結婚はしない…」と語っていたが、現在の妻との間に3人の子供に恵まれ、デパ地下での食品催事販売会社を設立。その後、世田谷町づくりファンドの活動(世田谷アドヴェンチャークラブ)により、かねてからふつふつと心の中にあったという田舎暮らしに明確に目覚める。

現在は俳優業を引退し、青年実業家として多方面で活躍しているとのこと(萩原佐代子が自身のブログで明かした)。

東京を離れてcgi〜phpスクリプトでのプログラミングや、クラウドコンピューティングシステムの中小企業への導入などの合間に、朗読や一人芝居、地元の青年会議所主宰の演劇の演技指導などもボランティアで行っている。どこへ行ってもデパ地下へ行くのが今でも大好きとのこと。

2012年鈴木美潮主催のイベント『赤祭10』に出演し、元気な姿を見せた。

2014年、演劇活動を再開。

2015年11月、別役実『この道はいつか来た道』- 男/演劇プロデュースとろんぷ・るいゆ

2015年12月、別役実『場所と思い出』- 男1/田舎芝居わら座

主な出演作品[ソースを編集]

時代劇[ソースを編集]

  • 大江戸捜査網 第523話「危機一発 貝になった娘」(1981年、12ch/三船プロ) - 池内長門守
  • 時代劇スペシャル(フジテレビ)
    • 忍者狩り(1982年)
    • 素浪人罷り通る 暁の死闘(1982年)
    • 隠密くずれII(1982年)
  • 影の軍団III 第2話「闇からの依頼人」(1982年、関西テレビ/東映)
  • 遠山の金さん 第7話「治した患者を殺す医者!」(1982年、テレビ朝日/東映) 高橋英樹
  • 大岡越前 第6部 第29話「過去を消した男」(1982年9月20日、TBS / C.A.L)

特撮[ソースを編集]

現代劇[ソースを編集]

  • 火曜サスペンス劇場 (日本テレビ)
    • 蒼い愛の秘密(1984年)
    • 観覧車は見ていた(1984年)
    • 非行少年(1985年)
    • 女弁護士高林鮎子 寝台特急あさかぜ4号殺人風景(1986年)
  • 土曜ワイド劇場 (テレビ朝日)
    • みちのく離婚ツアー連続殺人(1986年)
    • 東京-清里ペンション村連続殺人(1987年)
    • 独眼竜政宗ひょうきん連続殺人(1987年)
    • 渓流釣りシリーズ 南アルプス殺人峡谷(1987年)
    • キャットショー連続殺人(1987年)
    • 古都金沢 雪の殺意(1990年)
  • 月曜ドラマ9 お見合いドラフト会議(1987年)
  • 大都会25時 第8話「消えた誘拐犯!マイホーム殺人事件」(1987年、テレビ朝日 / 東映)
  • ベイシティ刑事 第3話「グッドバイわが愛しき友よ!」(1987年、テレビ朝日 / 東映)

外部リンク[ソースを編集]