日本電産サンキョー

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日本電産サンキョー株式会社
NIDEC SANKYO CORPORATION
NIDEC SANKYO CORPORATION.jpg
本社
種類 株式会社
市場情報
東証1部 7757
2012年9月26日上場廃止
略称 電産サンキョー
本社所在地 日本の旗 日本
393-8511
長野県諏訪郡下諏訪町5329番地
設立 1946年6月18日
業種 電気機器
法人番号 3100001018326
事業内容 電子部品関連事業、システム機器関連事業等
代表者 平沢賢司(代表取締役社長)
資本金 352億7010万1264円
(2012年3月31日現在)
発行済株式総数 1億9110万7628株
(2012年3月31日現在)
売上高 1088億46百万円(2018年3月期)[1]
営業利益 36億55百万円(2018年3月期)[1]
経常利益 42億63百万円(2018年3月期)[1]
純利益 33億63百万円(2018年3月期)[1]
純資産 771億13百万円
(2018年3月31日現在)[1]
総資産 1219億34百万円
(2018年3月31日現在)[1]
従業員数 単独1,231名
連結13,853名
(2012年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 日本電産株式会社(100%)
(2012年10月1日現在)
主要子会社 #連結子会社参照
関係する人物 山田正彦・山田六一・小川憲二郎(創業者)
外部リンク www.nidec-sankyo.co.jp
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日本電産サンキョー株式会社にほんでんさんサンキョー: NIDEC SANKYO CORPORATION)は、日本電産株式会社の子会社で電子部品、システム機器を製造。

会社概要[編集]

現在の事業内容は、

  1. 家電住設機器(電動機、モーター駆動ユニット、テープデッキ等)
  2. 情報周辺機器(電動機、光ピックアップユニット、精密プラスチック成形品等)
  3. 産業用機器(ロボット、カードリーダー、産業関連機器等)
  4. その他(不動産保険人材派遣等)

かつては、オルゴールムーブメント製造が看板事業で、一時は世界のオルゴールムーブメントシェア80%を誇った。しかし、現在は、本体としては同事業からは撤退し、子会社の日本電産サンキョーオルゴール株式会社で取り扱っている。

オルゴールと並ぶ民生用製品として、8ミリフィルムカメラおよび映写機を、Sankyoブランドで19571981年に製造販売した。オルゴールの加工技術から小型モーター、磁気ヘッド、光ピックアップ、カードリーダー等へ展開。数々のトップシェア製品を持つ。

2003年に業績不振から日本電産株式会社傘下入りを発表し、2012年に同社の完全子会社となる。

沿革[編集]

  • 1946年6月18日 - 長野県諏訪市の北澤工業株式会社(のち東洋バルヴ株式会社)勤務の山田正彦・六一兄弟と、戦時中に株式会社第二精工舎諏訪工場(のち株式会社諏訪精工舎、現・セイコーエプソン株式会社)から北澤工業に出向した小川憲二郎の3人が、長野県諏訪郡下諏訪町に三協精機製作所創立。
  • 1947年7月 - 法人化して、有限会社三協精機製作所となる。
  • 1953年12月 - 株式会社三協精機製作所設立。
  • 1961年10月 - 東京証券取引所2部上場。
  • 1962年2月 - 東京証券取引所1部上場。
  • 2003年
  • 2004年1月31日 - 日本電産とグループ会社に対して、第三者割当増資を行い、日本電産の子会社となる。
  • 2005年10月1日 - 日本電産サンキョー株式会社に社名変更。
  • 2011年6月30日 - 子会社の日本電産ピジョン株式会社を解散[2]
  • 2012年4月1日 - 子会社の日本電産サンキョー商事株式会社を合併[3]
    • 4月24日 - 日本電産株式会社の完全子会社となるため、同社と株式交換契約を締結[4]
    • 9月30日 - 子会社の日本電産ニッシン株式会社を合併、茅野事業所とする[5]
    • 10月1日 - 日本電産株式会社の完全子会社となる[6]。 
  • 2014年4月1日 - 三菱マテリアルの子会社「三菱マテリアルシーエムアイ」を買収し、「日本電産サンキョーシーエムアイ」に社名変更する。

事業所[編集]

  • 本社、下諏訪事業所 - 長野県諏訪郡下諏訪町
  • 伊那事業所 - 長野県伊那市
  • 茅野事業所 - 長野県茅野市

連結子会社[編集]

スポーツの実業団チーム[編集]

  • スケート部は、オリンピック選手を多数輩出するなど、国内でも名門の実業団チームである。一時存続の危機に瀕したが、永守重信がポケットマネーを出して存続させた。現在は、日本電産グループ挙げての支援体制の下、強豪チームとして完全復活している。三協精機製作所時代には清水宏保も在籍していた。
  • 1958年に創部された硬式野球部は、一時は社会人野球の強豪としてプロ野球界に数々の人材を輩出し、1974年の第1回社会人野球日本選手権大会で優勝したが、1978年に休部となった。

現在所属している選手[編集]

スケート部

過去に所属していた選手[編集]

野球部
スケート部

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 第94期決算公告、2018年(平成30年)6月13日付「官報」(号外第127号)57頁。
  2. ^ 子会社の解散に関するお知らせ Archived 2012年1月10日, at the Wayback Machine. 日本電産サンキョー 2011年6月29日
  3. ^ 連結子会社の吸収合併(簡易合併・略式合併)に関するお知らせ[リンク切れ] 日本電産サンキョー 2012年1月24日
  4. ^ 日本電産株式会社による日本電産サンキョー株式会社の完全子会社化に関する株式交換契約締結に関するお知らせ[リンク切れ] 日本電産サンキョー 2012年4月24日
  5. ^ 連結子会社の吸収合併効力発生日の変更に関するお知らせ[リンク切れ] 日本電産サンキョー 2012年8月13日
  6. ^ 日本電産株式会社との株式交換に伴う当社株式のお取り扱いについて 日本電産サンキョー 2012年10月1日

外部リンク[編集]